「……んっ、あっ……」
ベッドサイドの明かりしかない薄暗い部屋の中、熱く甘い吐息が篭る。
オスカーは自分を苛む男の背に爪を立て、その躰を抱き寄せた。
こんな風に抱き合うようになって、どれくらいの夜が過ぎただろう。
そもそものきっかけは、ある町の娼館でバッタリと顔を合わせてしまったことだったのかもしれない。その時の互いの気まずさといったらないが、そこは男同士、気持ちは分かるというものだ。
旅先で、しかもその目的を考えればそうそう仲間の目を盗んで娼館に通うのは無理がある。加えて、訪れる街の全てに娼館があるわけでもない。
そんなことが続くと自ずと欲求不満が溜まってくる。
いつしか互いに男の事情を察し、まるで申し合わせたように目配せし、気が付けば同性同士であるにも関わらず、慰めあうようになっていた。
そして遂には行き着くところまで行ってしまったわけだが、それはあくまで欲求不満の解消、つまり単なる性欲処理のためのものに過ぎず、二人の関係はセックスフレンドと言われる類のものでしかない。
男が強く腰を打ち付ける。
「……ああっ……、あ、ァ……」
「── ……」
男は、小さな声で何かを呟きながら、オスカーの中に己の熱を吐き出す。
その一方で、半ば意識を飛ばしかけていたオスカーは、男の呟きに、一気に現実に引き戻された。
── な、に……? 今、なんて……。
果てた男がその身を預けてくるのを受け止めながら、オスカーは頭の中で男の呟きを反芻していた。
◇ ◇ ◇
窓の外は、一面の雪景色だった。
朝からの吹雪は夜になっておさまってはいたが、冷え込みはなおのこと、深い。
しかし暖炉で燃え上がる炎のおかげで、部屋の中は外の冷気は全く感じられない。窓の外の景色に、そうと知れるのみだ。
結局、今日は一日中酷く吹雪いていたために、外に出ることも殆ど叶わず、久し振りの休養日となった。とはいえ、主だった年長の者たちは、今後の方針の確認や、敵に関する分析等のミーティングにその大半を費やしていたのだが。
浴槽に熱い湯を張り、オスカーは躰を伸ばしてゆっくりと浸かった。こんなにゆっくりと過ごしたのは、聖地が落ちて以来だと思いつつ。
どのくらいそうして浸かっていたのか、すっかり温まると、腰にバスタオルを巻き、もう1枚のタオルで濡れた髪を拭きながらバスルームを出た。
その瞳に最初に映ったのは、ちょうど正面の窓辺に佇んでグラスを傾けている長身の男だった。
ドアの開く音に気が付いたのだろう、男が振り向いた。
「だいぶごゆっくりだったな」
「アリオス……」
男── アリオスは、傍のサイドテーブルにグラスを置くと、立ち止り、髪を拭く手も止めてしまったオスカーの様子に訝しく思いつつも近づいた。
「……何の用だ?」
「何の用とはご挨拶だな。夜、俺があんたの部屋に来る用といったら一つだけだ。用なんて決まってるだろう」
言いながら、オスカーの躰を抱き寄せようとその腕を伸ばした。
その手を振り払い、オスカーは部屋に備え付けの小さな冷蔵庫に足を向けた。
「おい」
「もう、おまえとはヤらない」
言いながら、冷蔵庫を開けて冷えた缶ビールを取り出してプルトップを開ける。
「……ご機嫌斜めだな。何があった?」
軽く肩を竦めながらアリオスが問い掛けると、ビールを一気に半分ほど空けたオスカーは、何の感情も見せぬ貌で、アリオスの顔を見つめ返しながら答えた。
「別に。ただ、おまえとはもう二度とヤる気はない、それだけだ」
「別にってことはないだろう? 何かあんたの機嫌を損ねるようなことをしたか?」
問い掛けながら再びオスカーに近づく。
そうして近づいてくるアリオスの、故郷の草原を思わせるかのような印象的な緑の瞳を真っ直ぐに見据えながら、オスカーはゆっくりと口を開き、一つの単語を音に乗せた。
「……エリス……」
