Une demande




 工藤優作から快斗に電話が入ったのは、GWを目前に控えた日だった。
「珍しいですね、こんな時期に」
『いや、君に頼みたいことができてね』
「依頼、ですか?」
『まあ、そんなところだね。早速で悪いが、明日の夜、時間は取れるかね?』
「明日ですか? 大丈夫ですよ」
『じゃあ、詳しいことは明日話そう。済まないね、急なことで』
「いいえ、構いませんよ。明日の夜、時間と場所はいつものところで?」
『ああ。予約を入れておく』
「わかりました。では明日」
 快斗は電話を切るとキッチンにいる母親に声を掛けた。
「母さん、明日の夕食、俺無しね。優作さんに呼ばれた」
「優作さんに? 珍しいわね、こんな時期に。快斗、何かしたの?」
「何で俺が何かした、ってなるのさ。まあ、だいたいの見当は付くけどね」
 会話をしながら、快斗はできあがった料理をダイニングテーブルに並べていった。



 翌日いったいつものレストランで、名を告げてボーイに案内されたのは、去年と同じ個室だった。
 優作は既に席に着いており、快斗を案内してきたボーイにそのまま注文を済ませた。
「急に呼び出したりして、悪かったね」
「いえ、それは構いませんけど。どうせ用事が入っていたわけでもありませんし。それで、今回はどんなご用件でしょう?」
「いや、それなんだがね……、快斗君、君、大検(大学入学資格検定)、じゃなくて今は、高認(高等学校卒業程度認定試験)か、受けてみる気はないかね?」
 優作にそう言われて、快斗は、やっぱり、と思った。
「うちの愚息の今の状態は、君も知っているだろう? 仮に元に戻れても、進級できるかどうか分からない。それなら高校を退学して高認を、といっても、間に合うかどうか分からない」
「それで、俺に息子さんになりすまして高認を、というわけですか」
「そういうことだ。話が早くて助かるよ。で、どうかね?」
「そうですね……」
 快斗は考え込む振りをしてみた。実は昨日のうちに大凡の予想は付いていたのだ。
 今、灰原哀こと宮野志保の研究は自分も手伝ってはいるがまだ時間がかかる。黒の組織の摘発は、工藤新一のことだ、FBIとの繋がりもできてるし、自分でやりたがるだろう。そうなれば必然的に時間が足りない。
「いいですよ。大学受験の予行演習とでも思えばいいし。必要な手続きとかは優作さんの方でやっていただけるんでしょう?」
 そう答えながら心の片隅で思う。果たして自分が大学受験を無事に受けられるかどうか、高校を卒業することができるのか、それも問題だと。
「もちろんだとも。いや、助かるよ、受けてもらえて。やはり父親としては、高校留年も大学浪人もさせたくなくてね。君なら髪形を少し変えるだけで、偶然にも息子によく似ているし」
「可もなく不可もなく、工藤新一君らしい点数を取って受かってみせましょう」
 そう言いあって、二人は悪戯っ子のようなよく似た笑みを浮かべた。



 工藤新一本人が、自分がいつの間にか高校を中退し、高認を受けて合格していたことを知ったのは、無事に元の躰を取り戻し、黒の組織をFBIと共に倒して大手を振って自宅へ戻ってからのことだった。

── Fine




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