Célébration




「ただいまー」
 快斗が大学の講義を終えて帰宅すると、奥のキッチンから母の声が届いた。
「快斗、帰ったの? 例年の定期便、今年も届いてたから、快斗の部屋に置いといたわよ」
「分かった」
 そう答えながら、優作さんも毎年毎年律儀だな、と思う。
 快斗が自分の部屋に入ると、机の上に例年と同じ箱が置いてあった。
 最初の年から16歳の時までは、全てが深紅の薔薇だった。それが17歳の時に変わった。16本の深紅の薔薇と1本の白薔薇。18歳になった去年は、16本の深紅のバラと2本の白薔薇。さて、今年はどうなっているのやら、と思いながら、快斗は箱を開けた。そこにあったのは19本の白薔薇だけの花束とメッセージカードだった。
 カードには
    [To. Kaito Kuroba
      Happy Birthday & Congratulations.
      いつものところで pm6:30
                      Fm. Y.K.]
 とあった。
 一瞬、白に埋め尽くされた箱に驚きながらも、次にはふっと微笑(わら)っていた。
「さしずめ、満願成就おめでとう、ってところかな?」



 例年どおりいつもの店に行くと、優作は既に奥の席に着いていた。
「お久し振りです。遅くなりまして」
「久し振りだね。私の方が早くつき過ぎてしまっただけだから気にしないでくれたまえ」
 言いながら、優作は快斗に席を勧め、快斗も躊躇いなく椅子に腰を降ろした。
「オーダーはもう済ませてもらったよ」
「はい」
 快斗が頷くと、そこへ待っていたというようにボーイが1本の瓶を持ってやってきた。
「本当ならあともう1年待たなければいけないのだろうけど、今年は特別だ。軽いものだし、一杯くらいならいいだろうと思ってね、シャンパンを用意させたんだ」
 優作がそう告げている間に、ボーイが二人の前のシャンパングラスにシャンパンを注いでいく。
 ボーイが礼をして立ち去るのを待って、優作はグラスを取りあげた。それに倣って快斗もグラスを取りあげる。
「誕生日おめでとう。そして何よりも、だいぶ遅くなってしまったが、目標を達成したことにお祝いを言わせてもらうよ」
「ありがとうございます、優作さん」
 優作がオーダー済みだといった料理が運ばれてくる中、優作は2杯目からはワインを、快斗はさすがにオレンジジュースにした。
「負傷をしたと聞いたが、もういいのかな?」
「ええ、お陰さまで。出血量が多かったのでちょっと大げさになりましたけど」
「本当にそれだけかな?」
「相手が狙いもきちんとあわさずに撃ってきてたので、致命傷といえるほどのものは殆ど無かったんですよ、これはホントです。まあ、確かに結構弾くらったし、危ないの箇所の近くに当たったものもあったんで、もうちょっと手当てが遅かったら、っていうか、紅子がいなかったらあの世行きだったかもしれませんけど」
「紅子さん、というのは、以前君が言っていた“魔女”のことかい?」
「ええ。話だけでは信じられないと思いますけど、本物ですよ。だからアレの始末も頼んだし」
 食事をしながら、何でもない世間話をしているような感じで会話を進めていく。
「それはそうと、君には愚息が随分と世話になったね」
「世話って、去年、高認を受けただけじゃないですか」
「それだけじゃないだろう。解毒剤のことや、組織のことや」
「それは、優作さんには申し訳ありませんけど、息子さんのためじゃなくて志保さんのためにやったことですから」
「それは哀君、じゃなかった、今はもう志保君だったね、彼女から聞いて知っているよ。だが、たとえ彼女のためだったとしても、君が動いてくれたおかげで新一は元の姿に戻れたし、組織も無事壊滅したのは事実だ。父親として礼を言わせてくれたまえ」
「そんな大層なことをした覚えはないんですけどね」
 快斗は照れたように手で頭を掻いた。
「しかし君の見事な手並みに比べて、仮にも探偵を名乗っている息子が、今回は歯痒かったね」
「俺と息子さんでは取り組み方が違いましたから。それにNo.2に逃げられたのは、計画が立てられてから実行に移されるのに時間がかかり過ぎて、勘ぐられかけたからだし」
「それも新一の不徳だよ。自分の事件だと、新一が自分が関わることに拘ったりしなければ、もっと早く、君たちの手を煩わせることなく解決できたことだ」
「ああ、でもそれは何となく分かりますよ。俺にもその意識が無かったと言ったら嘘になると思います」
 快斗にとっては、自分の事件ではなかったが、父の仇ではあったのだ。自分でケリを付けたいという意識は確かにあったし、そして実際にそれを実行したのだから。
「それにしても、新一も探偵を名乗るならもう少し、自分の行動を考えるということをしてもらいたいものだ。もっとも君を見習え、と言うのは無理な話だがね」
「止めて下さいよ、そんな煽てるような言い方。ホントにそんな大層なことをしたつもりはないんですから」
「どこからそんな言葉が出てくるかね。あれだけの組織を一人で壊滅に追い込んでおきながら」
「一人じゃありませんよ。俺には紅子や白馬がいたし、白馬の伝手でICPOにコネ作ったし。それに一番最初に優作さんに情報貰えて随分助かったんですよ。決して一人でできたことじゃありません」
「そこが新一と君の違いかな。あれは、何でもまずは自分一人でやりたがる。小さくなって少しは変わったようだがね。といっても、どちらかといえば協力を仰ぐというよりは、利用する、という形だが」
「それは、否定できないかもしれませんね」
 そう言って快斗は苦笑した。
「彼が目指しているのは、シャーロック・ホームズのような探偵、でしょう? なら、日本を出てアメリカに移住することを勧めますね。日本では彼の望むような探偵のあり方は認められていませんから」
「ああ、以前にも君から同じことを言われたと愚痴っていたよ。自分のやっていることは法律違反だと言われたとね。やはりアメリカに連れていった方がいいと思うかね」
「彼の望む探偵をやるのなら、その方がいいと思いますよ」
 それから大学生活のことなどを話したりして、気が付けば、食事を終えたのは9時に近かった。
「今夜はいつになく遅くなってしまって悪かったね」
「いいえ、そんなことありません」
 店を出て、二人並んで駅に向かう。知らぬ人が見れば、その姿は父親と息子と言っても十分通じるだろう。
「じゃあ、また来年」
「はい」
 そう言って、二人は駅で別のホームに別れた。
 その後で快斗は思った。
 何気に来年の約束をしたが、いい加減この年頃になれば彼女と誕生日を過ごす、とか優作さんは考えないのだろうかと。実際のところは、白馬には誕生日の過ごし方は伝えてあるので特に問題はないのだが。

── Fine




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