ゼロが創設した超合衆国連合は、第一號決議として、ブリタニアからの日本奪還作戦を決議した。それは、超合衆国連合の外部機関として契約した黒の騎士団が、エリア11と、すなわち、そこに展開するブリタニア軍と正式に矛を交える、戦闘する、ということだ。それも以前のようなテロリストではなく、契約に基づくとはいえ、正式な軍隊として。
そして時を経て、黒の騎士団の総司令官となった星刻の指揮する中華を中心とした本体は、ブリタニアのキュウシュウ方面軍に対して戦端を開いた。その頃、元々の日本人を中心としたトウキョウ方面軍は、ゼロを待ってトウキョウ租界近くの深海に潜んでいた。
ゼロたるルルーシュは、エリア11の総督たる実妹ナナリーの身の安全を考えた末、一つの保険を掛けた上で、先に連絡を取った枢木スザクと会うために、かつて幼い頃にスザクと出会い、過ごした、枢木神社に向かっていた。
長い石段を登り鳥居を神社の潜ると、その先に既に来ていたスザクが、彼が言い出した互いに一人、二人だけで、との約束通り、一人でルルーシュを待ち受けていた。
スザクは憎しみの篭った瞳で真っ直ぐにルルーシュを見つめながら告げる。「よく僕の前によく顔が出せるな」と。そして続けて「嘘をつきたくない、最低だ」と言いながら、ルルーシュを責める。「裏切った」と。自分に対してだけではなく、生徒会の皆、ナナリーやユーフェミアの名も出して。
スザクは理解していないのだろうか。それとも、自分はルールに従っているから何の問題もないとでも思っているのか。あまりにも独善的な自分勝手なことであるのに。スザクは自分だけが、自分の考えだけが正しいと、そう思い込み、他者の考えや思いを考えない。人には人それぞれの考えや思いがあり、皆がスザクのように考えることもなければ、ましてや行動することなどできはしないというのに。だからゼロがイレブンと呼ばれるようになった日本人の多くから支持を受けていることを認められないし、理由を理解できないでいるというのに、そのことについてなんら考えを巡らせることもない。ただ否定するだけだ。
ルルーシュの立場からすれば、先に裏切ったのはスザクの方だ。日本がブリタニアに敗戦した直後のルルーシュの叫びをすぐ傍で聞いていながら、その思いを耳にしていながら、再会した時── 当初は互いに相手が誰か分かっていなかったが── にはスザクは名誉となり、更には軍属になっていたのだから。しかも副総督たる第3皇女ユーフェミアの“お願い”という名の“命令”によってルルーシュが在籍するアッシュフォード学園に編入してきた。関わらない方が良いのだと、そのようなことをするのは危険だと頭では分かっていながら、ルルーシュは他の生徒たちから苛めを受けているスザクを放っておくことができず、自分の幼馴染の親友だと告げ、しかも生徒会に招き入れたのだ。それによって生じかねないルルーシュたち兄妹に対する危険性を、スザクは真の意味では理解していなかったのだろう。ルルーシュが、スザクが学園で少しでも過ごしやすいようにと色々と気を配っていたことも、何一つ。そしてただただ自分を学校に通えるようにしてくれたユーフェミアに対する崇敬の念だけを強くし、生徒会室でメンバーを前に顔を出すたびに、一度は前総督であった第3皇子クロヴィスを殺したという冤罪をかけられて逮捕連行されていたスザクを救い出した仮面のテロリストのゼロ── その仮面の下はルルーシュだったわけだが── に対する批判とユーフェミアに対する賛辞を繰り返す。
ブリタニアに属しながら、スザクはそのブリタニアのことを何も認識していなかった。だからユーフェミアに選任騎士として指名され叙任式を受けた後も、何も変わらなかった。皇族の騎士という存在、立場の意味をも。何かあるたびに「ルールは守らなければならない」と言いながら、それをゼロ批判の理由の一つにしていながら、自らが決してしてはならないこと、ルール違反を重ねているのだから。ユーフェミアの騎士となりながら、第2皇子であり帝国宰相でもあるシュナイゼル直轄の組織である特別派遣嚮同技術部── 通商“特派”── に属し、そこで開発された第7世代KMFランスロットのデヴァイサーを勤めたまま、しかも学園にも通い続けている。騎士たる身にありながら、常に主たるユーフェミアの傍にひかえることなく、加えて本人が望んだからと、“ユフィ”と愛称呼びすらしている。つまり、何の自覚もないままにそれだけのルール違反を犯しているのだ。最大のものは、ユーフェミアの騎士でありながら、ゼロ── ルルーシュ── を捕らえたことの褒章に皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズとなることを望み、その望み通りにナイト・オブ・セブンとなったことだろう。騎士にとって主とはただ一人であり、その主が死んだからといって、たとえ相手が皇帝であろうとも自ら望んでその騎士になるなど、それが如何に主従関係に対する冒涜行為であるか、全く理解していないのだ。そしてその一方で、スザクは再会して以降、ルルーシュに無意識に己の理想を押し付ける。ルルーシュにはルルーシュの意思、思いがあるというのに、それを無視し、相手のことを何も考えない、理解しようとしない、自分が正しいと、間違っていないとその考えのみだ。そしてその理想から離れ、スザクが否定してやまない、スザクの認識では、自分を初めて認めてくれた存在であるユーフェミア── ずっとスザクを幼馴染の大切な親友と思っていたルルーシュはスザクを認めていなかったというのだろうか。学園内でも、ルルーシュはスザクのことで蔭ながら手を尽くしていたというのに── を貶めて殺したゼロであると知るや、ルルーシュの言葉を何一つ聞くことなく、全て嘘だと決め付けて責める。自分から敬愛するユフィ── ユーフェミア── を利用して殺したルルーシュに対しては何をしても許されるとばかりの態度だ。
スザクは自分の考え、重いだけが正しく、そして自分は間違ったことなどしておらず、ルルーシュだけを悪と決め付けてルルーシュを責めるが、とんだお門違いだ。
確かに、ルルーシュは生徒会のメンバーに対して黙ってはいたが、嘘はついていない。沈黙と嘘は別物だ。シャーリーの死に関しても、確かにその大元の原因は自分だが、死に冠してはスザクにこそ責任があると言える。ルルーシュが頼んだように、スザクがしっかりとシャーリーを保護していれば、シャーリーが死ぬことは無かった。クロヴィスはともかく、ユーフェミアに関しては、確かに死のきっかけを与えたのは、イレギュラーが起きた事故に起因するとはいえ、あくまで要因になったに過ぎず、実際にユーフェミアが死ぬことになったのはルルーシュにはない。本来ならば助かったはずの傷しか与えていなかったにも関わらず、スザクの思慮の足りなさから来る無茶と、ろくな治療を施されなかったことが原因だ。その行動と死を利用したことは、決して否定しないが。その時のゼロとしてのルルーシュにとっては、それしか方法はなかったのだから。そしてゼロとして確かに多数の犠牲者を出しただろうが、それとてスザクとの比ではないだろう。そもそもブリタニアはテロと言っているが、黒の騎士団として言えば、独立戦争だったのだし、戦争に犠牲はつきものだ。もちろん、余計な被害、犠牲は出さないにこしたことはないが。それでも、ゼロとして、多少の計算ミスなどはあっただろうが、全て計算の上に行い奇跡と見せかけたことであり、決して本当の奇跡などではない。奇跡など、起こそうとして起こせるものではない。あくまで計算の上で成り立たせ、そう見えるようにした錯覚に過ぎない。そしてそれでも、民衆── イレブンと呼ばれている日本人── は日本の独立を目指して戦いを続けるゼロと黒の騎士団を支持し続けた。
しかるに、スザクこそ、自分の考えだけを正しいものとして、それが如何に己の身勝手な考えであり、イレブンが望んでいることではないということに気付かないままだったとしても、ユーフェミアの本当の死の真相を知ろうとせず、ただ与えられた情報だけが全て、真実と決め付け、ルルーシュを捕らえ、ブリタニア皇帝シャルルに対し、ゼロ捕縛の褒章として臣下としては最高位であるラウンズの地位を求めた。イレブンからすればそれは裏切り以外の何物でもないし、スザクはあくまでユーフェミアの騎士だとしてその騎士証を持ち続けているが、それ以前にシュナイゼルの部下であったわけであり、ラウンズとして新たに皇帝を主とした、騎士としては絶対にしないことをしている。そしてアッシュフォード学園、生徒会のメンバーに対して、利用したのはスザク自身に他ならない。ユーフェミアの仇であるルルーシュには、テロリストであるゼロたるルルーシュには何をしても許されると思っているかのように、自分がしたことを綺麗に棚上げし、いや、あるいは全く自覚していないのかもしれないが、己こそが加害者であるにも関わらず、ルルーシュだけが全ての悪の根源であるかのように責め続けるのだ。ナナリーにも嘘をつき── さすがにこれはスザクも自覚しているが── 、シャーリーの死という事実を招いた原因になったことにも全く気付いていない。戦いの中の犠牲者とて、ラウンズであり、KMFに騎乗しているスザクが犠牲を出していないなどということはない。EU戦などにおいては、“白い死神”の二つ名をとるほどに多くの者を弑し、ブリタニアの植民地を拡げるためにKMFを駆っていたのだから。ルルーシュは表情には浮かべなかったが、それらのこと、スザクが棚上げしているスザクの犯している事に対し、心の底で侮蔑した。何も理解していない、あまりにも一方的な彼を。しかし、ナナリーの保護を依頼するためにスザクに会いにきたルルーシュはそれを表に出すことなく、スザクに対した。
「君は人間じゃない、皆、君の自分の野望のための駒にすぎない。君は卑怯だ」
そう、あくまでも一方的にルルーシュを責め続ける。そしてただナナリーのためだけに、スザクの無知を心の底で嘲笑しながらも、それらを一切表に出すことなく、恥も外聞もなく、土下座した。しかし、そんなルルーシュに対し、スザクはその頭を踏みつける。ルルーシュはそれくらいされても当然のことをした、自分を、皆を裏切ったのだと。
「俺が許すと思うのか。皆が許すと思っているのか。ゼロは奇跡をおこすんだろう! なら、おまえの悪意で救ってみせろ」
「ゼロは装置だ。奇跡など起こすことは出来ない。全て計算の上のことだ」
「今更何を言う! ゼロとして奇跡を起こせ。戦争を終わらせ、世界を平和に、皆が幸せになる方法で。嘘を償う方法はただ一つ。ついた嘘を最後まで続けろ!」
そうしてスザクは己の勝手な理論を押し付け、ルルーシュに向けて対して手を出し、ルルーシュはそれでナナリーを救うことが出来るなら、スザクにナナリーを守ってもらうことが出来るならと、その手を取ろうと手を伸ばしたが、そこに思わぬブリタニア軍の伏兵が現われた。
