道 程 【1】




「……兄さんは、嘘つき、だから……」
 偽りの兄であるルルーシュを守るために、心臓に負担をかけるギアスを酷使し続けたロロは、そう告げて微かに口元に笑みを浮かべた。
 その瞬間こそが、ロロ・ランペルージが、ゼロでもなく、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでもなく、ルルーシュ・ランペルージの真の弟となった時と言えるだろう。
 命を懸けて自分の身を守ってくれたロロ── ── を認めない理由がどこにあるだろうか。
 そうしてルルーシュの中で、ボロ雑巾のようにしてやるつもりでいた偽りの弟は、真実の弟として、その腕の中で短い人生を終えた。道具ではなく、一人の人間として。



 ロロが身を挺して己を守ってくれたことで、ルルーシュは己の為さねばならぬ事と改めて向き合うこととなった。それは父である神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアとの対決である。シャルルが何を為そうとしているのか、この時点でルルーシュには分かっていない。だがそれは、決して許してはならぬことだという確信があった。
 そしてそれはシャルルのみではない。ルルーシュにとっては、現在のブリタニアという国の在り方もまた否定されるべきものであった。
 神根島のギアスの遺跡の入口前に立ったルルーシュは、改めてシャルルと向き合い、対決する覚悟を決めてその中に足を踏み入れた。
 大きな扉に手を当てると、ルルーシュの躰は光に包まれたようになり意識も朧になった。それがどれくらいの間続いたのか、一瞬のように短かったのか長かったのか、次に彼が意識を取り戻した時には、前方にシャルルの姿があった。
「誰が母さんを殺した? 何故母さんを守らなかった!?」
 さあ話し合おう、時間は幾らでもあると、ルルーシュは瓦礫の一つに腰を降ろすとシャルルに問い詰めた。
 次の瞬間にはその場は書斎のような場所にとって変わっていた。
 そこはCの世界。すなわち人の無意識を反映する場所。シャルルの、ルルーシュの意識がその場の有り様を次から次へと移し変えていく。
「嘘をつき通してきたおまえが、いまさら真実を求めるか」
「嘘の何が悪い? 確かに俺は名前から経歴から全て嘘をついて生きてきた。しかし人とのコミュニケーションを図るために被る仮面、その場その場に適した仮面を被ることのどこが悪い。円滑に社会を渡っていくためには必要な事もある」
「それは違うぞ、ルルーシュ」
 開き直りとも取れるルルーシュの言葉を、シャルルは否定する。
「嘘は欺瞞を招き、欺瞞は醜い争いを呼ぶ。
 しかし“ラグナレクの接続”によって人類の意識が一つになれば、この世に嘘は無くなり、人は互いに言葉にせずとも意識を共有して理解し合い、争い合うことも無くなる」
 シャルルの背後に見える思考エレベーター── アーカーシャの剣── が天空に向かって伸びていく。
「シャルルの言う通りよ」
 聞き覚えのある声にルルーシュは振り向いた。
「母さんっ!?」
「久し振りね、ルルーシュ」
 そこに立っていたのは、紛れもなく8年前に殺されたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。すなわちルルーシュの母であった。
 マリアンヌは歩を進め、シャルルの隣に並んだ。
「人の意識が一つになれば、死んだ人とも意思を交わすことができる。こんな素晴らしい事はないわ」
 そう告げてから、マリアンヌは8年前の暗殺事件の真相を語った。
 全てはギアス嚮団の嚮主であったV.V.── シャルルの双子の兄── が、マリアンヌの存在によってシャルルが変わっていくこと、互いに誓い合った約束が反故にされるのではないか、自分一人がおいていかれてしまうのではないかとの恐慌にも似た思いからマリアンヌを殺し、シャルルは目撃者とされたナナリーとマリアンヌの精神が移ったアーニャを守るために、ギアスを使ってその記憶を改竄したこと、そしてV.V.の目から守るために、ルルーシュとナナリーを日本へ送ったことを。
「そんなことのために……? そんなことのためにナナリーから光を奪ったのか!? 俺たちを捨てたのか!!」
「捨てたのではないわ、あなたたちを守るためにしたことよ」
「違う! おまえたちは俺とナナリーを捨てたんだ。でなければ何故日本侵攻を開始した!? おまえたちのその思いこそが欺瞞だ! 自分たちの思い描く世界だけを夢見て、人にそれを押し付けようとする、おまえたちのそれは善意の押し付け! むしろ悪意だ!!
 俺は否定する! おまえたちの描く世界に明日は、未来はないっ!」
「未来は“ラグナレクの接続”、その先にこそある」
「断じて違う! おまえたちが望む未来は昨日で終わっている。そこに人の未来などありはしない!」
「だがもう遅い」
 シャルルの視線はルルーシュの後ろにあった。
「我々の刻印が一つとなり、“ラグナレクの接続”はすでに始まろうとしておる」
 ルルーシュの後ろには、何時の間にか記憶を()くしていたはずのC.C.と、何故かスザクの姿があった。けれどルルーシュはすでにその気配に気付いていたのだろう、後ろを振り向こうともしない。
「おまえたちの計画など、俺は認めない!」
「おまえが認めずともすでに接続は始まっている」
 ルルーシュはシャルルの言葉に左目のコンタクトを外し、ギアスの紅に染まった瞳を露わにした。
「いまさらなんのつもりだ。儂にギアスは効かん」
「いや、もう一人いるじゃないか」
 言いながらルルーシュが天を仰ぐ。そこにあるのは神── 人の集合無意識── と、そこに向かって伸びていく思考エレベーター。
「愚かなことを。王の力では神には勝てん!」
「勝ち負けではない! これは願いだ!! 神よ! 人の集合無意識よ! (とき)の歩みを止めないでくれ!! 俺は“明日”が欲しい!」
 ルルーシュが願いと言った言葉と共に、ルルーシュの未だ紫電のままだった右の瞳までもがギアスの紅に染まっていく。
 そして人の集合無意識は、神は、王の願いを受け入れたのか、思考エレベーターはパリンと音を立てて崩れ始めた。細かい粒子の雨が降り落ちていく。
「何故だっ!? 思考エレベーターが……儂とマリアンヌと兄さんの夢が、朽ちていく……」
 シャルルとマリアンヌの叫びがCの世界に木霊する。
 そしてそれとほぼ同時に、シャルルとマリアンヌ、二人の躰が下から浸食されていくように消えていこうとしている。
「これは何としたことだ!?」
「これが人の集合無意識の、神の意思ということだろう。おまえたちは弾かれたんだ、この世界から」
「この愚か者が! これが何を意味するのか分かっているのか! こんなことをしても待っているのはシュナイゼルの……っ!!」
 最期の足掻きとばかりに、シャルルの腕が伸びてルルーシュの首を絞める。
「消えろ!」
 王の力の前に、シャルルとマリアンヌはそれ以上抗い続けることも叶わず、その躰は消滅し、Cの世界の中に飲み込まれていった。





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