悪逆皇帝って何?




 Cの世界で、ラグナレクの接続という神殺しをなそうとしていた父帝シャルルと、精神体としてだけ生きていた母皇マリアンヌを否定して消し去った後、親友だった、自分たちの立場を何ら考慮することなく行動し続け、挙句裏切った男の放った一言、「ユフィの仇だ」に、命を懸けて自分を救ってくれたロロを失い、両親の真実を知り、結果的にはその二人を殺し、さらには誰よりも大切な、愛していた妹のナナリーも失われた今、ルルーシュは投げやりになっていた。最早この世の全てに対して、そう、自分自身の命にすら。だから“ゼロ・レクイエム”という計画を立てた。同じ死ぬならば、せめてナナリーや、はからずも死なせてしまったユーフェミアの望んだ“優しい世界”を残してやろうと。
 そうしてルルーシュはスザクと契約を交わし、ルルーシュはブリタニアの第99代皇帝となった。
 しかし、ルルーシュの思いは覆された、他ならぬナナリーによって。
 ナナリーは自分を救ってくれた異母兄(あに)シュナイゼルの言葉だけを無条件に信じこんだ。エリア11がまだ日本だった頃に送り込まれて以来、7年もの間、たった一人で自分を守り続けてくれた実兄のルルーシュよりも、シュナイゼルを。ルルーシュの思いなどなんらはかることなく、考えることなく。そして言われるまま、帝都ペンドラゴンへの大量破壊兵器フレイヤの投下を認めたのだ。シュナイゼルの住民は避難させたとの言葉を何ら疑うことなく信じ込み、確認するなどということもなく。帝都を消滅させるということによる国家への影響など考えることもなかったのだろう。ただ、敵対する兄であるルルーシュの力を削ぐため、それだけしか考えずに。
 そして超合衆国連合との、エリア11にあるアッシュフォード学園の施設を借り受けて開催された異例の臨時評議会の帰り、ペンドラゴンにフレイヤを投下されたことを知らされ、その後、シュナイゼルからの通信、そしてシュナイゼルが、彼女こそが皇帝だとして担ぎ出したナナリーを前面に押し出し、そのナナリーとの会話の中で、ルルーシュの中の何かが変わったのだ。



 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにエリア11での戦いでも使われたフレイヤが投下され、そこに住んでいた1億にのぼらんとする命が失われたことは、ルルーシュたちが隠すまでもなく、世界中に知れ渡った。
 ブリタニアは先帝シャルルの時代、世界各国に対して侵略戦争を仕掛け、多くの命を奪ってきた。そうして敗戦した国を植民地── エリア── として、国名を奪ってナンバーをつけ、そこに住む人々を被支配民族たるナンバーズとして差別する政策をとってきた。つまり、多くの恨みを買っていた。しかしルルーシュが即位し、エリアの解放まではいかなかったが、それでも、いずれは解放をすることを約束し、また、ナンバーズ制度については既に廃止していた。ただ、人々の感情はそう簡単に変わりはしなかったが。それでも、ナンバーズ制度を廃止し、いずれは様子をみながらエリアを解放するとしたルルーシュを支持する者も多かった。中には嘘だと信じない者も多かったが、それでも、ブリタニアがシャルルの時代とは明らかに変わりつつあるのは明らかであったこと、そしてまた、今回の被害者の多くが、憎むべきブリタニアという国の人間とはいえ、無辜の民が殆どであったことから、ペンドラゴンに対し、つまり己の国の帝都に対して平然と大量破壊兵器であるフレイヤを投下した者たちへの恐れと怒りがそれを上回り、ルルーシュの元には、各国から悔やみの連絡が相次いだ。ただ、状況から多忙を極めるルルーシュ本人がそれに対処することはできなかったが。そしてまた、ルルーシュがゼロであったことを知っている黒の騎士団はシュナイゼルの言葉を信じて彼の側につき、ブリタニアと敵対する立場をとった。そしてそれもまた、アッシュフォード学園で開催された評議会の有様もあって、超合衆国連合と黒の騎士団に対する批判の一旦となった。特に黒の騎士団については、それまでの敵国の大将ともいえる元帝国宰相についたのだから、その行動を批判されるのは当然のことだっただろう。しかしその肝心の黒の騎士団の── ゼロであったルルーシュを裏切り殺そうとした── 幹部たちは、世界のその状況、自分たちを見る目の変化に全く気付いていなかったが。世間がどう思おうと、彼らは、自分たちは正しいことをしている、としか思っていなかったからだ。



