帝国宰相になったばかりの第2皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアには、かねてから気にかかってやまないことがある。しかし、宰相となって間もないばかりの現在、弱肉強食を謳うのは何も国是だけではなく、皇族内でも同じであり、足の引っ張り合い、何かあれば相手を引き摺り下ろすための粗を探し回っているのは同様である。確かに第2皇子で帝国宰相、母である皇妃も帝国内では相当の力を持つ大公爵家であり、早々侮られるようなことはないが、それでも、気をつけるにこしたことはない。ゆえに、気にかけてやまないそのことを、シュナイゼルが直接調べることは憚られ、信頼の置ける副官であり、同時に古くからの友人ともいえるカノン・マルディーニに密かに頼むしか、他に方法がなかったのである。
そのシュナイゼルが気にかけていることというのは、異母弟のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのことである。その妹のナナリーは、日本との戦争が終了して程なく保護されて、ブリタニアに戻っている。といっても、その後、また別の国へと送られてしまっているが、その点に関してはシュナイゼルにとってはどうでもいいことだ。シュナイゼルの関心はルルーシュであって、ナナリーにはないのだから。
ナナリーが軍に保護された当時の状況については、ナナリー本人から、そして保護した軍人らから、カノンを通して確認している。
ナナリーはルルーシュにブリタニアに帰りたいかと聞かれて「帰りたい」と聞かれたこと、そしてその後、どこかに連れて行かれて、人を呼んでくるからと言われてそこで待っていたら、ルルーシュは戻ってこなくて、やがて軍人たちがやってきたこと。軍人たちからは、基地の前に一人でいた少女を見つけて声をかけて、それがナナリー皇女であることを知ったこと、その言葉からルルーシュ皇子のことを探したが見つからなかったこと。
それらのことから、シュナイゼルはルルーシュは自らブリタニアに「帰りたい」と望んだナナリーの意思を尊重し、そして自らはブリタニアの植民地となった日本に残ることを選んだのだろうと思った。一体誰が己を、生きていない、死んだいるも同然と、その生を否定した国に帰ることを望むだろうか。それを思えば当然のことだろう。
その一方で、かつてルルーシュたち兄妹の母であるマリアンヌ皇妃、すなわちヴィ家の後見をしていたアッシュフォード大侯爵家── マリアンヌが暗殺された後、爵位を剥奪されているが── は、トウキョウ租界が成立後、即座にエリア11に移住している。それはマリアンヌ亡き後、ヴィ家にとっての主はその長子たるルルーシュであり、ルルーシュがエリア11で生きていることを知っているからか、あるいは生きていると信じているからか、それとも、せめてその命が眠っている地で、と思ってのことか、そこまでは知ることは叶わなかったが。
ともかくも、カノンに命じてルルーシュの行方を調べさせたが、その行方は杳として知れなかった。しかし死亡の確認も取れなかったことから、カノンには引き続き内密にその行方を捜すようにと命じたのだった。その中には。アッシュフォードの動向を探るように、とのことも含めてのこともあった。
それから数年、新しい情報は何もなく、やはりルルーシュは死んだのだろうかと、シュナイゼルも思い始めた頃、カノンから一つの情報が齎された。
「ルルーシュ様ご本人かどうかは分りません。なにせ、周囲には知らされていないようなのですが、どうやら記憶喪失とのことですので」
「記憶喪失?」
「はい。イレブンの暴徒に襲われて負傷し、その際の頭に負った怪我が元で以前の記憶を失っているようです。ルルーシュという名前も、保護した夫妻が失った長男の名前を付けたものということですので。ですが」言いながら、カノンは隠し撮りしたものらしい写真を数枚、シュナイゼルに差し出した。「亡くなられたマリアンヌ様によく似ておいでですし、成績も大変優秀でいらっしゃるご様子。ルルーシュ殿下が幼い頃からシュナイゼル殿下がお認めになられるほどであられたことを考えますと、まず間違いないのではないかと存じます」
シュナイゼルはカノンが差し出した写真を1枚1枚確かめるように手に取った。
「……間違いない。確かにルルーシュだ……」
最後に会ってからもう何年も経っている。だが、たとえ異母とはいえ、自分にとっては最愛の、そしてたった一人、数いる存在の中で、唯一、弟と認めた存在だ、間違えようはずがない。
「記憶がない、と言っていたね? それは、今もまだ変わらないのかい? 取り戻していて、けれど此処にもどりたくないから取り戻したことを悟られないようにしているというようなことは?」
「可能性としては、私も考えました。ルルーシュ殿下なら、そのくらいのことは十分に可能だろうと思いましたから。ですが、先日、お休みを頂いた際に、直接エリアに行って自ら確かめてまいりましたが、事実のようです。如何なさいますか?」
先日休みを、と告げたカノンに、そう言えばそうだった、とシュナイゼルは思い出す。珍しく所要があるといって数日休みを取ったのだったと。しかしまさかエリア11にルルーシュのことを確かめるために行っていたとは思わなかった。
それにしてもなんという偶然だろうと考える。拾われて養子となった先の夫妻が付けた名が、亡き子の名をとって付けたとはいえ、同じルルーシュ、そして入学した学園が、かつてヴィ家の後見をしていたアッシュフォードが創設した学園だ。ヴィ家の当主たるルーベンがルルーシュに気付かないままとは思えない。おそらく入学当初は気付かずとも、途中で気付いたはずだ。それでも記憶喪失という現状と、エリアとなる前の日本に送られる前の状況を考えて、何も付けず見守るに留めているのだろうと、シュナイゼルは思った。
そして、アッシュフォードが、己が知る限り誰よりも忠義厚き当主のルーベンがそうしているのなら、己もそうすべきなのではないかと、シュナイゼルはそう思った。叶うならばルルーシュを引き取りたい、手元におきたい、そう思って止まない。だが、戦後ほど無く、本国に戻ってきたナナリーに為されたこと、すなわち、即座に再度他国に、以前と同様に、名目は神前という名の人質として出されたと同様、ルルーシュもまた、同じように出される可能性が高い。それを考えれば、たとえ離れてくらすことになったとしても、遠くその成長を見守りながら過ごすほうがはるかにルルーシュのためになるのではないかと思うのだ。少なくとも、ルルーシュが記憶を取り戻すか、あるいはある程度の年齢になるまでは。
そう結論を出し、シュナイゼルはカノンに命令を下すのだった。このまま、信の置ける者にルルーシュを見守り、何かあれば、それとしられることなく密かに助けるようにと。今はまだ、彼が自分の異母弟のルルーシュだと知られる時ではなく、それが知られれば、逆にルルーシュの身に危険が及ぶことになるのだからと。
そしてカノンは、主の命令にただ黙って頷き、従うのだった。
そうしてエリア11では、本国で帝国宰相がそんなことで悩んでいる知る由もなく、どこの誰とも知らぬ自分を養子としてくれた両親と弟、そして学園の友人たちに囲まれて、記憶が戻らぬことに、自分が何物なのか、そして自分はこんなに幸福でいいのかと戸惑いながらも、ルルーシュは幸せといっていい日々を過ごしている。
── The End
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