グラストンナイツをはじめとするブリタニア軍の兵士たちだ。幾つものKMFまで持ち出して。そうしてルルーシュを捕らえる。スザクは予定になかったこと、他のブリタニア兵が現われたことに目を見張り、呆然としていた。
「裏切ったな、スザク! 俺を裏切ったな!!」
ルルーシュはそうスザクに向けて叫びながら、護送車に入れられた。
捕らえられ、閉じ込められたルルーシュに、帝国宰相たる異母兄シュナイゼルからスクリーン越しに通信が入った。
「悲しいね、皇族弑しのゼロ。それが我が異母弟とは。皇帝陛下にはとりなそう。お咎めなしとはいかないだろうが、命だけは救ってやれるかもしれない」
「哀れむつもりですか、俺を」
憎々しげに、ルルーシュはスクリーンの向こうのシュナイゼルを見つめる。
「今でも私は君の兄のつもりだよ。私を信じてくれないか」
「残念ですが私はもう信じることは止めたのです、友情は裏切られたのだから」
そうして保険を掛けておいたことを実行に移すための動作を取ろうとした時、シュナイゼルが表情を改めて口にした言葉にそれを止めた。
「そうか、君の覚悟は分かった。ならば、ここから本題に入りたい」
「……本題……?」
その一言にルルーシュは訝し気に眉を寄せてシュナイゼルを見た。
「そうだ。君にしか出来ないことだ」
「……どういう、ことです……? 異母兄上」
「君なら分かっているかもしれないが、ここ何年も、いや、随分と前から、たぶん君の母上であるマリアンヌ皇妃が亡なくなられた頃から顕著に、皇帝陛下はご自身でロクに政務を執られることなく、殆ど全てといっていいくらい私に丸投げで、怪しい研究にのめりこんでおられる。そして私は、ある人からの情報の一端を得、それを元に内密に調べていて、驚くべき事実を掴んだ。その全てが正しいとは限らないし、また、掴んだ事実、詳細はまだ幾つか不明な点があり、それが全てとは言わないが」シュナイゼルは表情を改め、ルルーシュを見つめ、言葉を続けた。「父上、皇帝陛下は、世界に、この地球に生きる全てのものに対して、決してしてはならないことを、人間としての分を超えた、許されるものではないことをなさろうとしている。そしてそれを止めることが出来るのは、おそらくは君だけだ、ルルーシュ」
「……皇帝は、何をしようとしていると仰るのです?」
「“ラグナレクの接続”というらしいのだが、一言で言えば、“神殺し”だ」
シュナイゼルの発した言葉に、ルルーシュは意味が分からないと眉を顰め、シュナイゼルをジッと見つめた。
「この世界には、人の存在の有り方を定めているものが存在するらしい。それを皇帝たちは“神”と呼び、それを殺して新しい世界を作ろうとしてている。その世界とは、“嘘のない世界”、だそうだ」
「嘘のない世界!? 何を馬鹿な! 自分たちこそ嘘をつき続けているくせに、己の所業を無視して“嘘のない世界”を創るだと!? 馬鹿も休み休み言え!!」
「先程言った、世界の有り方を定めているものというのは、人の無意識の集合体のことらしい。それがあるのは“Cの世界”と呼ばれる別次元であり、そこは死んだ人間の魂が行き着くとろころであり、人はそこから新たに生まれ出でる処とのことだ。そしてその“ラグナレクの接続”を行えば、人の意識は共有され、全ての者が意識を、考えを共有させることになる。加えて、死者の精神とも話し合うことが出来るそうだ。だから“嘘のない世界”になる、らしい」
「そんなことで、嘘のない世界が出来ると!? 人の意識が共有されれば、それでは却って争いを助長するだけだ何より、それでは人の未来はないでは無いですか! それに死者とも、などと、それでは人の、世界の未来は無いも同然、世界を今日、いや、昨日で止めるつもりだというのですか!? 世界の発展をなくすと!?」
「そのようだね。世界を侵略し植民地を増やしていたのも、そのための布石らしい」
暫しシュナイゼルからの言葉を考えていたルルーシュは、シュナイゼルを見つめ返して問いかけた。
「……それで、俺にどうしろ、と?」
「先程も言ったね。皇帝たちが“神”と呼んでいるのは、人の無意識の集合体、だと。ならば、私が得た情報が正しければ、君のギアスというのだったか、“絶対遵守”の力は、人に対してかけることの出来るもの。ならば、大きなくくりで言えば、人の集合無意識たる“神”もまた“人”だ。ということは、君の力が通じるのではないか、私はそう考える」
「俺の力を利用しようというわけですか。ですが、それ以前に、あなたの仰ることが本当に真実なのか、どうして俺に信用出来るとお思いですか? 先程も言いました。俺は信じることをやめたのですから」
「確かに君の言うとおりだね」シュナイゼルは軽く頷いた。「私の最初の情報源は、現在は君にギアスを与え、共犯者となっているC.C.という女性だ。おおよそのことでしかなかったがね。その後は自分で手配して情報を収集した。そして、君が殲滅したギアス嚮団では、皇帝の命令で“ラグナレクの接続”を行うために、コードとギアスという力を研究し、子供たちに対してギアスを与えていたことが分かった。だから君は嚮団を殲滅し、そこにいる者たちを皆殺しにしたのだろう? 更には、コード保持者であった嚮団の嚮主たるV.V.は、皇帝の双子の兄。そしてそのV.V.は皇帝によって殺され、そのコードは今は皇帝のものとなっている。つまり、現在の皇帝はコード保持者たる不老不死。そしてもう一つ。マリアンヌ皇妃の暗殺は、V.V.が行ったものだ」
「なっ!?」
シュナイゼルの最後の言葉に、ルルーシュは目を見開いた。
「私たちにとっては父たる皇帝である弟のシャルルが、あまりにもマリアンヌ皇妃を寵愛したために、自分たちの計画は頓挫するのではないか、自分だけ置いていかれるのではないか、ある意味、マリアンヌ皇妃に対する嫉妬心から、だったようだよ。だが、実はマリアンヌ皇妃もギアス保持者で、肉体は失われたものの、他者の精神の中でその精神だけ生き続けているそうだ。加えて“ラグナレクの接続”が行われれば、死者とも話し合えるし、精神が生きている以上、器があればマリアンヌ皇妃は己の躰に戻って生き返ることが出来る可能性もある。振り返って考えてみれば、皇帝がマリアンヌ皇妃の遺体を私に密かに運ばせたのもそのためだったのだろうね。そして君たちのいる日本を攻めたのは、表向きはサクラダイトということになっているが、クロヴィスが遺跡の研究をしていた神根島というところが、“Cの世界”に行くには最も適している処らしくてね、そのための日本との開戦であり、君たちがいることで多少考えはされたようだが、“ラグナレクの接続”がなされれば、死者とも話し合えるのだから、最悪、君たち兄妹が死んでしまっても構わない、問題ないと結論されたかららしい」
「つまり、俺とナナリーが死んでも一向に構わなかったと?」
「そういうことだね。皇帝にとっては、君もナナリーも、そしてユーフェミアも、実子ではあってもご自分の野望を叶えるための駒でしかなかった、だから死んでも構わないという考えだったようだね。それゆえに簡単に切り捨てられた」
「……正直、俺にはあなたの言葉を完全に信用することは出来ません。とはいえ、皇帝がやろうとしていることは、まだなんとなくではありますが、それでもこれまでのことを考えれば多少は理解出来る気がします。そしてそれは決してさせてはならないということも」
「ならば、皇帝たちの野望を潰えさせるために協力してもらえないだろうか。ゼロとしてでも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしてでも構わない。ただ、君がどの立場をとろうとも、君が私の大切な弟であることに変わりはない。それは私の真の思いだ。今は、ゼロが君だったことに気付いたのが遅すぎたことを後悔しているよ。これは本当だ」
「……」少し考えて、ルルーシュは口を開いた。「一つだけ、条件があります」
「なんだい?」
「ナナリーの保護を」
「了解した」シュナイゼルにはルルーシュが望むことは見当がついていた。今回の枢木スザクとの出会いもそのためであったことが分かっていたし、何より、ルルーシュのナナリーに対する思いを考えれば当然のことだ。「帝国宰相の名に掛けて約束しよう。
一旦通信を切る。このことを連絡しなければならない相手がいるからね。そのまま待っていてくれたまえ。ああ、その前にもう一つ。本国からの情報によると、皇帝はまもなく本国を離れる。目的地は日本、しかもどうやら神根島らしい。ではね」
その頃、スザクに対して、あなたの後を付け、行動を見ていればゼロに関してのことが分かると、シュナイゼル殿下は全てお見通しだったのだと告げていたカノン・マルディーニの携帯電話の着信音がなった。
電話を取ったカノンは、スザクの前で相手が話しているであろう間、何も言わず、ただ最後に、「イエス、ユア・ハイネス」と応えて通話を切った。そのことから、スザクは相手はシュナイゼルだったのだろうと思った。そして改めて、自分はシュナイゼルにいいように泳がされていたのだと思った。
そんなスザクの思いをよそに、カノンはグラストンナイツに命令を下した。
「帝国宰相、シュナイゼル殿下のご命令です。名誉ブリタニア人枢木スザクを逮捕なさい!」
カノンはあえてナイト・オブ・ラウンズのセブンということを抜かしてそう指示を出した。
「えっ!?」
「帝国最高位の皇帝陛下のラウンズとはいえ、それはあくまで臣下としてのこと。皇族はその上にあります。ラウンズとはいえ所詮は名誉ブリタニア人に過ぎないこの男が第11皇子であられるルルーシュ殿下に対して行ったことは、皇族侮辱罪どころではありません。この男は殿下を裏切り、足蹴にまでしたのですから。さあ、この男を捕縛なさい!」
カノンの告げた言葉の内容に呆然自失している間に、碌な抵抗も出来ないまま、スザクはカノンの命令に従った兵士達に取り押さえられた。
「な、何を言ってるんです、マルディーニ卿! ルルーシュはゼロなんですよ! クロヴィス殿下やユフィを殺し、テロを行って大勢の犠牲を出した!!」
「ルルーシュ殿下は、鬼籍に入られていたとはいえ、れっきとした皇族でいらっしゃいます。そして皇族間での争いは奨励されています。たとえそのために相手の皇族が死ぬことになったとしても。それが弱肉強食、皇族間の争いも奨励されていた皇帝陛下の意思、そしてブリタニア皇室の在り方なのですから、何の問題もありませんし、皇族のなされることに罰を与えることが出来るのは皇帝陛下唯お一人のみ。あなたにそのような資格は一つもありません。ですがこれまであなたがルルーシュ殿下に対して、そして殿下の周囲の方々に対して行ってきたことはどうなのでしょうね? 過ぎるほどの重罪です」
カノンはシュナイゼルの副官であり、シュナイゼルに誰よりも忠実である。つまりカノンのこの行動はシュナイゼルの命令によるものということだ。さすがにそれに気付いたスザクは、呆然としたまま、いつのまにかその場に置かれていたルルーシュが入れられたものとは別の、貧相な、しかし確実に強固な護送車に押し込められた。