 やがてブリタニア正規軍と、ナナリーを皇帝として担ぎ上げたシュナイゼル率いる天空要塞ダモクレス、そしてそれに加わった黒の騎士団との間で戦端が開かれた。フジ決戦である。
 そしてルルーシュとスザクは、時間的にかなり厳しくはあったが、無事にニーナ・アインシュタインの協力を受けて開発されたアンチ・フレイヤ・エリミネーターで発射されたフレイヤを無効化し、ルルーシュは部下たちと共にダモクレスに乗り込んだ。ルルーシュはシュナイゼルを追い詰め、飛行艇でダモクレスから脱出しようとしていたシュナイゼルらの身柄を押さえた。そしてさらには空中庭園にいるという、皇帝を僭称しているナナリーの身柄を。
 その間に、スザクは黒の騎士団に身を置いた元ナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグを倒したが、カレンの操る紅蓮の前に敗れ去り、討ち取られた。とはいえ、それは計画のうちであり、スザクは敗れて倒され、死んだことにならなければならなかったのだ。それは全てゼロ・レクイエムの計画のうちである。
 実は既に計画は変更されていたのだが、それを知るのはルルーシュ本人を別にすれば、C.C.とジェレミア、そしてロイド、咲世子だけである。セシルにすら知らされていない。もちろんスザクにも。スザクはゼロ・レクイエムは計画のままだと、そう信じたまま、カレンとの戦いに、ギリギリであり、一つ間違えば本当に命を失う恐れもあったが、持ち前の運動神経と体力を生かして、予定通りに敗れる道を選んだのだ。
 スザクに対して計画の変更を隠すことに、ルルーシュは細心の注意を払った。なぜなら、スザクの性格を考えた時、もし計画を変更したことを事前に知らせたならば、どのように理詰めで話したとしても、Cの世界でのことを考えても、感情面から、おそらく離反するだろうと考えたからだ。そうなると、たとえニーナによる研究が完成し、アンチ・フレイヤ・エリミネーターが出来上がったとしても、それを活用することができない可能性が高い。対フレイヤということを考えた場合、どうしてもスザクの存在が必要であり、彼に抜けられるのは困るのだ。対フレイヤに失敗すれば、それはすなわちルルーシュ率いるブリタニア正規軍の敗戦、さらには今日という日で止められた力による世界の支配の訪れがルルーシュには見えていたからだ。従って、安全策をとれば、どうしてもスザクに話すことはできなかった。ただ、彼に裏切られ続けたことを思い返した時、それに対する思いも、気付かぬうちにあったのかもしれないと、後で思いもしたが。スザクはルルーシュに対して、「嘘を」と言い続けていたが、ルルーシュは真実を黙っていただけで、全く一つも無かったとまでは言わないが、基本的に嘘をついてはいなかった。だが、スザクはあくまでルルーシュの言葉を全て「嘘」だと決め付け、己の感情だけを優先させ、それしか考えていないのかというほどに、そうせざるを得なかったルルーシュの事情など、全く斟酌することはなかったのだから。
 ルルーシュが計画を変更したのは、ペンドラゴン消滅後のナナリーとの会話、そして超合衆国連合の評議会議長たる神楽耶の態度、黒の騎士団の在り方に、散々考えた末に、やはりゼロ・レクイエムの実行は無理があると、到底望むような世界を招くことは無理だと判断した結果だ。
