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午後に入っていた講義が休講となったために、快斗は予定よりも早く帰宅した。
自宅に戻って自室に入ってみれば、昼前に届いたのだろう、毎年恒例の花屋からの箱が机の上に置いてあった。
中を開けると、そこに入っていたのは、今年は白薔薇だけだった昨年と違って、かつてのとおりの真紅の薔薇だけだった。そして一緒に入っていたカード。
[To. Kaito Kuroba
Happy Birthday
そろそろ君の恋人を紹介してほしいものだね
いつものところで pm6:30
Fm. Y.K.]
そのカードを読んで、“恋人”の二文字に快斗は思わず顔を真っ赤に染めた。
「こ、恋人、って……」
その２文字に快斗の脳裏に思い浮かんだのは、白馬である。
「……白馬、になるのか、やっぱり……？」
快斗は白馬とは高校時代から、躰もこみでお付き合い継続中である。怪盗KIDとしてあった頃、特に対組織戦においては、恋人というよりも最大の協力者という意識の方が強かったが、組織関係のことも終わり、それ以後は、同性同士ということから大っぴらにはできないでいるものの、それなりのお付き合いを続けている。
ふと、優作は白馬のことを承知しているのだろうかと、快斗の頭を掠めた。
優作のことだ、何を知っていても不思議はないと思うのは穿ち過ぎだろうかと考えながらも否定できない。
とりあえず、快斗は携帯を手にした。
今年は20歳の誕生日ということで、白馬からどんなに遅くなっても構わないから自分のための時間を少しでもいいから取って欲しいと言われていたのだ。ならば白馬に対しての誠意からも、白馬を呼ばないわけにはいかないだろうと思う。
約束の６時半より少し前、毎年恒例となっている店の前で、快斗は白馬と待ち合わせをしていた。
携帯で連絡を取った時、快斗は白馬に対しては、「おまえに紹介したい人がいるんだ」としか伝えなかった。
しかし白馬は、本人自身の言葉で、彼が毎年の誕生日を作家の工藤優作と食事をして過ごしているのを知っていることから、快斗が白馬に紹介したい人といった相手が工藤優作であるというのは既に織り込みずみのことではあった。ただ、快斗が急に紹介を、と言い出した理由が分からずに首を捻っていたりするが。まさかそれが、優作からの「恋人を紹介してほしい」とのメッセージにあったなどとは思いもしていない。そもそもそんなメッセージの存在自体を知らないのだから極当然のことではあるが。
余裕をもって店の前についていた白馬と違って、時間ぴったりに現れた快斗は、「早かったな」とだけ言って先に店の中に足を踏み入れた。白馬は慌ててその後を追う。
年に一度だけとはいえ、毎年のことで快斗のことをしっかり承知している店の受付の男性は、快斗の後ろに立つ白馬を見て微笑した。
「工藤さまは先刻お見えになっておられました。今年からはお一人さま増える予定だと伺っていたのですが、確かにそのとおりですね。今回は個室をとのことでしたので、お部屋までご案内いたします」
今年からってことは来年以降もってことかよ、と快斗は心の中で呟いた。快斗のそんな心の呟きを知らない白馬は、事態の推移に相変わらず首を捻っている。
案内された店の奥の個室の一室の中央の丸いテーブルに、先にきていた優作が着いていた。
テーブルには三名分の仕度が整えられている。
「紹介してくれる気になってくれて嬉しいよ、快斗君」
快斗の後ろに立つ白馬の姿を見て、優作は言葉どおり嬉しそうに微笑んだ。
「高校時代のクラスメイトで、白馬探。白馬、知ってるよな、作家の工藤優作先生。俺の父親の友人だったんだ」
快斗は簡単に、簡単すぎる程に優作に白馬を、白馬に優作を紹介した。
「白馬探です、はじめまして、工藤先生。お目に掛かれて光栄です」
「先生はいらないよ、白馬君。快斗君はさっき快斗君自身が言ったように、彼の父親と友人同士でね、言ってみれば快斗君は私にとって息子のような存在だ。今日は急な呼び出しにもかかわらずにこうして来てくれて良かったよ。用意が無駄にならずに済んだ。
いつまで立っていてもなんだ、二人とも座るといい」
「失礼します」
快斗が黙って椅子の一つに腰を降ろしたのとは対照的に、白馬は軽く礼をとりながら空いた残りの椅子に腰を降ろした。
すると程なく待っていたかのようにボーイが赤ワインのボトルを持って部屋に入ってきた。
「勝手にして済まないとも思ったが、私の趣味で選ばせてもらったよ」
優作がそう告げる中、ボーイは三人の前のワイングラスにワインを注いでいった。そのボーイがワインの残ったボトルをテーブルに置いて立ち去った後、優作はグラスを上げた。
「快斗君、20歳の誕生日おめでとう。今年もこうして祝うことができて嬉しいよ。今年は有紀子も来たがっていたんだがね、我儘をとおさせてもらったよ」
二人も優作と同じようにグラスを上げ、優作の言葉が終わるとグラスを合わせた。チン、と軽い音が木霊した。
「白馬君は、確か白馬警視総監のご子息だったね」
「はい。父をご存じなんですか？」
