続・愛しい弟へ




 神聖ブリタニア帝国第7皇子クレメントは、士官学校を卒業すると、予定通り軍に所属し、少尉として戦地に配属された。同じく士官学校を出て軍人となった皇族といえば、リ家の第2皇女コーネリアがいるが、コーネリアはリ家の力もあってか、士官学校卒業後は本来は尉官、つまり少尉からなのだが、コーネリアは佐官、少佐から始まっている。今でこそ、コーネリアは実力から認められた存在となっているが、配属当初は、いくら第2皇女だからといってそれはないだろうと、密かに影で批難の声が上がっていた。もちろん本人は全く知る由もなかったが。その点からいえば、クレメントは前例となったコーネリアに対して取られた、皇族であることからの特例を辞し、本来の尉官から開始したことで、コーネリアが軍に所属してきた頃のことを知っている者たちからはかなり好意的に思われたものだ。
 加えて他にも、クレメントがコーネリアよりも評価されている点がある。
 何かといえば、皇族の立場に関しての言動である。コーネリアは、自分が第2皇女であることをよく口にする。それは皇族、皇女としての矜持から、と言えば言えるであろうし、コーネリア自身としては単に事実を口にしているだけにすぎない。しかしそれを聞かされる者からすれば、中には身分をひけらかして、特別扱いされて当然だと思っているのか、そのように受け止める者がいるのも必ずしも否定出来ず、本人にそのつもりはなくとも、反感を持つ者も出てくる。特に庶民出の下級兵士にとってはその傾向が強い。庶民出の者であっても、ある程度の階位になるとさほど気にしなくなるが、直接接することもなく、そういう話があるということを耳にするだけだったり、稀にたまたま何かの弾みで直接耳にしてしまう者にとっては、階級社会であり、身分によって落差が激しいブリタニアの国是もあって、反発心が芽生えやすくなってしまうのだ。士官学校を出ているとはいえ、その卒業生の中でも、出発点からして特例扱いで違うのだから当然だろう。
 それに対し、クレメントは、コーネリアのリ家と比較すれば、多少格は落ちるとはいえ、第7皇子、母の実家も爵位は落ちるが、名門と言っていい家である。しかし「私が第7皇子、皇位継承権を持つ皇族だからといって、決して特別扱いはしないでほしい。階位による差はあろうと、私を含めて、皆、このブリタニアを守る軍人であることに変わりはないのだから」と最初に上層部に告げて、以来、軍においては、クレメントはあえてブリタニア姓は使わず、母の実家の姓を使用している。といっても、それは少佐の頃までではあったが。さすがにそこまでくると、知っている者は知っているわけでもあったし、いつまでも母方の姓で通すというわけにもいかなかったからだ。
 そしてもう一つ。クレメントの実力だ。少尉から始まって佐官に昇進するのはあっという間であった。とにかく戦地に立てば必ずその実力を示し、敵を倒して戦果を挙げる。つまり戦地に出るたびに昇進しているといってもいいほどで、あっという間に佐官にまで至っている。前線の指揮官は必ずしもクレメントが第7皇子であることを知っている者ばかりではなかったことを考えれば、純粋にクレメントの実力だったと言っていいものだろう。
 そうして軍部内では何かと当人たちの知らないところで比較されていた二人だが、それぞれ弟妹がいる。コーネリアには妹の第3皇女ユーフェミア、クレメントには第11皇子のルルーシュである。
 コーネリアはユーフェミアを溺愛している。そのせいか、ユーフェミアは世間知らず、という以前に、ブリタニアという国の在り方、自分がいる皇室のことについてすら、根本的な知識が欠けており、理想ばかりを述べている、というのが周囲の抱くユーフェミアに対する評価で、いわば何も知らないお姫さま扱いだ。人が聞けば、彼女が理想とする優しいことを並べているだけだから、直接ではなく、TVなどの媒体を通してしか実態を知らない庶民などからは“慈愛の姫”などと言われてもいるが、それはユーフェミアがブリタニアという国の本質を知らない、知る努力すらしていない、皇族としての相応しい振る舞いにお大いに疑問のある、第3皇女、国内でも有数の名家である家の出であるリ家の娘、さらにはすでに“ブリタニアの魔女”との異名までとるようになっていたコーネリアの力があればこそ、そのおまけとして認められているに過ぎない。ユーフェミア自身の力は何もないと言っていい。ユーフェミアの言動は、ブリタニアの皇女としては到底認められるものではないとされながらも、リ家と姉のコーネリアの力があればこそ、その存在を認められているようなものだ。ただし、腫れ物に触るようにで、誰も彼女に対して何も言うことはない。皆がどうユーフェミアを見ているか、など。それはユーフェミアの後ろにいるコーネリアの存在を恐れればこそだ。