一方、その直後、ゼロとして捕らえられていたルルーシュは、その身柄を横付けされた高級な黒のリムジンに移された。
ルルーシュを乗せたリムジンは、シュナイゼルのいるトウキョウ租界にある政庁へと向かった。
到着するまでの間、カノンはルルーシュに飲み物の用意をして進めたりしたが、ルルーシュはそれらには一切手を付けず、また、黙して真っ直ぐ前を向いたまま、何かを考えてでもいるのか、何の反応も示さなかった。そんなルルーシュに対し、臣下であり、何よりシュナイゼルの副官で彼の真意を承知しているつもりのカノンは、自分から何かを話しかけることもせず、ただルルーシュの下座に控えて座っているだけだった。
やがてリムジンは政庁前に着いて停車した。先に扉をあけて下車したカノンは、扉を押さえたまま、ルルーシュに下車を促した。それに従い、ルルーシュはゆっくりと下車し、真っ直ぐに聳え立つ政庁を見上げた。
「シュナイゼル殿下の許へご案内いたします。なお、総督であるナナリー殿下には……」
「ナナリーには会わない」カノンの言葉を遮ってルルーシュは告げた。「俺のことは何も告げるな」
「……イエス、ユア・ハイネス。ではこちらへ」
カノンは案内の意味もあって、ルルーシュ前に立って政庁の中を進む。途中、正面からラウンズのスリーであるジノ・ヴァインベルクが歩いてきた。ジノはルルーシュに気がつくと、シュナイゼルの副官であるカノンと共にあることを不思議に思いながらも足を速めて近づいてきた。
「ルルーシュ先輩! 一体どうしたんです? 先輩が……」
「ヴァイベルク卿、控えなさい。この方は第11皇子のルルーシュ殿下でいらっしゃいます」
「え?」
カノンの言葉に呆然と立ち尽くしたジノをその場に置いたまま、二人はシュナイゼルの待つ部屋へと足を進めた。
そんな二人を立ち尽くしたまま見送りながら、ジノは疑念を抱いた。先に見つけたアルバムの中にあったスザクとルルーシュの写真を思い浮かべながら、一体どういうことなんだ、と。
そんなジノのことなど忘れたように、二人はシュナイゼルのいる部屋へと向かい、その扉の前に立つと、先にカノンがノックをして扉を開いた。
「シュナイゼル殿下、ルルーシュ殿下をお連れいたしました」
カノンはそう告げて、ルルーシュを室内に入るように促した。ルルーシュは躊躇いながらも、室内に足を踏み入れる。それを確かめると、カノンは自分も入室すると誰も入ってくることが出来ないように扉を閉め、鍵を掛けた。
部屋でルルーシュの訪れを待っていたシュナイゼルは、ルルーシュの姿を認めると、座っていたソファから立ち上がった。
「よく来てくれたね、ルルーシュ」
そう告げると、シュナイゼルは自分の前のソファへとルルーシュを促した。二つのソファの上のローテーブルの上には、多くに資料らしきものが広げられ、デスクノートパソコンもあった。
「感動の再会もしたいところだが、今は、まずは皇帝がやろうとしていることに関して、私なりに集めた資料だ。目を通してくれ」
その資料は、紙に纏められたものもあれば、データ化されたもの、また、盗撮や盗聴をしたものであろうものもあり、ルルーシュはそれらを再生し、次々と目を通し、また聞いた。
その間、いつのまにか姿を消していたカノンが、二人の許に紅茶を運んできて、邪魔にならないだろう場所にカップを置いた。そしてそのままシュナイゼルの後ろに立って控える。決して二人の遣り取りに口を挟むことなく。
暫しの時間をかけて資料を確認し終えたルルーシュが、顔を挙げてシュナイゼルに問いかけた。
「……本当に皇帝はこんなことをしようとしているんですか……?」
「ああ、違いないと思う。私が最初にC.C.殿から話を聞いたのは随分と前のことで、その頃には何も出来ず、また信じることも出来ずにそのままにしていたのだが、宰相となってから、だんだんと、疑念が膨らんできてね。皇帝が何故真面に執務を執ろうとせずに放り出して殆どを宰相たる私に丸投げし、その一方で侵略戦争を繰り返しながら何をしようとしているのか。とはいえ、調査を始めてもなかなかこれといったものは出てこず、これだけのものを揃えられたのは実はここ数ヶ月のことだ。それはある意味、皇帝は自分のやろうとしていることがもう少しだと、油断が出てきた、だから収集することが出来たのではないかと考えている。
ルルーシュ、君はこれを見てどう思う? 言っておくがこれらは全て本当のものだよ。偽造したものなどは何一つない。あるいは君には信じられないかもしれないが」
少しの間をおいて、ルルーシュは応じた。
「……そうですね、他の者だったなら、これらは全て作り上げられたもの、皇帝がやろうとしていることはあなたが想像したただの夢物語、と片付けたでしょう。
ですが、俺はコードとギアスを実際に知っていますし、その研究をしていたギアス嚮団も知っています。何より、その嚮団を殲滅し、そこにいた者たちを虐殺したのは他ならぬ俺ですから。そこで進められていた研究についても殆ど俺が確保して内容を確認しています。“ラグナレクの接続”や皇帝たちが“神”と呼んでいる“人の集合無意識”とやらについては、すでにどこかに隠されたか処分されたか、そこまではさすがに分かりませんでしたが、“Cの世界”についてはC.C.が、つい、といった感じで口にしたのを聞いた覚えがありますし、多少の資料が残っていました。そしてそのC.C.の望みは、己の身にあるコードを失くし、人として死ぬこと。だからこの資料にある通り、”ラグナレクの接続”を行うためにコードが必要なのだとしたら、C.C.が自分の望みを叶え、人として死ぬために皇帝たちに協力していたと、けれどその内容に疑念を持って離れた、ということではないのかと察することは出来ます」
そこまで告げて、二人は合わせたようにカップを手に取り、紅茶で喉を潤した。
「で、ルルーシュ、君はどうしたらいいと考える?」
「……これが全て真実、あるいはその一部なのだとしたら、これは決して認めることも許すことも出来ない。このようなことをしたら、人は人でいられなくなる」
「同感だ。そして私は、それを止めるためには、君の力、絶対遵守というギアスしかないと考える」
「人の集合無意識ということは、ひとくくりに考えれば、あくまで人。ならば対人用である俺のギアスをその集合無意識に掛けることが可能。それをもって“ラグナレクの接続”の阻止を、ということですね?」
「そうだ。力を貸してほしい。いや、貸してもらえないだろうか。当時の状況はどうあれ、君たち兄妹を捨てたも同然の私の言うことだ。勝手な願いであることは十分に承知しているが、自分の無能を晒すようで情けないが、他の方法を考えることが出来ない」
そう告げて、シュナイゼルはじっとルルーシュの瞳を見つめた。それに対し、ルルーシュもまた、真意を確かめるかのようにシュナイゼルを真っ直ぐに見つめ返した。
真実か否か、賭けだな、と思いつつ、ややあってルルーシュは口を開いた。
「……条件を付け加えさせていただいてよろしいでしょうか」
「言ってごらん」
「ブリタニアの、皇帝の行ってきた侵略戦争が、“ラグナレクの接続”のためのものなのだとしたら、それを阻止した後は、侵略戦争は、いえ、エリアはもう必要ないはずです。無事に成功したなら、エリアの解放を。それぞれ、元の国に戻していただきたい」
「……」少し考えるようにしてから、シュナイゼルは頷いた。「了解した。但し、すぐに、というのは無理だ。エリアとなってから20年以上経っているところもある。エリア解放後に新政権をゆだねることの出来る人材の確保が必要だし、何より我が国によって荒らされてしまった国土、民衆に対する再建や補償も必要だろう。それなくして解放したのでは、無責任なこととなり、解放されたエリアは更に荒れることになるだろう」
「それは理解出来ます。ですが、必ず解放してくださると約束していただけるなら、そしてそれを実行していただけるなら」
「神聖ブリタニア帝国の宰相、そして第2皇子としての名にかけて、誇りにかけて誓おう。必ず君の希望を叶えると」
「そうしていただけるなら、俺は俺の持つ力の全てをかけて、出来る限りのことをしてみましょう」
ルルーシュのその答えに、シュナイゼルは心底ホッとしたとでもいうように、長い溜息を吐き出し、続けてカノンに告げた。
「これから神根島に向かう。皇帝はまだブリタニア本国。ならば現在この地にある私たちの方が、神根島に向かうには圧倒的に有利だ。飛行艇の準備を。アヴァロンではあまりにも目立ってしまうからね」
「畏まりました、直ちに」
そう応えてカノンが部屋を出て行くと、シュナイゼルは通信を繋げた。相手はブリタニア軍のキュウシュウ地区の軍基地であり、同時にナイト・オブ・ワンのヴァルトシュタイン卿だ。
「帝国宰相の名において命ずる。直ちに停戦せよ。相手の黒の騎士団に対してはこれから私が連絡を入れる」
『閣下っ!?』
『シュナイゼル殿下、何を仰っておられるのです!? そのようなことをすれば、皇帝陛下の命令に逆らうことに!』
窘めるようなヴァルトシュタインの言葉に、シュナイゼルは平然と返した。
「ヴァルトシュタイン卿、確かに卿はラウンズのワンであり、その地位は臣下としては我が国では最高位。卿に命令出来るのは皇帝陛下だけだ。しかし! 肝心の陛下は政には無関心であり、全て私に任されている。その私が、停戦すると、戦争をやめると言っているのだよ。そして何より、事情が変わったのだよ。卿が主とする皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下はすでに皇帝ではない。その資格を失った。ゆえに現在のブリタニアにおいての政の最高権者は帝国宰相たる私だ。それでも私の命令に従うことは出来ないと? そしてそれ以前に、このエリアのことについては私に一任されている。そのことは卿も十分に承知していたと思ったが」
『くっ、か、畏まりました』
悔しそうに、ヴァルトシュタインは諾の返答をした。
そうして戦場を引き返し始めるブリタニア軍に言い知れぬ疑問を抱いていた黒の騎士団に対して、シュナイゼルは通信を繋いだ。
「当然失礼いたします。神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアです。ゼロとの間で話がつきました。詳細は後ほど改めて、ということになりますが、停戦いたします。そしてこのエリア11だけではなく、状況を見ながら、ということになりますのですぐにとは行かず、時間がかかると思いますが、他の各エリアに関しても我が国の植民地から返還し、独立を援助いたします。これで、あなた方超合衆国連合および黒の騎士団と、我がブリタニアが戦争を続ける必要はなくなると思うのですが」
『超合衆国連合最高評議会議長の皇神楽耶です。シュナイゼル宰相閣下、あなたの今のお言葉、本当に信じてもよろしいのでしょうか』