 シャルルにかけられたギアスを自力で解除し、瞳を開いていたナナリーの身柄も抑え、彼女が発射スイッチを押していたダモクレスの鍵も取り上げた。その後、ルルーシュはシュナイゼルにフレイヤの自爆装置を解除させる一方で、空に向けて一発のフレイヤを放った。しかし、そこで世界に向けて放たれた言葉は、予定のものとは変わっていた。既に艦艇に回収されていたスザクの耳には入っていなかったし、ルルーシュの命令もあって誰も告げなかったのが。だからスザクは計画が変更されたことを未だに何一つ知らないままだ。
 ちなみに、ルルーシュが兵士たちにかけたギアスは既にジェレミアによって解除されている。それでも、兵士たちは自国の帝都を何のためらいもなく消滅させた元帝国宰相のシュナイゼルと、彼が皇帝として担ぎ出し、彼女が認めたことでペンドラゴンにフレイヤを投下され、中には家族、親族、友人や、誰よりも大切に思っている者を失った者も多くおり、皆、シュナイゼルやナナリーを許すことなく、自分の意思でルルーシュに従っている。例外は、時間稼ぎのためにフレイヤに特攻させることになっていた者たちだけだ。彼らのギアスも解くことを考えなかったわけではない。中には失った者のことで怒りを覚えている者もいたから。それに何より、彼らは軍人である。戦いの中、命を懸ける覚悟はもちろん持っているだろう。しかし、フレイヤを前に躊躇いを持つことのないようにと、心を鬼にして、ルルーシュは彼らについてのみ、ギアスを解除させなかった。その罪は自分が一生背負っていくと、そう覚悟を決めて。



 対ダモクレス戦であるフジ決戦が終了して2ヶ月程経った頃、帝都ペンドラゴンが消滅し、仮の帝都がまだ整備半ばである中、皇帝直轄領としたエリア11、その中のトウキョウ租界にあるメインストリートで、戦勝を祝ってのパレードが催された。そしてそれはまた同時に、戦犯となった者たちを処刑するためのものでもある。
 当初のゼロ・レクイエムの計画では、ゼロを引き継いだスザクがルルーシュを殺すことになっていた。
 そして相変わらず計画の変更を知らされていないスザクは、当初の計画通り、ゼロに扮してパレードの前に立ちふさがったのだが、戸惑った。通りの両端を埋め尽くす人々の声や反応にだ。
 フジ決戦でカレンの操る紅蓮に破れ、その後、その身を回収され、表向きには死んだとされて、再建なったトウキョウ租界の政庁の一室で、外部からの情報は何も与えられぬまま、ひたすら勉強させられていたため、フジ決戦の後、世界が実際にはどうなっているか、全く知らなかったのだ。あくまで計画のままに進んでいる、ルルーシュは“悪逆皇帝”と呼ばれ、表面的にはともかく、実際には忌み嫌われ、罵られているとばかり思い込んでいた。
 しかし沿道の民衆から聞こえてくるものは全く違った。陰口など一つも耳に入ってこない。皆、本心からルルーシュに対して敬愛を込め、賢弟と認めて声をかけているとしか受け取れない。さらには戦犯とされた者たちに対する一刻も早い刑罰を望むものばかりだ。そしてその民衆の中には、純ブリタニア人はもちろん、ナンバーズ制度が廃されたことで、イレブンではなく、まだ解放されていないので日本人とは呼ばれるようにはなっていないが、国籍的には同じブリタニア人という扱いになった元イレブン、元名誉ブリタニア人と思わしき人々も数多く見受けられる。
「陛下ーっ!!」
「ゼロ様、貴方を裏切った薄汚い連中なんか、さっさと処刑しちゃって下さい!!」
「オール・ハイル・ルルーシュ!!」
「帝都を消滅させて、俺の友人や親族や、大切な人たちを虐殺しておきながら、住民は避難させていただなんて、平然と嘘をついて、われわれ民衆から散々簒奪しつくして贅沢していた旧皇族や貴族なんか要りません!!」
「そうです! 私たちが従うのは陛下お一人です!」
「陛下を“悪逆皇帝”だなんて、勝手に決め付けて罵った無礼な超合衆国連合とやらの議長や議員たちも早く処分なさって下さい」
