女は必死に走った。髪を振り乱し、ただひたすらに真っ直ぐ前を見詰めて走る。
女の瞳に映るのは、自分の前を行く男たち。彼等に追いつこうと、形相も険しく、必死に走り続ける。
「待ちなさい、私の息子をどこに連れていこうというの!? 息子を返してっ!!」
女の叫び声に男たちが振り返り、立ち止まった。
男たちの間で目線による会話が交わされる。
リーダーと思われる年嵩の男が頷き、男たちはそのまま立ち止まって、女を待った。
やがて女が男たちに追いついた。
女は息を切らしながらも、男たちに詰め寄っていく。
「息子をどこへ連れていこうというの、返しなさい」
「今までに何度も言ったはずだ。お前の息子は選ばれたのだ」
「私も言ったはずよ、認めないって。息子を、化け物にする気はないって!!」
「化け物だと!? 何ということを言うんだ、お前は。守護聖様だぞ、神にも等しい存在を、化け物などと……!!」
「家から守護聖様を出すというのは、望んで叶うものじゃない、大変な名誉だぞ。それを」
「他の者にとってはいざしらず、私にとっては、私たち一族にとっては大いなる不名誉だわ。女王も守護聖も、この宇宙には不要のもの!」
「女っ! さっきから言わせておけば!! 女王陛下や守護聖様方がおられるからこそ、宇宙は安定し……」
男たちと女との切羽詰ったような口論の中、一人の男のその言葉に女は笑い声を上げた。それは、明らかに嘲笑というべき類のものだった。
その嘲笑い声が、さらに男たちの怒りを煽る。
「貴様、何がおかしいっ!?」
「その存在が、それこそがこの宇宙のバランスを壊したのよ! 宇宙の理を砕いたのよ!! それを、何も知らぬ愚かな人間は崇め奉っている!! 冗談じゃない、息子をそんなモノにする気は私にはないのよ。さあ、息子を返しなさい!!」
声を荒げた遣り取りに、年嵩の男の腕に抱かれて眠っていた子供が目を覚ました。
「ん……っ」
目を擦りながら、母親の姿を認めた子供がその腕を伸ばす。
「母さん」
笑みを浮かべながら母親を呼ぶ。
「間に合ったんだね、これで一緒に行けるね」
「いいえ、そうではないのよ。迎えにきたの。家に帰るのよ」
「?」
母親の言葉に、子供は自分を抱いている男の顔を見上げた。小首を傾げながら男に問い掛ける。
「どういうこと?」
「さあ、こちらにいらっしゃい」
母親が息子を取り戻そうと、息子を抱いている男に腕を伸ばしながら近づいていく。
「待てっ!!」
「やめないか、この子は聖地に迎えられるのだ、諦めろ!!」
「息子を返せって言ってるのよ、聖地なんていう牢獄に、誰が息子を行かせるもんですか!」
「母さんっ!!」
ただならぬ様子に、そちらに手を伸ばしながら子供が不安げに母親を呼ぶ。
「───── !!」
男たちと女の揉み合いになった。
そうして女の手が、奥にいた子供を抱いた男の腕に掛かろうとした時、
「っ!?」
「……あ……っ……」
血飛沫が上がった。
一瞬、男たちも何が起こったのか分からなかった。
「……あ、お、俺……」
一番若い男の震える声に、男たちは我に返った。
女が、息子を真っ直ぐ見つめその手をとろうと腕を伸ばしたまま、鮮血を流しながら地面に静かに倒れていく姿があった。
「きゃああぁ───── っ!!」
子供の悲痛な叫びが辺りに響き渡る。そして、子供は男の腕の中で意識を失った。
「なんてことを……」
「どうします? 少佐」
少佐と呼び掛けられた男は、周囲を見回した。
まだ夜が白々と明け始めたばかりのこの時刻、周囲には彼等の他には人の姿はない。だがそれもいつまでのことか。
「……女には気の毒だが、時間も無い、このまま他の人間に見つからないうちに行くぞ」
年輩の男が、女を斬って気が動転したままの若い男から剣を取り上げて促す。
「す、すみません、俺……」
「起こってしまったことは仕方ない、さあ、聖地に戻るぞ」
倒れた女は、まだ微かに残る息の下、その腕を息子を連れ去る男たちに向けて必死に伸ばす。
「……呪ってやる、私から……息子を奪った者たち、女王も……、聖地も……、皆、……呪い殺してくれる……。息子を喰らうこの世界も……、皆、滅びるがいい……。決して、許しは、しない……」
そうして、その星の住民から魔女と呼ばれた女の呪詛が、宇宙に静かに浸透していく───── 。
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