「直接には知らないが、話は聞いている。
君のことは、快斗君や君が思っているより知っているつもりだよ」
言いながら、優作は軽くウインクをした。
その様に、快斗は「やっぱり」と心の中で呟く。
「例の組織相手では、君は快斗君の重要な協力者だったそうだね」
「そんなことも知って……!?」
白馬が驚きの声を上げる。
「君の伝手を使って、快斗君はＩＣＰＯと連絡を取ったのだろう？」
「ええ、確かにそのとおりですが……」
白馬は頷きながらも先程から驚きの連続だ。この工藤優作という人物はどこまで知っているのだろうかとはじめて大きな疑問を持った。そしてなぜ自分を呼んだのかと。
「私もこれでそれなりに顔は広い方だからね、君がいなかったら私が快斗君とＩＣＰＯの渡りをつける心づもりでいたのだよ。でも君がいたからね。手を貸せなかったのはちょっとばかり残念だったが、君たちが互いに協力し合って組織を壊滅に追い込んだ手腕は見事だったよ」
「……全ては黒羽君の力です。僕はそんなに大したことはしていません」
白馬は溜息を吐くように告げた。
「そんなことはないだろう。快斗君が無事に帰還したのは、君という存在が、支えがあったからだと私は思っているのだがね」
先程から快斗は二人の会話には加わらず、黙々と食事を進めていたが、優作のその言葉に思わず食事の手を止め、口の中に入れていたものをぐっと飲み込んだ。
「く、工藤先生、一体どこまでご存じなんですか……？」
白馬はとうとう堪えきれずに聞きたいと思っていたことを口にした。
「君たちが良き協力者同士であり、恋人関係にある、ということまでかな？ 今日は快斗君に恋人を紹介して欲しいとメッセージを送ったんだよ。そしてやってきたのが君だ。つまり私の予想に違いはなかったわけだ」
ははは、と笑う優作に、白馬は呆気にとられ、ついで快斗の顔を見た。下を俯く快斗の顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「黒羽君……」
「な、何だよ？」
顔を背けたまま白馬に尋ね返す快斗に、白馬は嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「ありがとう、嬉しいよ」
優作が快斗を息子のように思っているということは、逆もまたあるということで、それはつまり、父親代わりの優作に自分を恋人として紹介するために今日呼び出したのだと知れて、白馬は純粋に嬉しかった。
そんな二人の様子を微笑みを浮かべながら見ていた優作はぼやくように呟いた。
「私の愚息は快斗君のように素直に誕生日を祝わせてくれなくてね。もちろん恋人の紹介など論外だ。
まあその分、快斗君が付き合ってくれているので、その点は嬉しい限りなんだが」
優作のその言葉に、白馬は大学で同期の工藤新一を思い浮かべた。
確かに新一は快斗のように素直に父親の誕生祝を受けるような性格はしていないように思える。
快斗は必要ならどんな嘘でもつくし、意地っ張りだが、根は素直だ。
「愚息の後始末の件でも、君たちには世話になったし、今日のことはその礼もあるんだよ」
「あの……」
「何かな、白馬君？」
「先ほどからのお言葉は、僕と黒羽君のことを認めていただけていると思ってよろしいんでしょうか？」
「ああ、そんなことか」優作は鷹揚に頷いた。「確かに同性同士ということで世間の目は厳しいだろうが、お互いに真剣に想いを交わしているなら、私はそれに対してどうこう言うつもりはないよ」
「ありがとうございます」
快斗の父親同然の存在である優作に認められたと知れて、快斗が自分を恋人として連れてきたのだと知った時と同様に、白馬は嬉しそうな笑顔を満面に浮かべて優作に礼を述べた。
「礼を言われるようなことではないよ。私は快斗君には、亡くなった盗一、快斗君の父親だがね、彼の分まで幸せに生きて欲しいと思っている。ごく一般的な幸せを望むなら、快斗君にはそれなりの女性を妻に迎えて、と言うところだが、既に想いを交わし合った相手がいるのを無理に引き離そうとは思わない。君という存在が快斗君を不幸にするとなったら話は別だがね」
「そんなことはしません！ 色々と厳しいことはあるでしょうが、黒羽君のことは誠意をもって幸せにしてみせます」
断言するように告げる白馬に、優作は納得したといった面持で笑みを浮かべながら頷いた。
その後、相変わらず快斗は二人の会話には殆ど加わることなく、二人は組織戦のことや探偵としてのことなど、新一のことも交えたりなどして会話を進めていた。
「新一も君のようにもう少し柔軟性を持ってくれればいいんだがね」
「今の僕があるのは、黒羽君のおかげです。今の自分を創ってくれた黒羽君には愛しいという感情と共に、とても感謝しています」
「こっ恥ずかしい奴」
白馬の言葉に快斗がぼそっと呟いた。
「本当のことを言ったまでだよ」
そんな二人の様子を、優作は微笑ましそうに見つめていた。
── Fine
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