「この世界を平和に、完全にとはいかなくても、でも可能な限り、皆に平等であるように治めていけるのはゼロであった陛下お一人だけです! 私たちはどこまでも陛下に従います!!」
 堂々と、ルルーシュに対して“ゼロ”と呼びかけている者すらおり、しかも誰もそれに異をとなえることも、間違いだと正す者もいない。そう、まるで皆、ルルーシュが、ルルーシュこそがゼロ本人であったことを知っているかのように。そうして自分に声をかけてくる民衆に対して、ルルーシュはロイヤル・スマイルを浮かべ、手を振りながら応えている。
 一体どうなっているんだ……? 外からの情報から完全に閉め出されていたスザクの頭はそんな疑問で満たされていた。訳が分からないと。
 ルルーシュは、ジェレミアやロイドたちと協議の結果、スザクを外界の情報から完全に封じている間に、全てを全世界につまびらかにしていたのだ。ルルーシュがゼロであったこと、第2次トウキョウ決戦のでフレイヤ使用後に、黒の騎士団の旗艦たる斑鳩であったこと、そしてこれは既に当時公開され、一部で非難を浴びていたことであったが、改めてアッシュフォード学園で開かれた超合衆国連合の臨時最高評議会の様子を。
 そして人々は聞いていた。フジ決戦で、大量破壊兵器フレイヤを、誰もいない空中でたった一発爆発させた後にルルーシュが放った言葉を。
「このフレイヤは、人間(ひと)が持つべきものではない!  人間の手に余る、悪魔の兵器だ! 逃げることもできず、一瞬のうちにその有効射程範囲内にいる者を、彼らが何も分からぬうちに消し去る! この世に存在してはならないものだ! フレイヤを生み出した科学者はまだ若く、実際にここまでの被害になるなどということを理解していなかった。そんな兵器を創りだしたことは、確かに責められるべきことではあるが、その者はそれを反省し、今回は寝食を惜しんで対フレイヤのための、無効化するための武器を開発してくれた。そして今後は人々のためになるものを研究し、二度と兵器は創らないと、そう私に誓ってくれた。それで大切な人々を亡くした諸君の気持ちが治まるとは思わないが、それでも、その者にやり直す機会を与えてやってほしい。何より、その者がいなければこの決戦で私たちは敗れ去り、ブリタニア皇帝を僭称する、フレイヤの被害にあったエリア、トウキョウ租界を見捨てた総督という地位にあるナナリーが、元帝国宰相シュナイゼルの傀儡として真に皇帝となり、シュナイゼルによってこの世界は力で押さえつけられるものと化していたのだから。悪いのは、フレイヤを生み出した者よりも、それを造らせ、そして利用した者たちの方なのだ! 私はこれから、現時点で世界に存在する全てのフレイヤを搭載したこの天空要塞ダモクレスを太陽に向かわせる。時間はかかるだろうが、それが最も他への被害なく、処分できる方法であるだろうからだ。太陽に近づけば、その熱によって、中のフレイヤごと、ダモクレスは焼き尽くされ消滅するだろう。
 私はここに全ての人々に約束する。この世界に住む全ての人々に、平和と安寧、そして、各々の立場や能力から完全にとはいかないだろうが、それぞれの能力にみあった平等な世界を創りあげていくことを。だから、今暫くの間、その準備の為の時間を私にいただきたい!」
 そしてルルーシュの言葉通り、ダモクレスは天高く上っていき、やがて人々の視界から消え去り、そして数日後、そのダモクレスの航跡を追っていた天文学者や科学者たちから、間違いなくダモクレスが太陽に向かう軌道をとっていることが公表されたのだ。
 今、ゼロとなったスザクが目にしているのはそれらの結果である。
 やがてパレードが行進を止めたことから、人々はその前に立つ全身黒尽くめの一人の人物の存在に気付いた。
「ゼロっ!?」
「だって、ゼロはルルーシュ陛下ご自身のはずでしょう!? 公表された斑鳩での映像がそれを証明していたわ!」
「まさかと思うが、あのゼロ、陛下のお命を狙ってるのか!?」
 ── ルルーシュ、君はまた……!!