 対して、ルルーシュはユーフェミアよりは1つ年上だが、まだ共に高校生だ。そして兄のクレメントはたった一人のこの弟を大変愛しんでいる。しかしコーネリアのユーフェミアに対するものとは違う。確かに愛しく思ってはいるが、皇族たるもの、愛しい弟だからとはいえ、甘やかすわけにはいかないということを理解している。母親の自分に対する、息子として愛しむ一方で、皇子たる者の在り方など、厳しくあった教育の影響もあったであろうが、クレメントはルルーシュに対して、愛しむ時は愛しんでとても仲のよい兄弟ではあったが、その一方で、ブリタニアの皇族、皇子として相応しくあるようにと、様々なことを教えながら、母と共に厳しく躾けてきた。士官学校は全寮制であったし、戦場に出るようになってからは、国にいないことすら多くなったが、それでも可能な限りルルーシュと連絡を取り合い、必ずしも自分とは違って体力があるとは言えないルルーシュに対して、その健康を気遣いながらも、諭すべきところは諭すなどしてきた甲斐あって、周囲からもその優秀さを認められつつあり、いずれは国政の一端を担うことになるだろうと見られている。兄としては喜ばしいことこの上ない。まだ高校生という学生の身であることから、あくまで見習いのようなものだが、学校から帰ると、異母兄であり、このブリタニアの帝国宰相たる第2皇子シュナイゼルの手伝いらしきものをしていることから、幼い頃からその優秀さは周囲の知るところではあったが、今では完全に、いずれはブリタニアの国政の一端を担う者となるだろうと見られている。しかも実をいえば、今ではコーネリアと張り合っているわけでは、少なくともクレメントにその意思はないが、“ブリタニアの魔女”の異名をとっている彼女のように、クレメントは“常勝将軍”とまで言われるようになっているが、彼が指揮をして勝ち取った戦の中には、密かにルルーシュの意見を取り入れた戦略を採用したものもあった。となれば、前線に立って直接対戦することは無理でも、後方で参謀として戦争に参加し、作戦を立てるだけの能力は十分にあるということであり、政治だけではなく、戦略においてもその才は過ぎるほどにあると言えるのだ。そのことにシュナイゼルがどこまで気付いているかは知れないが、あの優秀な宰相まで務めている異母兄のことであれば、完全にとまではいかずとも、それとなく感づいている、すくなくともその可能性はあると思っていることは否定出来ないとクレメントは思っている。
 いずれにせよ、第2皇女として特権を振りかざしながら、コーネリアがユーフェミアをただ溺愛し、皇族たるべき在り方をなんら教えることのなかったことと、そうされて育ったユーフェミアのブリタニアの皇女らしからぬ現状、逆に軍において第7皇子としての権威をふりかざすことなく、そんなクレメントに愛しまれながらも、きちんとブリタニアの皇子たるべく育てられ、その優秀さを周囲に見せ付けつつある状態を見れば、おのずと両家の姉妹、兄弟に対する評価ははっきりと分かれてくる。そして現在の状況と、それぞれの気質や能力を見る限り、2家の兄弟姉妹の関係は今後も変わることはないだろうと周囲の者は思うのだ。つまり、リ家の方がは確かに母方の家の力は強いし、今のところ、後見についている貴族も、シュナイゼルや第1皇子のオデュッセウスほどではないとはいえ、名だたる者がついているが、いずれはデ家の兄弟の方がずっと頭角を現し、ブリタニアという国のためになるのではないかと多くの者が思い、リ家からデ家の後見に鞍替えする者も出始めている。
 リ家とデ家、その力関係はそう遠くない未来に、逆転するだろうというのが大方の見方である。軍においては、コーネリアは確かに優秀な将と言えるだろうが、クレメントと比較すれば、まだクレメントの方が経験は少ないが、後々のことを考えればクレメントに軍配が上がるだろうし、更にユーフェミアとルルーシュでは言わずもがなである。特にルルーシュの後ろには、異母とはいえ、その才能を認めて、いつかは己の補佐にと考えている帝国宰相たる第2皇子シュナイゼルの存在があるのだから。
 そうしてペンドラゴン宮殿内では、両家には分からぬところで、密かに己の権威を振りかざすコーネリアと、名ばかりで全くブリタニアの皇女らしからぬ振る舞いしかしないユーフェミアを抱えるリ家に対する嘲笑が広まりつつある一方で、デ家については、クレメントがしっかりと目を光らせていることもあって、ヘタな貴族を近寄らせることもなく、確実に皇室内での力を広げつつある。

── The End




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