昔 語 り




 昔々、山間に小さな、けれど実り豊かで平和な国がありました。
 大陸の全てを支配していた古代帝国が滅びて沢山の国に分裂してから、ずっと戦乱の時代が続いていましたが、その国は、他の国がわざわざ遠征してまで侵略しようと考えたりすることがなかったくらい、本当に小さな国でした。
 そのおかげでしょうか、周りの国々が戦いに明け暮れているというのに、その国だけは戦いとは無縁と言ってもいい状態が続いていたのです。
 けれど、長い戦乱の年月の中で、他の国々はどんどん疲弊していきました。
 そうなってくると、小さくても豊かなその国も、戦いと無縁ではいられなくなってきました。
 さて、その国は長いこと戦いとは無縁であったわけですが、だからといって、決して弱いということではありませんでした。
 直接戦いを経験してきていたわけではありませんし、もともとが小さな国ですから、強いとは決して言えませんが、武術そのものは盛んだったのです。
 ですから、他の国がその国に戦いを仕掛けてくるようになっても、なんとかそれを打ち払い、独立を守っておりました。
 ところで、長く続いた戦乱の時代にもようやく終わりが見えてきた頃、その国には一人のお姫さまがおりました。
 とても美しく、そして優しいお姫さまでしたので、お姫さまに想いを寄せる若者は沢山おりました。
 そのお姫さまですが、父である王さまも知りませんでしたが、密かに想う相手がおりました。
 それは、以前に催された御前試合で優勝した、その国で一番強いと言われる戦士でした。
 二人は身分も違いますから、その御前試合の時を除けば、間近で逢うことも、ましてや言葉を交わすことなどもありませんでした。
 ただ、何かの折りにその戦士を見かけると、お姫さまはその姿をずっと瞳で追っていました。
 戦士ですが、彼もまた、他の多くの若者たちと同様に、お姫さまを想っていました。
 二人とも相手の気持ちを知ることはありませんでしたが、互いに想い合っていたのです。
 そんな二人の想いとは関係なく、国は否応なしに戦いの渦の中に巻き込まれていきました。
 王さまは、できれば戦わずに済ませたいと考えていましたが、それは現実には叶いませんでした。ただ、可能な限り、戦いを国境付近で抑えて、国の内部に戦火を入れないようにするのが精一杯でした。
 しかしそれも限度がありました。
 他の国に比べて小国であることは、変えようのない事実だったのです。
 ましてや、相手は、今や大陸の殆どを征服し呑み込んでしまった大国だったのです。彼等は、大陸の全てを統一しようと意気込んで、襲ってきたのです。
 そしてついに、戦火は平和だった国を覆い尽くしてしまいました。
 王さまは、父親として娘であるお姫さまだけはなんとかして助けたいと、何人かの戦士と侍女をお供につけて、燃え上がるお城から脱出させました。
 その戦士たちの中に、お姫さまの想う相手がおりました。
 敵の目をかいくぐり、炎を避け、お姫さまたちはなんとか無事にお城から離れることができました。
 どうにか一息ついて目にしたのは、焼け落ちるお城の姿でした。
 しばらく経って、やがて炎が消えたころ、戦士はお姫さまに言いました。
「王と城の様子を見てきます。それから、敵の動きも」
 敵の動きを知ることは、これからどうするかを決めるためにも必要なことです。それにやはり王さまのことも気になってしかたがありません。
 けれど、それはとても危険な行為です。
 お姫さまは戦士を行かせたくはありませんでしたが、『行かないでほしい』とは言えませんでした。そのかわりに
「必ず戻ってきてくれますね」
 と、そう問い掛けるように言いました。
 戦士は「きっと」と一言返しました。
「ならば、待っています。あなたが戻ってくるまで、ここで待っています。だから・・・・・・
 戦士はともにお城を脱出してきた中から二人をお姫さまの護衛に残し、他の仲間と焼け落ちたお城に戻っていきました。


◇  ◇  ◇



「それから? それからお姫さまはどうなったの?」
「戦士は? 彼はお姫さまのもとに戻れたの?」
 子供達が、昔話を語る少女にその先を促した。
「焼け落ちた城からお姫さまが落ち延びたことを知った敵は、お姫さまを探したの。そして様子を見に行った戦士が戻ってくる前にお姫さまは見つかってしまって、追い詰められてしまった。
 そうして、お姫さまは敵に捕まることを拒んで、側にあった大きな滝に身を投げてしまったの」
「お姫さま、死んじゃったの?」
「じゃあ、戦士とはもう会えなかったの? 待ってるって自分で言ったのに」
 子供達が涙ぐみながら少女に問い掛ける。
・・・・・・そう、死んでしまったの。でもね、お姫さまは今も、戦士が自分のもとに戻ってくるのを待っているのよ。だって、必ず戻るって約束したんだもの。だから、身体は滅んでしまったけれど、お姫さまの心はずっとその地に留まって、戦士が戻ってくるのを待っているの」
「今も?」
 その問いに、少女は微笑みを浮かべながら軽く頷いた。
「ええそう、今もね」





 そうして今もなお、彼女は恋しい男が約束通りに自分のもとへ戻ってくるのを、待ち続けている──。


── 了



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