 己のみの偏った考えに固執しているスザクは、人々は皆、ルルーシュのギアスに操られているのだと、ルルーシュはまた自分に嘘をつき、人々を騙しているのだと思い込み、剣を抜いてルルーシュの元へと駆け出した。
「陛下をお守りして── っ!!」
 沿道から次々と同様の叫びが上がる。
「偽者のゼロを捕まえろ!!」「奴らと一緒に処刑しろっ」とも。
 銃弾をかわしつつ、それでもさすがに本気でゼロ、否、スザクを狙うKMFの全ての銃口から逃れることは叶わず、少なくない負傷を負いはしたが、それでもゼロに扮したスザクはジェレミアの元まで辿りついた。
「ジェレミア卿、これは一体どういうことです!? ゼロ・レクイエムは……!?」
「ゼロ・レクイエムはとうに破棄された。ナナリー殿との会話で、無理だと陛下は判断された。卿に黙っていたのは、途中で離脱されてはフジ決戦での対フレイヤ作戦に支障が出ると判断されたため、そして今まで隠していたのも、計画の中止を知った卿が何をするか判断しかねたからだ。だから陛下は卿に対しては全てを隠し通し、このパレードでの民衆の反応を見ての卿の行動で結論を出すと仰られた。そして私たちも同様に考えた。それが今の状態だ。そして卿は、やはり陛下が懸念していた通りの行動しかとらない。そのような者、非常なようだが、これからの世界には無用! 討ち取らせていただく!!」
「皆、ルルーシュのギアスに騙されて操られているんだ! それがわからないんですか、ジェレミア郷!!」
「私にギアス・キャンセラーがあることを忘れたか!?」
 ジェレミアのその言葉にスザクは息を呑む。
「そこまで卿が愚かだったとはな。所詮、卿は裏切り者の“白き死神”でしかなかったということだ!!」
 互いに剣を交えながらそう言葉を交わしていた二人だったが、ジェレミアの言葉から生まれたスザクの隙をついて、ジェレミアはゼロに扮したままのスザクを打ち捉え、その仮面を無理やり剥ぎ取った。枢木スザクの顔が公になる。
 明らかにされたゼロの正体に驚いた者もいたが、納得した者もいた。
 民衆はスザクについてもあらかたのことを知らされている。
 ルール、ルールと叫びながら、何よりも自らそのルールを破っているのに、その自覚がない男。
 特派の主任が適合率から決めたとはいえ、本来、名誉が騎乗することなど許されないKMFに騎乗していたこと。その特派のTOP── 出資者── はシュナイゼルであり、必然的にシュナイゼルの部下になるにも関わらず、平然と別の皇族の騎士となったこと。そしてその皇族の命令で、特例的に彼だけが、騎士という立場にありながら、守るべき主の傍を離れて学校に通っていたこと。シュナイゼルの組織である特派にも在籍し続けていたこと。つまりは一人の皇族の選任騎士でありながら、同時にもう一人の別の皇族に仕えるという、騎士としてはありえぬ行動をとっていたこと。何よりも、元イレブンからすれば、自分たちにとって救世主ともいえる存在であったゼロを、ブリタニア皇帝、しかも後に知れたことだが、ゼロたるルルーシュ自身が誰よりも憎んでやまない父帝に売って己の出世を買い、ここでもまた主を乗り換えるという、ブリタニアの騎士としては決してありえぬことを繰り返したこと。さらには詳細な理由までは明らかにされてはいないが、シャルルによってゼロとしての記憶を奪われたゼロであったルルーシュを、アッシュフォード学園に戻し、24時間の監視体制下におき、幾度も罠にはめようとしていたこと。その際、記憶を奪ったのはルルーシュだけではなく、アッシュフォード学園の関係者たちの記憶も歪めながら、何くわぬ顔をして平然と通学していたこと。その時にはラウンズであり、しかも今や史上最悪の虐殺皇女となった元エリア11総督の補佐という立場にありながら。
 それらを知らされた今、誰の目から見ても、枢木スザクという男は、(なか)から国── ブリタニア── を変えると口にしてはいたが、結局は裏切り者であり、己の立身出世しか考えていない、身の程をわきまえない、そして何よりも、ブリタニアのことはもちろん、騎士たる者のことを何も知らない、見かけだけの男、そう判断されている。
 捕らわれたスザクはもちろん抵抗したが、いくら人外とも言われることもあった体力と運動神経を持っているとはいえ、既に、改造されて半機械人間と化しているジェレミアとの戦いでかなりの体力を失っており、一人二人ならどうとでもなっただろうが、何人もの者の手にかかり、磔の列の最後に鎖で何重にも縛り付けられた。
