Une rencontre




 その日は幼馴染である中森青子の主催で、快斗の誕生日パーティー── といっても、所詮は中学生、たいしたものではなかった── が開かれたため、いつもより遅めの帰宅となった。
「あら、意外と早かったのね。もう少し遅くなるかと思ってたわ」
 母親の千影がキッチンからそう声を掛けた。
「ああ、ただいま。夕食、俺の分、ある?」
「いつもより少なめだけど、用意してるわ。もう少しでできるから待ってなさい」
 そんな遣り取りをしているところに、インターフォンが鳴った。
「俺が出るよ」
 言いながら、インターフォンの受話器を取る。
「はい、黒羽ですが」
「駅前の『フラワー青山』です。ご注文の品をお届けにあがりました」
「花屋?」
 心当たりはないものの、小さなモニターに映る画面を確認して快斗は玄関を開けた。
「こちらがお品物になります。中にカードが入っていますので」
 快斗は受領書にサインをすると、品物を受け取った。
「母さんじゃないよな。一体誰だ?」
 そう口にしながら、箱の封を開ける。とりあえず、花屋が持ってきた以上、中身が花束であるのは間違いない。
 中から出てきたのは、真っ赤な薔薇の花束だった。そして花屋が言っていたように、白いメッセージカードが添えられている。
 薔薇は、13本、快斗の歳の数。
 カードには、
    [To. Kaito Kuroba
        Happy Birthday
               Fm. Y.K.]
 とあった。そしてさらに、
    [Les quatre saisons 6/22 pm7:00
            母君とご一緒に夕食を]
 と。Y.K.のイニシャルで自分にこんな物を送ってくる人物に心当たりのない快斗は、母親に聞くことにした。
「母さん、Y.K.って、誰が分かる?」
 快斗は花束を箱に入れて持ったまま、聞きながらダイニングキッチンへ入っていく。
「Y.K.?」
 丁度夕食を作り終えたところらしく、千影が食卓に食事を並べているところだった。
 千影は快斗からメッセージカードを受け取り、それを見ながら考え込んだ。
「私たち親子が帰国したことを知っていて、貴方の誕生日を知っていて、かつ、こんな気障な事をするKのつくイニシャルの人って言ったら……あの人くらいかしらねぇ」
 首を傾げながら答える。
「誰か、見当の付く人いるの?」
「お父さんの親友だった人でね、おまえも名前くらいは知ってるはずよ。工藤優作さん」
「工藤優作って、あの作家の!? 父さんの親友だったの!?」
「ええ、そうよ。お父さんの事故の後、私たち、アメリカに行ってしまったでしょう? 優作さんは奥さんとヨーロッパに行っている時で入れ違いになって、だからお父さんのお式の時にはこれなかったのよ。でも一応、快斗がまだ赤ちゃんだった頃に一度会ってるんだけど、流石に貴方でも記憶にはないわね」
「初耳だよ、そんなこと」
「Les quatre saisonsって、最近銀座にオープンしたフランス料理で有名なレストランよね。明日が楽しみだわぁ」
 まるで少女の頃に戻ったような母親の嬉しそうな様子に、快斗はなんとなく複雑な気分だった。



 翌日、快斗は学生は制服が正装、とばかりに学生服で、千影はめいっぱいお洒落して── 誰が主役だ、誰が── などと息子に思われながら、指定された店に赴いた。
 指定された時間より若干早めに着いたのだが、招待の主は既に奥のテーブルについていて、真っ直ぐにそこに案内された。
 写真で見たまんまだ── と、確かに間違いなくあの工藤優作なのだと、快斗は改めて思った。
 そのまま見ていると、相手が立ち上がった。
「君がまだ赤ん坊の頃に一度だけ会ってはいるんだがね、一応、はじめまして、と言っておこうか。工藤優作です」
「黒羽快斗です。この度はご招待をいただきまして、有難うございます」
「お久しぶりですね、優作さん」
「ええ。お二人ともお元気そうで何よりです。さ、席にお着きください」
 優作がさりげなく二人に着席を促し、自分も椅子に腰を降ろすと、店員にはじめてくれというように合図を送った。



 その翌年から、快斗の誕生日は、快斗と優作の年に一度の夕食の(とき)となった。

── Fine




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