それに、オスカーの目の前に来ていたアリオスは動きを止めた。
顔色が、変わっていた。
「…………」
「おまえの、女の名、だろう?」
短く区切りながら確認するように問うオスカーに、その顔に疑問と、そして怒気を滲ませながら、アリオスは問いで返した。
「どうしてその名を知ってる?」
そう聞き返してくるアリオスに、オスカーは唇の端を上げて、嘲笑った。
「やっぱり覚えてないらしいな。自覚もなかったか。この前の夜、俺の中でイキながら、おまえはその名を呟いたんだよ」
「……そうか、そういうことか。そりゃあ悪いことをしたな」
オスカーの答えに、アリオスは躰の力を抜くと、フッと小さく笑いを漏らしながら、謝罪とも取れぬ謝罪を口にする。
「おまえとヤるのは、イヤじゃなかったけどな。だが、誰かの身代わりにお前に抱かれる気はない」
「今度からは気を付けよう。確かに、あんたはあいつじゃないからな」
アリオスの言い様に、オスカーは繭を顰めた。
「言っただろう、もうおまえとヤる気はないって。だから、出てってくれないか、もう寝みたいんだ」
言って、目の前のアリオスの躰を押しのけるようにしながら離れようとするオスカーの腕をアリオスが掴み、その拍子にまだ持っていたビールの缶が、残っていた中身を零しながら床に転がった。
腕を掴んでくるその力に、オスカーは眉を寄せた。
「離せよ、何のつもりだ」
「確かにあんたはエリスじゃない。けどオスカー、あんたは俺の女だろう?」
「なっ!?」
アリオスのあまりの答えに、オスカーは怒気も顕わに、空いている手で思い切りアリオスの頬を殴りつけた。
避けることもせずに殴られて、衝撃に横を向き、赤く腫れた頬も見せながら、アリオスはオスカーを掴む腕を離さない。むしろ逆にオスカーの躰を思い切り引き寄せ、空いている片方の手で腰に巻かれていたタオルを外すと、そのまま手を滑らせて後ろに忍ばせる。
「っ!!」
「最初の頃はともかく、今じゃ、俺が求めればいつだってココに俺を悦んで受け入れて、締め付けて、絡み付いて離さない。なあ、これのどこが女じゃないって? 女そのものじゃねえか」
アリオスの嘲笑いながらの言葉に、オスカーの顔は真っ赤になり、そして羞恥と怒りとで躰が震えていた。だがそんなオスカーの様子を気にもとめず、アリオスはオスカーの躰を引き摺るようにしてベッドに近づくと、その上にオスカーを思い切り突き飛ばした。
慌てて起き上がろうとするオスカーにのしかかり、アリオスは自分の躰でオスカーの躰を押さえつける。
「アリオスッ!!」
「あんたが俺の女だって、その躰に思い知らせてやるよ、否定しようがないくらいにな」
言って、アリオスは閉じようとするオスカーの両脚の間に躰を割り入れ、抵抗しようとする両腕を頭上で一纏めにして片手で押さえつる。そして抗議を無視して、もう片方の手を、いつも自分を受け入れさせている後ろの秘孔に忍ばせた。
「あ……」
そこに触れてくる指の感触に、オスカーは躰を硬直させた。
その様子にアリオスはニッと笑い、そのまま這わせた人差し指を挿入させる。
「あっ!」
慣らしもせずに乾いた指を突き入れたのだ、そこは固く、アリオスの指をなかなか受け入れようとはしない。
「ちっ、さすがにきついな」
アリオスは軽く舌打ちすると、オスカーの両腕を抑えていた手を離した。
しかしオスカーは目をきつく閉じ、唇を噛み締めて痛みに耐えるのに精一杯で、押さえつける手が離れて自由になったことにも気が付かない。
アリオスはオスカーの様子を窺いながら、離した手をオスカーの喉元に当てた。そして少しずつ、そこを抑える力を強くしていく。
「……う、あ……ァ」
下肢を襲う痛みとは別の苦しさに、オスカーは震えて上手く力の入らない両腕をどうにか動かして、自分の喉元を抑えるアリオスの腕を退けようと試みるが、無駄な足掻きでしかなく、その力は一向に弱まらず、却って力が増して苦しくなる一方だ。