「私の名誉に掛けて誓います。重ねて、時間を頂くことになることはご承知いただきたいのですが」
『あなたはゼロ様と話がついた、と仰いました。ならばゼロ様はそこにおられるということでしょうか? 確認のためにもゼロ様と話をさせていただきたく思います』
「……彼はすでに此処にはいません。ある場所に向かいました。私もこれからその場に向かいます。本当の意味で、この戦いを、いえ、これまでの侵略戦争を終わらせ、エリアを開放するために」
『……分かりました。実際、ブリタニア軍の方々は現在この戦場を去りつつあります。そのことから信じましょう。ですが、武装解除は出来ません。何時また責められるか分かりませんから。ですからこのままこの場に留まらせていただきます。それでもよろしければ、停戦のお申し出、お受けいたしましょう。そしてシュナイゼル殿下が仰られることが終わったあとに、きちんとご説明いただけるなら』
「全てを、というのは、あるいは無理かもしれませんが、叶う限りのことをご説明しましょう、ゼロと共に」
『分かりました、その時をお待ちします。出来ますれば、それが少しでも早いことを祈っておりますわ』
「そう出来るよう努力しましょう、力の限り。それではまた後日改めて」
そう告げて、シュナイゼルは通信を切り、ルルーシュと共にカノンからの準備が出来たとの報告を受けて飛行艇に乗るべく、部屋を辞した。
黒の騎士団の本隊では、当初は突然の敵将たるシュナイゼルからの通信に疑念を抱いたが、それがオープンチャンネルではなく、複数用意してある極秘回線の一つであったことから、ゼロと話し合った結果ということを信じることにした。勿論、万一に備えて臨戦態勢のまま、そして同時にその間に傷ついたKMFや艦船の補給や補修、負傷者の手当て等を進めながら。そしてその一方で、トウキョウ方面軍の斑鳩に連絡を入れた。トウキョウ方面軍でも疑念を抱いたが、ゼロ不在のことから、連合の議長たる神楽耶の言葉を信じることにした。勿論こちらも何時でも出撃できる体制を取ったままの状態で、ではあるが。
シャルルはシュナイゼルやルルーシュ達がトウキョウ租界を経つ前に既に本国を発ったとのことだったが、距離と時間を考えれば、自分たちのほうが先に神根島に着くのは明らかであり、シャルルが到着する前に全てを終わらせることで一致していた。
神根島の遺跡に到着したのは、予想通り、シュナイゼルたちの方が早かった。そして三人は遺跡の中に入り、ルルーシュが扉を開くための装置らしきものを弄って開いた後、シュナイゼルと共に中に足を踏み入れたが、カノンは何かに阻まれたかのように中に入ることは叶わなかった。
「原因は分かりませんが、私にはこれ以上進むのは無理のようです。此処でお待ちしておりますので、どうかご武運を」
カノンの言葉を受けて、シュナイゼルとルルーシュは中に進んでいった。そこは明らかに空気が違った。そのことから、此処は外の世界とは明らかに次元の異なる別世界なのだと悟らざるを得ない二人だった。
「どうやらあれが“ラグナレクの接続”を行うための“アーカーシャの剣”らしいね」
シュナイゼルが見つめた方向をルルーシュが見ると、得たいの知れないものが蠢いていた。そしてルルーシュはその視線を上に向けた。それにつられてシュナイゼルも上を見上げる。そこには、一つの大きな白い塊のようなものがあった。
「あれが、あいつらが“神”と呼ぶ“人の集合無意識”なのでしょうね。他にはそれと思しき物がありませんから」
告げながら、ルルーシュは左目のギアスを遮断するためのコンタクトを外し、その塊に向けて言葉を放った。
「神よ、人の集合無意識よ! これは命令ではない、願い、祈りだ!」
「……力が増した、ということ、か……?」
ルルーシュが神に向けて願いを、祈りを告げる中、左だけではなく、右も朱に染まってゆくルルーシュの瞳を見て、ふと頭を過ぎったことが、我知らずシュナイゼルの口から発せられた。
そしてルルーシュが願いを告げ終えた後、パラパラと、そしてだんだんと音が大きくなっていくのに気が付いて、シュナイゼルが音のした後ろを振り返ると、“アーカーシャの剣”と思われたものが、それこそ大きな音を立てて砕け壊れていくのが見て取れた。
「……目的は達せられた、と考えていいのかな。後は今後、父上がどう出られるか、だが……」
「異母兄上……?」
「ルルーシュ、君は君にしか出来ないことをやり遂げてくれた。後は私の仕事だ。任せておきなさい。とりあえず、まだ時間がかかるかもしれないが、父上の到着を待とう」
「そう、ですね」
応えを返しながら、この壊れた“アーカーシャの剣”を見たら、父シャルルは どんな反応を示すのだろうかと、ルルーシュは思いを巡らした。
やがて、二人が待ちかねたシャルルが、扉の前にいたカノンの「シュナイゼル殿下、ルルーシュ殿下のお二人が中でお待ちかねです」との言葉に眉を顰めながら、一人足早に中に入ってきた。
「お待ちしておりました、父上」
やってきたシャルルに、シュナイゼルは静かにそう告げた。
「シュナイゼル、そなた、こんなところで一体何をしておる!?」
「もちろん、あなたの、いえ、あなた方と言った方が正しいでしょうか。人として決して許されざる行為を止めるために。そしてそれは果たされました、かつてあなたが捨てて利用した、ルルーシュの力で」
その言葉を受けて、シュナイゼルの背後からルルーシュがその姿を現した。
「何を止めるというのだ!? それに一体どうやって……」
「あれをご覧ください」
言いながら、シュナイゼルは破壊されつくした“アーカーシャの剣”の残骸を指差した。
「なっ!? “アーカーシャの剣”が!? 何故そんなことが……」
残骸を目にしたシャルルは、その場に力なく崩れ落ちた。
「ルルーシュが願ってくれたからですよ。嘘に紛れたあなた方が望んだ、あなた方の独善による“嘘のない世界”、そして昨日で止まった日の繰り返しではなく、“明日”という、明確ではなくとも未来を、“優しい世界”の訪れを」
「お主らに何が分かる!? “ラグナロクの接続”を行い、神を殺して嘘のない世界を創る! それこそが正しいこと、世界のためだ!! それを貴様らは、一体なんという愚かなことをしてくれたのだ!!」
シャルルは自分たちが長い年月をかけて行ってきたことを実子二人に否定され、その二人を見上げて、自分たちこそが正しいのだと言葉を重ねる。
「嘘を突き通し、嘘に塗れながら“嘘のない世界”を望む。それのどこが正しいと? 生きていくためには嘘が必要なこともあるし、人には誰しも隠しておきたいことがある。それがただもれになって皆がその精神を、思考を共有するなんてこと、ごめんです。それにそのようなことになったら、それこそ争いが耐えない世界が訪れるのではないですか? あなた方の考えは、あなた方の独善に過ぎない。他の誰のことも考えてない、あなた方だけに都合のよい世界だ。そのようなこと、どうして許すことが出来るでしょうか。ましてやそのために多くの国が、人々の命が犠牲になった。それのどこがよい世界です? 皆が共有する意思の多くは、恨み、憎しみなのではないですか、それも、ブリタニアに、あなたに対する。実子すら簡単に捨て駒にし使い捨てるあなたの思いに共感する者など、いはしませんよ。現にルルーシュとて、あなたがどれほどにルルーシュのことを思っていたとしても、実際にあなたがルルーシュに対して行ったことを考えれば、決して共感など、理解など出来ようはずがない。そんな簡単なことも分かりませんか?」
「この、この愚か者共がー!!」
思わずといった態で立ち上がったシャルルは、顔を怒りに染めてシュナイゼルに立ち向かい、その首を締め上げようとでもするかのように攻め寄った。その前に進み出たルルーシュが立ち塞がる。
確かにコード保持者にギアスは効かないが、コード保持者のギアス能力は消えている。すなわち、シャルルが持っていた記憶改竄のギアスはすでになく、それが掛けられるおそれは無い。ならばシャルルをどのような方法であれ廃し、ブリタニアの実質bPとなるシュナイゼルを守ればいい。そうすれば、己が出した条件は守られるだろう、そうルーシュは判断したのだ。しかもそれがルルーシュの命と引き換えならば尚更に。それこそが、今のルルーシュが選択できる唯一つのことだと思ったがゆえの行動だった。
「ルルーシューッ! よりにもよっておまえが、マリアンヌの息子のおまえがっ!」
シャルルの言葉に、ルルーシュはどういうことなのかと柳眉を寄せた。
「マリアンヌもシャルルの目的、つまり“ラグナレクの接続”を行うための仲間だった」
不意に聞こえた聞き覚えのある声に、ルルーシュはその声のした方を見た。シュナイゼルやシャルルも同様に。
「C.C.! 記憶が戻ったのか!?」
「C.C.、そなた、やはり裏切ったか!?」
C.C.はゆっくりと三人の方に向けて歩を進めた。
「裏切ったわけではない。私にとってはコードを消して人として死ぬことが出来ればよかっただけだ。そしてあの頃、その方法は、シャルル、おまえたちが計画していた“ラグナレクの接続”、それしかないと、そう思った。しかしV.V.によってマリアンヌが殺された頃、私は疑問を持ち始めていた。本当におまえたちの計画する“ラグナレクの接続”を実行することが正しいのかと。自分の望みを果たすためだけに、人の意思を無視し、それを奪っていいのかと。そしてその矢先に、シャルル、おまえは、守るため、と言いながら、ルルーシュとナナリーを日本に送った。開戦を予定している日本へ。だから私は二人を見守るためにブリタニアを離れ、日本へ向かった。
当時の日本は、すでにブリタニアとの関係が悪化していて、人々のブリタニア人に対する感情も同様だった。実際、苛めや暴行を受けている者もいたようだが、それは、まだ幼い、親善留学の名目で日本に送られた二人の皇族に対しても同様だった。そう、子供でもブリタニア人だからと、何も変わらなかった。まあ、二人の立場を知っている者はほとんどいなかったということも多少は影響していただろうが。枢木ゲンブの態度も、とても他国の皇族に対するようなものではなかったから、尚更、だったな。
幼い子供であることなど関係なかった。そんな状況下で、ルルーシュはまだ10歳になるかならずでありながら、必死にナナリーを守っていた。子供から暴行を受けて傷を負っても、ナナリーにそれを感じさせることのないように気を遣っていたし、大人からも陰湿な嫌がらせを受けていた。買い物に行っても物を売ってもらえない、とかな。しかもその間、数度にわたって暗殺者が放たれていた。それは私が事前に防がせて貰っていたがな。ちなみに、終戦前、敗戦になるのは目に見えていたが、枢木ゲンブはナナリーを殺し、ルルーシュだけを遺して、そのことで少しでも日本に有利になるようにとしていた。そんなナナリーを救ったのは、ルルーシュからナナリーを頼まれていたスザクが、徹底抗戦を唱えていたゲンブが死ねば戦争は終わると短絡的に、浅慮に考えたこともあって、父親であるゲンブを殺したことによるものだったが、それ以外にも、ゲンブは二人をどうにかしようと何度も企んでいた。まあ、意味のないことではあったわけだが。