 パレードは再び進み始め、やがて処刑の行われる場所として指定された広場に到着した。
 玉座から降りるルルーシュを、シュナイゼルの言葉に簡単に騙され、親身になってブリタニアに戻るまでの7年もの間、たった一人で自分を慈しみ守ってくれた実兄を信じることをしなかったナナリーは、今もシュナイゼルの言葉を信じたまま、他の誰の言葉も信じようとせず、ただただルルーシュを、その見えるようになった瞳で睨み付けた。
 ルルーシュはそんなナナリーの様子にはわき目も振らず、最早何も言うことはないというように通り過ぎ、かつては己がゼロとして率いていた黒の騎士団の幹部たちの前も通り過ぎ、超合衆国連合を構成する国々の代表の前まで歩を進めた。そして一番最初に足を止めたのは、評議会議長である神楽耶の前だ。
「……あなたには失望しました。もう少し、人を、状況を見る目をお持ちだと思っていたので。あなたにとっては、私は今でも“悪逆皇帝”なのでしょうね。あなたが最初にそう私に対して口にしたのだから」
 ルルーシュのその言葉に、神楽耶は唇をかみ締めて俯いてしまった。それ以外の代表たちに対しては、そこまでの必要はない、アッシュフォードでのことと考え合わせて最終結論を出すと、この場は磔から降ろして護送車に移した。その中には中華の天子の姿もあった。その天子の姿を、黒の騎士団総司令たる星刻が切なそうに見送るのを、ルルーシュは目の端で確認した。これで天子の命は助かるかもしれない、とでも思っているのかもしれない。最後は、ゼロの衣装を纏ったままの、ルルーシュを憎々しげに見つめてくるスザクだ。
「……私にとって、おまえが親友といえる立場だったのは、あの子供の頃の短い夏の間だけだったのだと、今になって思うよ。今更だがな。おまえがアッシュフォードに皇族の命令で編入してきた時、友人だ、などと言って受け入れるのではなかった。それを後悔しているよ。おまえはルールを守る、それを信条としていたようだが、その結果、おまえは死にたがりでありながら、そのおまえが生み出したのは、私が出した以上の屍だ。いや、フレイヤのために屍すら残らなかった者の方が多いか。つまりは、おまえこそが無意識なのだろうが、守っていると思っているルールを破り続け、騎士というものを知らず、私以外の者に対しても、裏切り、欺き続けた。そう、特におまえを受け入れていたアッシュフォードの生徒会メンバーを。ユーフェミアではなく、彼らがいたからこその学園生活であったのにな」
「それを言うなら、貴様がゼロになってテロリストとして多くの犠牲者を出したからだろう!! 自分のことを棚にあげて……!」
「……」ルルーシュはスザクから返された言葉に深い呆れたような吐息を吐き出した。「だからおまえは何もわかっていないと言うんだ。第一、事の発端はCの世界で見たはずだ、全てはシャルルたちの下らぬ世迷いごとから始まっていたことを」
 そう告げた後、スザクが口を開いて何かを言おうとしたのを無視して躰を返し、脇に控えているジェレミアに「後は任せる」とだけ告げ、玉座に戻っていった。
「イエス、ユア・マジェスティ」と礼をとったジェレミアは、兵士たちに命じて、磔に残された者たちに対して正面に並ぶように命じた。そしてルルーシュが玉座に腰を降ろしてこちら側を向いたのを確認すると、腕を挙げ、「撃て!」の言葉と同時にその腕を振り下ろした。
 ── さよならだ、ナナリー、スザク。ナナリー、おまえはトウキョウ租界にフレイヤが投下された時に死んだのだ。いや、関係性から言えば、あの太平洋での作戦の際、兄たる私に気付くことなく、スザクの手を取った時かもしれない。目が見えないなら、外見に惑わされることなく、私のことが分かったはず。だがおまえは気付かなかった。つまり、おまえにとって私は、おまえの世話をする、ただそれだけの存在でしかなかったのだろうな。そしてスザク、おまえはあのブリタニアとの敗戦後、別れた時に失われていたのだ。共に過ごした日々の思い出に縋り続け、引きずり続けてしまった。そのために出さずに済んだはずの被害をどれほど増やしてしまったことか。
 ジェレミアは全ての者の命が絶えたと確認した医師の報告を受けた後、ルルーシュにその旨を告げ、それを受けたルルーシュは、後始末を部下に任せるようにジェレミアに告げると、現在、仮の皇宮としている政庁へと戻っていった。「オール・ハイル・ルルーシュ」と、ルルーシュを称える多くの声と、彼らにとって憎むべき罪人たちが処刑されたことへの拍手を背に。

── The End




【INDEX】