Une suite 【4】




 アネットが帰国して数日後、白馬は快斗の家を訪れた。母親が丁度留守にしている時だったので、快斗は白馬をそのまま1階のリビングに通した。正直なところ、2階の自分の部屋に通すのは、階段の上り下りがまだ身体に負担が掛かるので避けたかったのだ。
「怪我の方はだいぶ落ち着いてきたみたいだね」
「ああ、まあな。まだまだ無理はできねぇけど」
「アネットから聞いたよ。君がICPOとした司法取引。君が申し出たのは君の身元を明かさないこと、それだけだったと」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
 いまさら何を言い出すんだ、と不思議そうな顔で快斗は白馬に尋ね返した。
「君自身がジャベールと直接対決して、場合によっては死ぬ覚悟もしていたんだと、司法取引の内容を知らされて、はじめて思い知った」
「……」
 快斗は白馬の言葉を否定も肯定もしなかった。
 実際、快斗はジャベールとの決着は自分でつけたいと思っていたし、その結果、ジャベールの手に掛かって死ぬ可能性も考えないではなかった。
「僕は、君は組織殲滅のための作戦を立て、指揮の一部を取るだけだとそう思い込んでいた。どんなイレギュラーが発生するかもしれないと不安はあったし、心配もした。君が渡仏する時に小泉さんが『無傷は無理でも』と言っていたけれど、君が死ぬかもしれないなどということは考えてもいなかった」
「白馬?」
 一体何が言いたいのだと、快斗は白馬の顔を覗き込んだ。
「君がそこまでの覚悟をしていたのを気付けなかった自分が、僕は恥ずかしい」
「それは……」
 むしろ当然のことだろう。快斗は、自分はあくまで後方に徹すると言っていて、ジャベールと直接対決する気だなどと一向に匂わせなかったのだから。同じ場所にいたアネットにさえ悟らせなかったのだ。
「君が何と言おうと、君の気持ちや性格を考えれば、推して察するべきだった」
「それは、俺がおまえに気付かれないようにしてたからだし、おまえがそんなに気にすることじゃない。むしろおまえを騙しとおせた自分を誉めてやりたいぜ。だっておまえ、気が付いてたら俺を一人で渡仏させたりしなかっただろ?」
「当然です!」
 何と言われようと自分も一緒に行ったと、白馬は快斗の目を真っ直ぐ見つめながら返した。
「けどそれじゃ俺が困るんだ。本部はもちろんだけど、親父を直接手に掛けた日本支部は絶対にきちんと潰したかった。だから俺はそれをおまえに託したんだ」
「え?」
 白馬は快斗の言葉に目を見開いた。
「だから、それだけおまえを信用して信頼してたってことだよ!」
 快斗は幾分顔を赤らめながら、その顔を白馬から反らして怒鳴るように言い切った。
「黒羽君……」
 快斗にとっては、本部の次に重要なのが日本支部だったのだ。けれど今回の殲滅戦ではフランスの本部と日本支部の両方を自分で片付けるのは無理だから、日本支部は白馬に託したのだと、それだけ信頼されていたのだと快斗に言われて、白馬は瞳を輝かせた。
 快斗の覚悟を見破れなかったのは、探偵としては名折れだ。けれどそれを推して余りある喜びがあった。
「僕は君のその信頼に十分に応えられたんでしょうか?」
 確認するように白馬は快斗に問い掛けた。
「真っ先に落ちたのが日本支部だった」
 顔を反らしたまま快斗は答えた。
「黒羽君、君の意図をきちんと読み取ることのできなかった自分を、僕は恥じます、すみませんでした。そしてそんな僕をそこまで信頼してくれたことに感謝します。ありがとうございます」
「そんな、改まって言う程のもんじゃないだろ」
「いいえ、そんなことはありません。そして君が大きな負傷を負ったとはいえ、それでもこうして今僕の前にいてくれる事を、神に感謝します」
「おまえ、それ大袈裟過ぎだから」
「僕は僕の思ったとおりのことを言っているだけです」
 溜息を吐くように零された快斗の言葉に、白馬は喜びだけを乗せて返した。

── Fine




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