戦後、アッシュフォードに庇護された後、当主であるルーベンとの話し合いの結果、ルルーシュは生きていたとブリタニアに戻ったとしたらどうなるか、それを考え、ブリタニアの名を捨て、死んだこととして、偽りのIDを手配して、アッシュフォードに護られて生きることを選んだ。そこまで見届けて、ブリタニアに敗戦して征服され、日本ではなくエリア11となった日本に居続ける危険性から、つまりはシャルル、おまえから身を隠すために私は日本を離れた。
しかし偽りのIDの下、アッシュフォードの庇護下で、多少の自由はあったとはいえ、結局はアッシュフォード学園という名の檻の中で生きるしかない。また、ルーベンはともかく、ルーベンがいなくなるか、あるいは一族の中で力をなくせば、ルルーシュたちはどうなるか分からない。ブリタニアに、皇室に売られるかもしれない。加えて、シャルルは実際のところはルルーシュの生存を知っていた。もちろん、マリアンヌを殺したV.V.もな。それに、ルルーシュはマリアンヌ似。何時何処で誰にそうと知られるかもしれない、という可能性もあった。だからルルーシュは常に気をはった状態でい続けた、ナナリーを護るためにも。だが、シャルル、おまえは気付いていなかったかもしれないが、V.V.は何度もルルーシュに向けて暗殺者を送り込んでいた。それはアッシュフォードが二人につけた忍びの咲世子によって防がれて事なきをえていたが、咲世子がいなかったら、二人は、少なくともルルーシュはとうに死んでいただろう。
そんな生活の中で、クロヴィスが行っていた私に対する人体実験。私を密かに運び出すために毒ガスだと偽ってカプセルに封じ込めて運び出した。それをテロリストが奪い、クロヴィスは奪い返すために、シンジュクゲットー殲滅作戦を指示した。その最中、私と共にシンジュクにいたルルーシュは、クロヴィスの親衛隊に殺されそうになった。しかしルルーシュにしてみれば、ナナリーをおいて死ぬことは出来ない。その思いに付け込むようにして、私は契約をもちかけ、ギアスを与えた。ルルーシュが生き延びるために、な。かつての契約者たちは、皆、私の与えた力を、その力を与えた私自身を呪い、あるいは死に、あるいは狂っていった。だから、コードを消して人として死にたいと思っていた私は、おまえたちの協力者となった。“ラグナレクの接続”そのものに賛同したからではない。あくまで、私自身が持つコードを消すため、それだけだった。しかしそんな中、ルルーシュだけは違った。私が魔女なら、自分が魔王になればいいと、そう言ってくれた。私を、私が与えた呪われた力── ギアス── を憎むでも、恨むでもなく、それどころか逆に感謝していると。
そんなルルーシュと比べれば、おまえたちの計画は単に自己満足のための薄っぺらい身勝手なものと見えない。だからかねてから持つようになっていた疑念もあって、私はルルーシュの、ゼロの共犯者として常に傍にあることを選んだ。仮に私のコードをルルーシュに移譲することが出来なかったとしても構わない。ルルーシュと共にありたいと、そう思う。もっとも、ルルーシュがそれを許してくれなければ儚い望みとなってしまうがな」
最後は苦笑を浮かべながらそう告げたC.C.に、彼女の告白中、時に眉を顰めたり瞳を見開いて聞いていたルルーシュだったが、微笑みを浮かべながら返した。
「C.C.、おまえは俺の唯一人の共犯者だろう? そしておまえが魔女なら俺が魔王になればいい、その思いに変わりはない。おまえのコードも、時間がかかると思うが、俺の目的を果たすことが出来たら、契約通り俺が受け取ろう。もしそれが無理な場合は、それを消す研究をする。それでいいか?」
ルルーシュの言葉に、C.C.はどこかしら信じられないと思いつつも歓喜に満ちた表情を浮かべた。
「ルルーシュ、本当にいいのか? 私はおまえを……」
おまえの知りたいことを、真実を、シャルルたちのしようとしていることをしっていながら黙っていた、隠していたというのに、という言葉には出されなかった言葉まで汲み取って、ルルーシュは先と同様の言葉を繰り返した。
「おまえは俺の唯一人の共犯者。そしておまえが魔女なら魔王たる俺の傍にいるのは当然のことだろう? それとも、俺以外の誰の傍にいるというんだ? 他に誰かいるとでも言うのか?」
「そんな者はいない!」我知らず涙を流しながら、C.C.は思い切り叫んだ。「たとえ望みが叶わなくとも、私の契約者はおまえが最後だ!」
「ならそれでいいじゃないか。いつまでも俺の傍にいろ」
C.C.の長い独白と、その後のルルーシュとの遣り取りを聞いていたシャルルは、地面に両手をつき顔は下を向いていたが、よく見ればその両腕はぶるぶると震えている。そしてやおら立ち上がると、シャルルはルルーシュを睨み付けた。
「ルルーシュ、ルルーシュッ! マリアンヌの子と思えば今まで生かしておいたが、そこまで儂の邪魔をするというなら、許すことは出来ん! そなたの命……!?」
そう叫びながらルルーシュに向けて両腕を伸ばすシャルルに、中に入る前にカノンから剣を借り受けていたシュナイゼルが立ちふさがる。剣を持つなど、久しくなかったことだが、剣術の心得が無いわけではない。
「陛下、あなたがなさろうとしていることは、一国の為政者たる君主としても、人の子の親としても、決して許されることではない。なんとして私が止めてみせましょう!」
そう叫ぶと、シュナイゼルはルルーシュに向けて伸ばされたシャルルの両腕を切り落とした。しかし程なくその両腕は元に戻る。
「愚か者めが!!」シャルルはシュナイゼルに向けて嘲笑を向けながら叫んだ。「今の儂はコード保持者、つまり不老不死! 現にこうして両腕は元に戻った。コードはギアスに勝る! 時間はかかるだろう、だが儂には無限の時間があるのだ! もう1度アーカーシャの剣を作り直し、神を殺して、儂が新たな世界の、嘘のない世界の創造主となるのだ!! もう誰もその邪魔は出来ない! たとえC.C.の協力が得られずともな!!」
シャルルがそう叫んだ瞬間、他の三人は世界が震撼したように感じ、思わず天を仰ぎ、続いてシャルルを見た。すると、本人は気付いていないようだが、その足元から少しずつ消失し始めていた。
「シャルル、どうやら神は己を殺されることをよしとせず、ルルーシュの望んだ未来を選んだようだな」
「何っ!? どういうことだ?」
訝しげな顔をしてシャルルはC.C.を見返した。
「自分の躰をよく見てみろ」
C.C.の言葉に、シャルルは己の自分の躰を見やった。その時には、すでに下半身が消えていた。
「なんだ、これはっ!?」
「言ったとおりだ。神はおまえの言う嘘のない世界よりも、たとえ不明確であっても、ルルーシュの望んだ明日という名の未来を選んだ。それが神を動かしたのだろう、おまえの存在を拒否した。今、おまえの身に起こっていることが何よりの証左だ」
「そんな馬鹿な……。コード保持者たる儂が……」
徐々に消え行く自分の躰を見つめながら、シャルルは信じられないというように呟いた。
「残念だったな」
やがて、信じられないというままの表情をしたシャルルの躰は、完全に消え去った。
暫しシャルルが消えた後を見ていた三人だったが、シュナイゼルが最初に口を開いた。
「カノンを待たせていることだし、此処を出て表に戻ろうか。今後のことについての話も必要だろう」
「……そう、ですね」
すでに資料を見、またシュナイゼルから聞いていたとはいえ、改めて思わぬ形で真相を知りたいと思っていたことについても知ることとなったルルーシュは些かならずショックを受けていたが、シュナイゼルの言葉を受けて頷き、二人はC.C.に導かれるままに表へと向かった。
扉の外では、カノンが安堵した表情でシュナイゼルとルルーシュを出迎えた。
さすがにシュナイゼルもルルーシュもCの世界でのことに疲れが出たのか、日を改めて翌日の午後、神楽耶と黒の騎士団の本隊にいる総司令官の星刻に通信を入れた。シュナイゼルと、ルルーシュはゼロとして並んで座った形で。そしてルルーシュがゼロとして最初に神楽耶に話しかけた。
「神楽耶殿、連絡を入れるのが遅くなってしまい申し訳ありません。星刻、君にも何も告げぬままにすまなかった」
スクリーンの向こうには、超合衆国連合最高評議会議長である神楽耶と黒の騎士団の総司令たる星刻が並んでいた。
『先にシュナイゼル殿下からご連絡のあった、この戦争を本当の意味で終わらせ、エリアを解放するためのこととは、無事に終えられたのでしょうか?』
神楽耶が多少不安げにそう尋ねた。
「ええ、無事に終わりました。己の身勝手な欲望のために侵略戦争を起こしていた神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの死と共に。これにより、我が国が侵略戦争を引き続き行う必要も、これまでにエリアとした国も、必要はなくなりました。ただ、先にもご連絡したとおり、エリアとなっていた国々の状況を考えますと、即座に解放を、とはいきません。それなりの準備を整えてから、ということで時間をいただくこととなりますが」
神楽耶の問いに答えたのはシュナイゼルだ。それを受けて、神楽耶はゼロに問いかけた。
『ゼロ様、シュナイゼル宰相の言葉、信じてもよろしいのでしょうか?』
「よい、と思います。シャルル・ジ・ブリタニアの死に際には私も立ち会いましたし、彼が己の望みを叶えるために研究施設として利用していたギアス嚮団という組織も、連合の第1號決議の直後に内密に、零番隊を動かして私が殲滅し、その研究資料も処分した今、それを利用することが出来る者もいないでしょうから」
『そう、ですか』ホッとしたように神楽耶が息を吐き出したのがルルーシュには分かった。『では、後は改めて場所を設けて、終戦とエリア解放に関しての話し合いの場を持ち、詳細を決める、という形になりましょうか?』
「そうなりますね。終戦とエリア解放に関しては、先に宰相としての名にかけてとご連絡と約束を交わした私が皇帝代理として行うことになりますが。正式な次期皇帝の決定については今暫く時間がかかると思いますから」
『……シュナイゼル殿下が皇帝となられるのではないのですか?』
少し小首を傾げて、神楽耶がシュナイゼルに質した。
「亡き皇帝の下で、宰相としては当然のことでしたが、当初は真の目的に気付いていなかったからとはいえ、そしてのちに、といってもおおよそのところを把握したのは僅か数ヶ月前でしたが、侵略戦争に加担し、実行させてきた私にその資格はないと思っています。ですから、それらの行為には無関係だった皇族の中から、為政者として、君主たる皇帝として相応しい者を、と考えているところです」
