快斗がICPOに持ちかけた司法取引の内容は、自分の、つまり怪盗KIDこと怪盗1412の身元を公表しないこと、それだけだった。捕まることは覚悟の上、計算のうちだった。
しかし結果として快斗の齎した情報と彼の立案した計画を元に、長年の間、ICPOはもちろんのこと、各国の警察を悩ませていた国際犯罪組織を一網打尽にすることができたということ、実際に国際指名手配した本人とは、全く関係のない他人ではないが別人であることと、何よりも快斗がKIDとなった理由からくる情実的配慮も為された結果、ICPOは身元不明のまま怪盗1412の死亡を確認したと公表するに留まり、身体的な負傷はともかく、快斗は無事に日本に帰国とあいなった。
快斗を出迎え、何よりもそれを喜んだのは、母親はもちろんのことであるが、当初は快斗を怪盗KIDとして追っていた、今は想いを交わしあった白馬であり、ICPOも知らぬ協力者だった“赤の魔女”たる小泉紅子は、当然のことと受け止めた。
幼馴染の中森青子とその父親である中森警部は、快斗の負傷は、渡仏先で事故に巻き込まれたものという嘘の説明をそのまま信じた。そのことに多少なりとも良心の呵責はあったが、快斗は「それでいいのよ」というフランスから監視人の名目でついてきたアネットの言葉に頷くに留めた。
快斗の大学入試は、アネットの申し入れの元、もちろん監督官は付いたが、前代未聞、保健室におけるたった一人での受験となった。
高校の卒業式では、まだ体調が完治してはいなかったため、江古田の生徒には甚だしく不満だったようだが、快斗のこれといったパフォーマンスの無いままに順調に行われた。実はそれについて教師の一部が物足りなさを感じていたのはまた別の話だったりする。
卒業式を無事に見届けて、アネットはフランスへ帰国することになった。
「前に話したアメリカの“黒の組織”の件は、何か分ったら連絡するわ。もしかしたらまた協力を求めることになるかもしれないけど」
「いえ、こちらこそお願いします。個人的にですが、全くの無関係、というわけでもないので」
「じゃあ、これで今回は帰るわね。探にも言っておいたけど、貴方は十分に療養しなさいね」
「分かってますよ」
快斗は苦笑しながら答えた。
「色々とお世話になりました。あちらに戻ったら、他の皆さんにもよろく伝えて下さい」
「ええ」
快斗の体調を慮って、成田での見送りではなく、駅での別れとなった。
そして4月── 。
T大では何かと色濃い面子が揃っていた。
まずは東の名探偵と評される工藤新一、対する西の探偵服部平次、倫敦帰りと称される白馬探といった、“元”高校生探偵たち。工藤の幼馴染であり、空手の都大会チャンピオンであり、また名探偵と呼ばれる“眠りの小五郎”こと毛利小五郎の娘の毛利蘭、その親友であり鈴木財閥の令嬢である鈴木園子、服部の幼馴染である遠山和葉。そして少しばかりその面子の中では影が薄いが中森警部の娘である中森青子とその友人である小泉紅子。
「なんや、勢揃いって感じやね」
「しかし遅いな、黒羽て奴」
「学生課に寄ってくるって言ってたから」
「顔色があまり良くなかったから、ちょっと心配ね」
「なんや、病弱な奴なんか?」
「いえ、前に事故に巻き込まれて、重傷を負ったんです。それがまだ治りきっていないので」
集まったメンバーがそんな会話をしているところに、一人の青年が右手を上げながら近付いてきた。
「よう、遅くなって悪かったな」
「快斗、悪かったな、じゃないよ。紅子ちゃんも白馬君も心配してたんだから」
よく見れば、工藤新一と面差がよく似ていることに他のメンバーは気を取られていた。
「悪ぃ悪ぃ。それにしてもよく集まったな、こんだけのメンバー。あ、俺、黒羽快斗ね、よろしく。そっちの俺に良く似てるのが工藤新一クン、だろ?」
「ああ」
「無事に合格したんだな。優作さんに頼まれた依頼受けただけのことはあってよかったよ」
「おまえ、父さんを知ってるのか? それに依頼って?」
新一が眉を顰めて快斗に問い掛ける。
「うん、俺の親父の知り合いで、何度か会ってる。去年、身代わり頼まれたんだよね」
“高認の”と小さく付け加えられたそれに、新一は快斗を指差して叫びたいのを我慢した。
「お、おま、おまえが……」
「新一、人を指差すのは良くないよ」
横から蘭が注意を入れる。
「それより、これからどうする? 人数ちょっと多いけどお茶してく? なんならどっかホテルのレストランでも予約入れるけど」
何でもないことのように園子が言葉を挟む。
それに、流石は鈴木財閥のご令嬢だわ、と青子は感心のようなものをしていた。
「あ、俺、悪ぃけどパス。今日はこれで帰るわ」
「え、なんで? せっかく凄い人たちと知り合いになれたのに」
「中森さん、彼のことは私が病院へ連れていくから」
紅子のその言葉に、口調はいつもとおり軽いものの、普段に比べれば明らかに顔色がよくないのに青子も気付いた。
「小泉さん、それなら僕が……」
白馬が言い掛けるのを紅子が制した。
「あなたは中森さんをお願い。その方が黒羽君も安心でしょう?」
「なら、せめて僕の車を使って下さい。ばあやに連絡を入れますから」
「そうさせてもらうわ。さ、行きましょう、黒羽君」
「じゃ、悪ぃけどまたな。白馬、サンキュ」
「無理はしないで下さいね」
「大丈夫かな、快斗」
連れだって歩いていく快斗と紅子の二人を心配そうに見送る青子に、白馬がフォローを入れる。
「今日は入学式で立ったり座ったりと重なりましたからね。おまけに、彼らしいといえば彼らしいことでしたが、少しばかり無茶なこともしてましたし。少し無理が出ただけでしょう。大したことはないと思いますよ」
「でも、ホンマに工藤君によう似てたなぁ、彼」
「それじゃ、残りの面子でどっか行きましょうか」
白馬が電話を入れている一方で、新一に似ていた快斗のことを話題にしながら、彼等はお茶でもすべく歩き出した。
こうして彼らの大学生活ははじまったのである。
ちなみにその日の夜、新一がロスにいる父親に電話を掛けたのは言うまでもない。
── Fine
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