やがてオスカーが息苦しさに意識朦朧とし、半ば意識を失いかけ躰の力が抜けたのを認めて、アリオスは喉を抑える力を少し緩めると、下肢を嬲っていた指を引き抜き、己の前を寛げて自身を取り出すと、オスカーの腰を持ち上げ、秘孔に押し当ててそのまま一気に刺し貫いた。
「ああっ!!」
強烈な激痛に、オスカーは思い切り背を仰け反らせる。
「あ、ああ……、うあ……っ……」
無理矢理の力任せの挿入に、内壁が傷ついたのだろう、ぬめりを感じ、だがそれが潤滑剤の代わりとなって、アリオスの動きを易くしていた。
オスカーの眦に、生理的なものだろう、涙が滲んでいたが、アリオスは構わずに腰を動かし、突き上げ続ける。
そうしながらオスカーの顎を抑え、唇を重ねた。そして顎を抑える手に力を入れて唇を開かせると、その中に舌を挿し入れ、奥の方で縮こまっている舌を引き出して絡めた。そのまま貪るような口付けを続けつつ、やがてオスカーの変化を感じ取ってほくそ笑んだ。
シーツを掴んでいるオスカーの腕を掴んで、股間に導く。
「なあ、オスカー、躰は正直だよな。分かるだろ? 俺は一度も触れてないのに、ここはこんなになってる」
言いながら、アリオスはオスカーの勃ち上がりつつあるものに、オスカーの手を触れさせた。
オスカーは顔を真っ赤に染めながらも、ぎっとアリオスを睨みつけた。
だが躰の変化を隠せるものではない。無理矢理であったにも関わらず、抱かれることに慣らされた躰は、アリオスのものに貫かれて明らかに悦んでいるのだ。
「……くっ……」
「なあ、これで分かっただろう? あんたは俺にヤられるのが好きなんだ」
「あ……、やっ。ああっ……」
突き上げて、オスカーに声を上げさせる。
「俺に抱かれて、ここはこんなに悦んでる」
さらに突き上げ、腰を回し、オスカーの内壁がアリオスのものに絡み付いてくるのを思い知らせる。
「あんたのここは、俺のものだ。あんたは、女なんだよ、俺の。なあ、もっと啼けよ、あんたの声を聞かせてくれ」
アリオスは上半身を起こすと、シーツとオスカーの背の間に腕を入れ、力任せにオスカーの躰を膝の上に抱き起こした。
「ひっ……!」
自重で、アリオスのものが常より深くオスカーの躰を貫いた。そこを更に突き上げる。
「ぃ、や───── っっ!! ああっ、あ……」
やめてくれと、もう無理だと訴えるオスカーを無視して何度も抱き続け、やがて意識を失い、蒼褪めた顔で横たわるオスカーを、アリオスは苦渋に満ちた顔で見下ろした。
起こさぬように、濡らしたタオルで、二人分の精液で汚れたオスカーの躰をそっと拭いて後始末をしてやる。それから衝撃を与えぬように抱き上げると、ソファに移して、ベッドのシーツをはぎ、クローゼットの中にある新しい物に取り替え、それから再度オスカーを抱き上げると、ベッドの上に静かに下ろした。
いまだ辛そうな、苦しそうな貌をしているオスカーの、額にかかる前髪を軽く掻き揚げてやる。
そうしてオスカーの顔を見つめながら、アリオスは思う。
俺は、何が欲しいのだろうと。
オスカーを女の代わりにしているわけではない。単なる慰み者にしているつもりは毛頭ない。とうにただの性欲処理という意識は消えている。
ただ、この男が欲しいと、強くそう思う。
けれどそれが、この男自身を求めているのか、それとも、この男が司るという強さを求めているのか、あるいは、その両方か── それが分からない。
少なくとも、今はこの傍らにある温もりを手放したくないと、そう思い、だからオスカーの隣に潜り込んで横になると、そっとその躰を抱き寄せた。
── das Ende
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