シュナイゼルの言葉に、すっかりシュナイゼルが次期皇帝と思っていたルルーシュは仮面の下で瞳を見開き、同時に現在の皇族の中にそんなものがいただろうかと、記憶をさらったが、そのような人物は、一人も見当たらなかった。第1皇子たるオデュッセウスすらも、シュナイゼルと比較してしまうと無理だろうと思えるし、他の者はむべなるかな、だ。
『分かりました。では、まずはそのための日程と場所を決めるためのご連絡を、皇帝が亡くなられたとなればそちらのご都合もあるでしょうから、ご連絡をお待ちしています』
「ご理解いただきありがとうございます、皇議長。それではまた後日、できるだけ早めにご連絡差し上げます」
『はい。ではゼロ様、よろしくお願いいたします』
神楽耶の意図を察したルルーシュは、簡単に首肯はしかねた。
「神楽耶殿、私はあくまで連合と契約を交わした武装集団である黒の騎士団のCEOに過ぎません。これから話し合われるだろうことは、あくまで外交交渉であり、黒の騎士団がかかわってよいことではありません。とはいえ、これまでの経過もありますから、話し合いに向けて、多少の下準備はさせていただくつもりでおりますが」
『出来ましたら、私の補佐、アドヴァイサーとしてご同席いただければ、と思うのですが……』
「お気持ちは嬉しく思いますが、それは私の立場としては逸脱しているものと判断いたします。それに、今の神楽耶殿でしたら、私がおらずとも十分にそのお立場に相応しく対応することがお出来になられると思いますよ」
『……お褒めのお言葉、ありがとうございます』神楽耶は少し頬を染めて応じた。『そう言っていただけたことに恥じないよう、しっかりとやらせていただきますわ。それではゼロ様、次にお会い出来る時を楽しみにしております』
下準備をするとのゼロの言葉から、神楽耶はシュナイゼルとの会談前、遅くなってもその後には会えるものと思ってそう応えたのだが、ルルーシュにはもう神楽耶や超合衆国ならびに黒の騎士団関係者と会う気はない。少なくともゼロとしては。だが、今はそれを告げる時ではないだろうと、何も告げなかった。
「それでは皇議長、また改めて、私か、私の部下であるカノン・マルディーニから連絡を差し上げますので、よろしくお願いします」
『畏まりました、ではまた』
神楽耶のその言葉を最後に通信は切れ、スクリーンは何も映さなくなった。
完全に通信が切れたのを確認すると、ルルーシュはゼロの仮面を外し、シュナイゼルに問いかけた。
「次期皇帝は異母兄上ではないのですか? 現在の皇族の中にい他に相応しい人物がいるとはとても思えないのですが」
「私が皇帝にならないというのは、先程皇議長に言ったとおりの意味だよ。侵略戦争に宰相として大きく関わってきた身では、ブリタニアの変化を世界に知らしめることは出来ない」
それは理由として多少の理解は出来なくはない。しかしその場合、同様に多少なりとも侵略戦争やその後の植民地となったエリアの内政に関わった皇族もまた除かれることとなり、尚更、次期皇帝となれるような存在が、ルルーシュには全く思い浮かばないのだ。
そうやって考えを巡らしているルルーシュを見て、シュナイゼルは苦笑を浮かべながら応えた。
「君だよ、ルルーシュ。私は君こそが次期ブリタニア皇帝に相応しいと考えている。いや、君以外には誰もいない、とね」
「な、何を馬鹿なことをっ! 俺なんかが皇帝になんかなれるはずないでしょう! 第一俺は日本に送られる前に継承権を放棄し廃嫡されているも同然だし、それを別にしても鬼籍に入ってるんですよ!」
「だが同じように鬼籍に入っていたナナリーが生きて戻って皇族として復帰したのだから、君も生きていて見つかったのだとしてもなんら不思議ではないだろう。そして稀代の戦略家たるゼロとしての君の行動を見ていれば、君には為政者として人の上に立つ政治的資質があるのは十分に見て取れる。付け加えると、君がゼロであることを知るのは私とカノンだけで、何の問題もない」
「何を言われるんです! おの時、俺がゼロだと知った者は他にも何人もいるではないですかっ!? それに第一、コーネリア異母姉上が知っています」
「コーネリアは出奔して皇族であることを棄てた。そのような存在の言葉を信じる皇族は殆どいないだろうね。私もそのような真似をさせるつもりはないし。それと他のあの場にいた者については、私の命令で立てた作戦に従っただけのこととしてどうとでもなる。彼らも馬鹿ではないからね」
「し、しかし、それでは……」
言葉を濁すルルーシュに、シュナイゼルはその理由を察して言葉を尚も続ける。
「君が気にしているのは、ユーフェミアのことと、君の同級生のシャーリー嬢のことかい?]
シュナイゼルが出した二人の名前に、ルルーシュは目を見開いてシュナイゼルを見た。
「ど、どうして……?」
「あの神社で、枢木が名前を出していたからね。その時の君の反応からそう思ったのだが、違ったかい?」
「……直接的にはどうあれ、ユフィが死んだ原因のきっかけは俺です。そしてシャーリーも、俺の事情に巻き込んでしまったために……」
幾分小さな声でそう告げ、しかしルルーシュはそれ以上は言葉を続けることが出来ず、唇を噛み締めて俯いてしまった。
「ならばルルーシュ、その二人のためにも、君は皇帝となって新しい、人に、優しい世界を創るのが、君の責任ではないのかい? 正直、ユーフェミアの死にに関しては、私にとっては政敵とも言えるコーネリアの実妹ということで医師たちにとらせた行動もあったが、それ以前に、枢木のとった行動の影響が直接の、最も大のものだったのだがね。シャーリー嬢のことは分からないが、二人は君を責めるだろうか? 君を恨むだろうか? 正直、私はユーフェミアを好いてはいなかったが、彼女の性格はある程度把握していたつもりだ。枢木はユーフェミアの仇として君を討つのが彼女の騎士だった自分のすべきこと、その権利があるなどと思っていたようだが、とんでもない。彼がユーフェミアの敵を討つのだとしたら、自分に対して、だよ。私にも勿論責任の一端があるのは否定しないが。それはともかく、ユーフェミアの性格、君への想いからすれば、君が死ぬのを、自分の敵として殺されるのを喜ぶとは到底思えない。寧ろ、そんなことをされれば悲しむだろうね。あの名ばかりのユーフェミアの騎士は、自分の感情だけで、そんな簡単なことに全く気付いていないようだが。
ユーフェミアは、シャルル皇帝下のブリタニアにあっては、しかもあの“ブリタニアの魔女”との異名をとっていたコーネリアの実妹とは思えないほどに、弱肉強食の国是に反対し、誰もが差別されることなく平和な世界で優しく生きていくことが出来る世界を望んでいた。そのくらいは私にだって十分に分かっている。ならば、君がユーフェミアの望んだ世界を創ることが、彼女に対する最大の贖罪になるのではないだろうか。シャーリー嬢のことは、本当に私には分からないが、それでも、調べたところによれば、彼女は君に対して好意を抱いていたようだからね、彼女も決して君を恨んだり憎んだりはしていないと、私はそう思うよ」
シュナイゼルの言っていることは、頭では理解出来る。しかしそれでも、ルルーシュは頷くことは出来なかった。
「急ぐことはない、ゆっくり考えなさい。とはいえ、それほどのんびり構えられても困るというのが本音だがね。超合衆国連合との会談が終わり条約締結となる前に、答えを出してほしい。叶うなら、条約締結の会見の場で、次期皇帝の公表をしたいと思うのでね」
「……分かりました。でも、もしやはり俺が「否」といったらどうされるおつもりですか?」
「そうだね……。実際のところ、君以外に皇帝となれるだけの能力を持ったものは、残念ながらいないと言っていいだろう。ならば、私が皇帝代理を務めながら、民主制への以降準備を進める、といったところかな。あるいはそれが君にとっては最終目標なのではないかとも思うが、ブリタニアが君主制であったこれまでの歴史、国民の意思を考えると、そう簡単なことではない。いずれは民主制に移行させるとしても、立憲君主制とか、段階を踏むことが必要だと思う。そう考えると、やはり皇帝の存在は欠かせないのではないかと思っているよ」
「……そう、ですか……。
ところで異母兄上、スザクはスザクは、どうして、いますか……?」
ルルーシュは聞きづらそうに、ゆっくりとそう口にした。
「彼なら、この政庁の地下牢にいるよ。会いたいかい?」
「……」
簡単に答えを返し、更に逆に尋ね返してきたシュナイゼルに、ルルーシュはなんともいえない表情を浮かべた。
ルルーシュにとって、スザクは初めて出来た大切な友人だった。しかしそれは戦前から終戦直後に別れるまでのことだ。再会したとき、スザクはすでに名誉ブリタニア人となり、更には軍属となっていた。しかも技術部に配置換えとなり、前線には出ないと嘘をつき、実際には第7世代KMF、黒の騎士団が“白兜”と呼んでいたランスロットのデヴァイサーであり、最大の敵だった。挙句、ユーフェミアの手配でルルーシュとナナリーのいる学園に編入してきて二人に対する、付け加えるなら学園そのものに対する危険を増やしただけではない。かつてルルーシュがスザクに告げた言葉を、すっかりわすれたようにユーフェミアの騎士となり、ゼロを否定する一方で彼女を崇拝し、賛美し続けた。その上、ユーフェミアが提唱した行政特区日本への参加要請。ルルーシュたち兄妹の出自を真に理解しているなら、決して決して参加することなどできないことくらいわかっていただろうに。そして自分の犯した罪を自覚することなく、ルルーシュだけをユーフェミアを殺害した者として責め、その生を否定して、ルルーシュが最も憎んでやまないシャルルに売って、己の出世を買った。それだけではない、スザクを迎え入れた生徒会のメンバーに対しても、立派に加害者だ。にもかかわらず、自分は何もしていないと、ルルーシュだけが騙していると、ルルーシュ移譲にスザクの方こそが加害者であることを全く自覚しないまま、平然と復学し、何食わぬ顔をしてみせていた。そしてルルーシュを見張りながら、ナナリーにも嘘をつき続け、最終的にはあの枢木神社での態度。自分のしてきたことを綺麗に棚上げし、ルルーシュがしてきたことを、一方的に責め続けた。ある意味、自分の理想とするルルーシュを押し付け続けていたのだ。だから尚のこと、その理想から外れたルルーシュを許せなかったのだろう。最初に学園に編入してきたスザクに対して蔭ながらルルーシュがスザクjのためにしてきたことなど何一つ気付くことはなかった。ルルーシュの思いを聞いていながら何も知らないというように、忘れたかのように、ルールは守らなければならないと、ゼロを、黒の騎士団を否定し、ゼロたちを指示するイレブンとなった日本人の思いをなんら考えることもなく、ただただ自分の考えだけが正しいと、ルルーシュに言わせれば、スザクこそが、多くの日本人の願いを考えることもせず、身勝手な思いで、確かにゼロとなったルルーシュも犠牲を出しはしたが、スザクの方こそ、同胞であったはずの日本人と、出来ようはずのない、中から変えるという幻想に捉われ、そのための立身出世のためにブリタニアの侵略戦争に力を貸して多くの国の多くの人々を殺して犠牲を出していたのに、それすらもスザクにとっては必要なことであり、ルールを守った結果であって、犠牲を出したことではなかったのだろうと思えてならない。
結局のところ、ルルーシュにとってはスザクは終戦後に別れた後もずっと大切な幼馴染の親友だったが、スザクにはそうではなかったのだろうと思えるのだ。少なくとも、言葉にするほどにはルルーシュのことを考えてはいなかったし、だからその行動もルルーシュたち兄妹を危険に晒すことを何も考えずに平然と出来ていたのだ。
そう考えると、ルルーシュは自分がなんと愚かだったのかと、嘲笑えてならない。自分にとってはスザクは大切な親友だった。そう、再会し、彼が学園に編入してきた後も、危険を招く可能性が高まることを承知していながら、放っておくことが出来ないほどに。だがスザクは違ったのだ。対して、スザクにとってはかつて幼い頃に共に過ごした、知人とは言わないが、単なる友人に過ぎなくなっていたのだろう。いや、幼い頃とて、スザクはその家の関係から他に友人といえるような存在がいないから、ルルーシュの存在が当時は特別だっただけで、実際にはルルーシュがスザクを思うほどにスザクはルルーシュを思ってなどいなかったのではないか。それが、神根島でのスザクの言葉だ。スザクにとってルルーシュは、自分を裏切った、生きていてはいけない、存在自体が間違っているモノでしかなかったのだ。だからスザクはルルーシュの言葉を聞こうともせず、平然と売り払うことが出来たのではないのか。
ルルーシュは自分が哀れでならなかった。相手にはありもしない、自分だけが信じていた友情。それを信じていた自分が悲しかった。少なくとも、スザクにはルルーシュほどには友情を感じてなどいなかったのだ。これほど一方通行的な悲しい思いが、悲しい友情があるだろうか。
だからもうスザクと会うべきではないのだと考える。ルルーシュの立場からすれば、スザクはルルーシュが自分を裏切ったと言うが、スザクの方こそ、先に、そう、スザクが名誉ブリタニア人となり軍人となった時に、ルルーシュの知らないところで、彼を裏切っていたのだから。
そうして、ルルーシュは心の中でスザクに決別した、二度と会うこともないままに。
それからおよそ3ヶ月後── 。
神聖ブリタニア帝国と超合衆国連合との間において、終戦と、ブリタニアの植民地の解放についての条約が正式に締結された。
ブリタニア側の代表は皇帝代理を務めてる帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア、超合衆国側連合の代表は最高評議会議長の皇神楽耶である。
終戦についてはすでに事実上そうなっており、それを正式に条約として確認したようなものである。問題はエリアの解放についてである。
領土の荒廃と、国民の疲弊や教育水準の低下、行政府を運営する能力のある者の不足、また移住しているブリタニア人や名誉となっている者たちの扱いなど、様々な事柄があり、返すといって即座に返すにはありすぎる。 そのような状況から、まずはエリアをナンバーで呼ぶのをやめ、元の国名を付け、国政を担える人材が揃い、領土の荒廃がある程度いえるのを待っての返還返還とすることとなった。もちろん、人材の育成、つまりは教育や荒廃した領土の回復に対してはブリタニアが補償や協力をすることを条件として付け加えた形で。なお、それらのエリアについては、返還まではこれまでのような総督による統治ではなく、皇帝に任命された行政執行官が、返還に向けての作業とあわせて行うことになることもあわせた形での内容となった。
そしてかねて神楽耶に告げていた通り、条約締結後の会見の中において、シュナイゼルはブリタニアの新皇帝となる者の名を報告した。
「私にとっては異母弟となる、神聖ブリタニア帝国代11皇子たるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。彼が第99代の神聖ブリタニア帝国皇帝となります」
「ルルーシュ様!?」
シュナイゼルが告げた名に、神楽耶は驚いたような表情で傍らのシュナイゼルを見た。それに気付いたシュナイゼルが神楽耶を見返す。
「皇議長はルルーシュをご存知で?」
「はい、戦前、ルルーシュ様が当時の枢木首相の処にいらした頃に2度程、お会いしたことがあります。終戦間際に亡くなられたとお聞きしていたのですが、生きていらっしゃったのですね。喜ばしいことですわ」
「ええ、先に皇議長とご連絡を取らせていただく少し前に生存を確認出来て、保護したのですよ。しかし、そうだったのですか」シュナイゼルは嬉しそうな微笑みを浮かべた。「幼い頃のこととはいえ、互いに知り合いであるなら、今後の両国の関係も、ひいては連合との関係もうまくいくかもしれませんね。ああ、だからでしょう、実はルルーシュから、皇議長に渡してもらいたいと、手紙を預かってきているのですよ。流石に今は手許にはありませんので、後ほど改めてお渡ししましょう」
「ありがとうございます。これを機に、互いの関係が上手くいくようになることを私も願っておりますわ」
その遣り取りを最後に、進行役の「これで会見を終了します」との言葉に、会見は無事に何事もなく終了し、記者たちは急いで会場を後にした。終了した会見内容を記事にするのはもちろんだが、戦前の日本にいたという、新しいブリタニア皇帝となるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに関しての情報収集もあってのことである。
会見終了から程なく、シュナイゼルの副官であるカノンが、シュナイゼルが告げていたルルーシュからの手紙を神楽耶の元に届けた。
神楽耶が受け取った封書は、ブリタニア皇室の紋章の封蝋で封じられており、あきらかにブリタニア皇族からのものであることが分かる。そしてその封書を開けると、取り出した手紙は日本語で書かれていた。
そこに認められていたのは、自分こそがゼロであったこと、全てを明かすことは出来ないと謝罪しながらも、何故ゼロとなったかのきっかけと、ブリタニアに対する反逆を始めた理由、スザクがユーフェミアの手配によって自分が在籍していた学園に編入してきたことにより、アッシュフォードによって学園に匿われて生きてきた自分とナナリー、そして学園そのものが危険に晒される事態になったこと、スザクが白兜── ランスロット── のデヴァイサーだったことが分かり、それによってユーフェミアがスザクを己の騎士として任命したことで、その危険性は一層増したこと、ユーフェミアが提唱した“行政特区日本”はデメリット、リスクが大きく、メリットなど殆どなかったことから潰すつもりで開会式典に赴いたが、イレギュラーにより、当初考えていた方法をとることが出来ず、あのような多くの犠牲者を出してしまったことと、それを発端として始まったブラック・リベリオンの中、学園にいたナナリーが浚われたことを知り、私情を優先して戦場を離脱してしまったこと。しかしその先で、ゼロである自分の正体を知ったスザクによってユーフェミアの敵として捕らえられ、スザクの望んだ出世、すなわちラウンズとなることと引き換えにシャルルに売られたことと、その後1年ほどの間、自分と学園に対してスザク自身を含めてブリタニアという国が、皇帝が行ってきたこと。けれど卜部をはじめとした者たちの犠牲でC.C.によって改竄されていた自分の記憶を取り戻してからしてきたこと。新たに総督として赴任してきた、浚われて、どういう次第かのちに皇族として復帰していたいたナナリーにゼロとしての己を否定され、仮面をおこうとしたたこと。しかしゼロはすでにナナリーのためだけの存在ではなくなっていたことを、夢を見せた責任をとれとカレンに責められ、ゼロとしての活動を続けることにしたものの、ナナリーが就任演説で唐突に宣言した、かつてユーフェミアが提唱した行政特区日本の再建など到底認められるものではなく、結果、日本脱出、やがて超合衆国連合の設立の経緯、その最初の決議を受けて日本奪還となったことから、ナナリーを思い、スザクと二人だけで会ってナナリーを守ってくれと頼んだのだが、裏切られ、ブリタニアに捕らえられたこと。しかしそこでシュナイゼルとの話がもたれ、その中で、シャルルが為そうとしている、人間の世界のためには決して許されざる事を知らされ、それを防ぐために互いに手を取って、シャルルを倒したことなどだった。
そこまで読んで、省かれている部分があったとしても、神楽耶はルルーシュを、ゼロを信じることが出来た。もともとゼロが日本人でないこと、それでもゼロのブリタニアに対する思いに間違いはないと、今は亡き桐原から聞いていたし、幼かった頃のこととはいえ、ルルーシュたち兄妹が日本に送ってこられた理由は聞かされて、朧げではあったがなんとなく理解していた。また、スザクについてはキョウト六家の一つである枢木家の当主たる父親のゲンブを殺し、キョウト六家の者としての責任を放棄して、更には日本を棄てて侵略国であるブリタニアに膝を折って名誉となり、果ては皇女の騎士となって完全に日本と、日本人を棄てた。しかも日本人の希望であったゼロであったルルーシュを捕らえ、自分の出世を買ったとなれば、その後の行動も考えれば、もともと日本人であることをやめて名誉となった時から憎んでいたが、その思いはいや増した。血筋的には確かに今となってはたった一人の身内── 従兄妹── だが、神楽耶にとっては、とうに周囲の他人より更に遠い他人だと思っている。
「ですが、それでも今回のきっかけとなったのですから、やったことは決して褒められたことではありませんけれど、最後のことだけは、少しは感謝してみてもいいのかもしいのかもしれませんわね」
手紙にその後のスザクのことは認められていないので、シャルルの騎士たるラウンズとなって侵略戦争に協力して多くの犠牲を出してきた彼がこれからどうなるのか、多少とも気にならない、とは言えないが、それでもやはり神楽耶にとっても、スザクは過去の存在なのだ。早々に頭の中から消し去った。これから、キョウト六家に遠縁の者たちを集め、その中から新たなキョウト六家を築き上げていかなければならないのだから、何よりも今後の、1日も早い再建と独立ということを成し遂げなければならない日本のために。
そして手紙には、最後に今後の日本独立後のことについて、忠告めいたことが書かれていた。
それは、黒の騎士団の幹部たち、特に創設直後の旧扇グループ、特に扇を決して政治に関わらせてはならない、とのことだった。それは、クロヴィスが総督を務めていたブリタニア軍から毒ガスを盗み出したのがそもそものシンジュクゲットー殲滅作戦のきっかけとなり、それにまきこまれたことから彼らと黒の騎士団を創設したために、必然的に扇たちが中心となってしまったが、彼らに行政に関わるだけの能力はないと断言していた。それは彼らの考えを放置してしまった自分に責任があるが、いつしか彼らは、勝てば自分たちの手柄、失敗したり少しでも犠牲を出せば全てゼロの責任という考えが蔓延していたこと。また、超合衆国連合を起ち上げ、単なる日本のテロリストではなく、契約の下、連合の正式な軍事組織になったにもかかわらず、彼らにその意識は芽生えなかった、変革は見られず、口にはしていなかったが、日本のことのみしか念頭になく、結局はどこまでも彼らの意識は日本のテロリストたる黒の騎士団でしかなかった。それらのことから判断するに、今後の世界情勢をの動き、変革を考えれば、決して彼らを政治の、少なくとも中心におくのはまずいと。
その内容にはさすがに神楽耶は眉をしかめたが、冷静になって考えてみれば、旧扇グループのメンバーは、戦前の日本においては誰も政治的なことにかかわってきてはいないし、知識を持っているようにも見えない。この数ヶ月の様子を振り返ってみても、口では色々と言っていたが、今後の日本という国家を多少なりとも背負っていくのだという意識、責任感を見て取ることは出来なかった。ただ、自分たちのやってきたことが今回のエリア解放に向けての成果につながったのだと、見当違いのことを大声で言いふらしているのを、直接、間接的に耳にしているほどだ。シュナイゼルとの遣り取りから、今回の件の流れについては凡その概要を聞いていたが、その中に、黒の騎士団については一度も、一言も触れられてはいなかった。それどころか、ゼロはよくあの程度の者たちを取りまとめて成果を出していたものだと感心している、とまで苦笑しながら口にしていた程だ。その様子に嘘は見受けられなかった。少なくとも神楽耶はその言葉を疑う要素を見い出すことは出来なかった。外からだから分かることもあれば、中にいて共に過ごしていなければ分からないこともあるだろう。だから、神楽耶はシュナイゼルとルルーシュの二人の言葉から、ルルーシュの忠告に従おうと思った。選挙ということになれば、黒の騎士団の患部だった扇たちだ。その肩書きからが出てくる可能性はあるが、その場合は、シュナイゼルやゼロの名を借りることになろうとも、彼らが政治の表舞台に出るのを防いでみせようと決意した。
そうしてその一方で、これから先の何時かそう遠くない日に、日本の皇として、あるいは超合衆国連合の議長として、神聖ブリタニア帝国皇帝となったルルーシュと出会える日を楽しみとすることにした。
ブリタニアでは、シュナイゼルのルルーシュに対する説得と、他の皇族をはじめとする周囲への命令や工作が実を結び、無事にルルーシュの即位が決まっていたが、それまでには多くの粛清された者もいた。特にシャルルの下で特権を振りかざし、利権を得ていた者たちが多かった。次に多かったのは、戦争中やエリアとしたあとで、過大な権力を振るい、人々を必要以上に弾圧してきた者たちだ。加えるなら、シャルルのラウンズたちは過去の慣例もあってのことだが、解散となっている。そしてシュナイゼルもシャルルの下で侵略行為、領土拡大には大きく関わっていたわけだが、あくまで宰相として国是に、君主たるシャルルに従ってのことであり、直接的に相手国の人々に対してどうしろと命じたことはないし、エリアの内政にかかわってきたわけでもなかったこと、更には今回の改革を進めた立場であったことから、彼が粛清の対象とされることはなく、もちろん、それを求める意見もなかった。ちなみにルルーシュがゼロであったことを知っていたコーネリアは、エリア11総督という地位を放り出して出奔して皇籍から抜けていたことが最大の要因ではあったが、当時の国是に反する行政特区日本を提唱した副総督を諌めることなく認めたこと、シュナイゼルや他の皇族にとっては政敵といえる立場だったこともあって、誰もその言葉を真面に聞き入れることはなかった。母の実家からすらも、亡きユーフェミア共々、家に泥を塗ったとして勘当された形だ。
ルルーシュの即位について言えば、シュナイゼルはルルーシュがゼロであったことは隠し通したし、また、母であるマリアンヌ皇妃暗殺後、妹のナナリーと共に幼くして皇室から出されており、侵略戦争には全く関わっていなかったこと、加えて、超合衆国連合との話し合いの中、シュナイゼルに協力し、その優秀さを見せていたことなどから、今後の世界の有り方を考えれば、最も妥当な選択であると思われたことも大きかった。
そして正式に即位の儀が執り行われた後、帝国宰相の地位は変わらずシュナイゼルだったが、能力がないと判断された皇族の廃嫡と、貴族に対する増税が真っ先に行われた。貴族階級の廃止は、既にシュナイゼルがある程度の粛清を行っていたことから、実行されなかった。そして以前の弱肉強食の国是を廃止、国民に対する教育や福祉などの充実を図るための方策が制定されていき、立場や能力からくる差はあれども、人は皆、本来平等なものなのだという考えが公表され、それらのことから、国民の多くから好意をもって受け止められた。
そんな中で注目を集めたのは、実妹であるナナリーに対するものだった。それは、廃嫡だった。理由は簡単だ。エリア11でのブラック・リベリオン後、一人皇室に戻ったが、ナナリーは皇族として相応しい嗜み、教養を身に付けるべき努力をしていなかった。にもかかわらず、シャルルの思惑もあってのことだったが、自ら当時のエリア11総督となることを望んだ。為政者として必要なことを何も学ばぬままに。そしてこれはルルーシュしか知らぬままのことだが、ナナリーはゼロとして彼女の前に立ったルルーシュを、自分の兄とは全く気付かぬまま、それどころか、自分に嘘をつき続けているスザクの手を取ったのだ。それだけならばルルーシュが己の胸一つに収めれば済むことだったが、就任演説の際に深く考えることなく、誰に諮ることもなく唐突に、異母姉への慕わしさから行政特区日本の再建を宣言した。結局それはゼロの姦計によって失敗に終わったわけだが、その後が尚まずかった。内政として総督が優先すべきは入植してきたブリタニア人である。しかるに、部下の意見を聞き入れることなく、ナンバーズに対して少しでも不利となれば、苦労して出された法案を、代案を出すこともなくただ否とするだけで、ナンバーズ優先で、ブリタニア人から反感を買っていた。確かにゼロが黒の騎士団や彼らを支持する者たちと共にエリアを去ったあと、テロ行為が完全にではなくともほぼ無くなったことから、矯正エリアから衛星エリアに格上げされたが、それはひたすら部下の官僚たちの努力があったればこそであり、そこに総督であるナナリーや総督補佐であったスザクの力はなんら影響していなかったに等しい。つまり明らかな為政者失格で能力なしと判断したのだ。誰よりも愛しいたった一人の母を同じくする妹だ。出来るなら避けたいことではあったが、皇帝としては、情で例外を作ることは出来ない。そして廃嫡という決定を告げられたナナリーは、ただ反発するだけで、己の行為を何も省みることなく、それが余計に拍車をかけることとなった。そこで少しでも反省し、何らかの努力を見せるようであれば、結論は変わった可能性があったにもかかわらず、ナナリーはそういったことは何もすることなく、結果として廃嫡は覆らなかった。
その一方で、ルルーシュはシュナイゼルに頼んで、ジェレミア・ゴットバルト、篠崎咲世子、そしてロロの三人を呼び寄せ、話し合いの末、三人はルルーシュの許に留まることとなった。ジェレミアは騎士として、咲世子はルルーシュにとっては筆頭の侍女として、ロロについては些かならず問題があったが、それでもシュナイゼルの口利きもあって、さすがに皇籍に入れることは出来ず、扱いは多少落ちるものの、それでもルルーシュの弟となった。ちなみにC.C.はルルーシュと共にブリタニアに来ていて、以来、相変わらず共犯者としてルルーシュの傍らにある。
なお、アッシュフォードに関しては、まずは関係者にかけられたシャルルの記憶改竄のギアスがジェレミアの力で解除され、アッシュフォード家には、シュナイゼルによって以前と同様の大公爵というわけにはいかなかったが、侯爵としての爵位が与えられ、当主はルーベン、そしてその後継者は孫娘のミレイと定められた。ルーベンの息子夫婦の考えは、ルルーシュのためにはならないとシュナイゼルが判断したためだ。そしてまた、アッシュフォード学園の地下に設置された機密情報局の設備は廃棄され、局員は解散、学園の日本での存続についてはアッシュフォード家に一任されることになり、結果、理事長のルーベンは、年度切り替えをもって日本にある学園を閉鎖し、本国にあらたに開校することとなり、すでにその準備が進められている。在籍する生徒に関しては、家の事情もあるだろうことから、そのまま日本に残る者には他校への推薦状を出すこととし、本国に戻るという者にはそのまま本国に開校する学園に無条件での編入を認めることとなった。
そして即位から暫くして落ち着いた頃、皇帝執務室を訪れた宰相のシュナイゼルが、途中で、連合との話し合いと即位式の準備などの忙しさで報告を忘れていたと、軽い口調で告げた。
「枢木スザクだけどね、皇議長との話し合いの最中に本国に移送していたのだけど、君の即位の前に処刑したよ、皇族に対する不敬罪でね。君が即位したら、きっとそのあたりの刑罰を変更すると思ったのでね」
「……そう、ですか……」
すでに心の中からスザクを存在を切り捨てていたルルーシュの反応は、それでも完全に忘れたというものではなかったことから、一瞬、呆然とした様を見せたが、それでも冷静なものだった。これで終わったのだ、という程度に。そう、今度こそ本当に終わったのだ、自分たちの歪んだ、悲しい友情は。ただ、スザクにかけたギアスを解除していなかったことから、きっと息絶えるまで時間がかかり、苦痛は長引いただろうとは思ったが。
スザクに関しては、己の存在を否定され、裏切られた、という思いが強く、特に負の意識を遺さなかったが、唯一、ユーフェミアに汚名をきせたまま、死のきっかけをあたえたことになってしまったことだけが、ルルーシュの心を重くさせている。真実を公表することも出来ない。つまりユーフェミアの汚名を雪ぐことは出来ないということだ。だからこそ、シュナイゼルに言われたように、その責務を負いながら、ユーフェミアの望んだ世界を創るために国政を担っていくことこそが己に課せられた、していかなければならない使命なのだろうと思う。そうして新しい、優しい世界を形作っていくことこそが、ユ−フェミアに対する何よりの懺悔なのだろうと。そしてそのために、己の生涯をかけてゆく、そうルルーシュは心に誓った。
── The End
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