Point de non-retour




「帰還不能点」という言葉がある。「引き返し限界点」とも言う。そこを踏み越えると戻れなくなり、取り返しのつかない結果に陥るという一線のことだ。
 快斗が、亡き父の後を継いで2代目の怪盗KIDとなったのは、その言葉に該当するかもしれない。
 最初は、好奇心、だった。
 17歳の誕生日に見つけた隠し部屋、そしてその中にあった、世間で復活したと話題になっていた怪盗KIDの衣装。時間が流れすぎて全てを再生することのできなかった父の遺言といってもいいだろう、快斗に対して残された言葉。
 本当に父は怪盗KIDだったのか、何故こんなものを遺して逝ったのか。そして聞き取りきることのできなかった言葉。それを知りたい、確かめたいと思った。それが全ての始まり。
 父の遺した怪盗KIDの衣装を身に纏い、復活した怪盗KIDの予告現場に走った。蘇った怪盗KIDの正体を確かめるため。それがあるいは父のことを知ることにつながるかもしれないとそう思ったからだ。
 そしてそこで知ったのは、復活した怪盗KIDが、かつて父の付き人だった寺井だったこと。そして快斗を父の盗一だと思った寺井の口から放たれた、「殺された」ということ。
 快斗にとってそれはとてつもない衝撃だった。
 マジシャンとして誰よりも尊敬していた父である黒羽盗一。その父こそが本当に怪盗KIDであり、その死はマジックショーの最中の事故死などではなく、殺されたのだということに。
 そしてそれを知ったことで、逆に謎が遺された。
 何故、父が怪盗KIDという泥棒になったのか。何故殺されたのか。何者が父を殺したのか。それを知りたいと思った。だから、快斗は正式に父の怪盗KIDを継ぐことを、2代目となることを決めた。
 それでも、最初の頃は甘かった。軽く考えていた。ある意味、好奇心も手伝って、楽しんでいた部分が全く、一つもなかったとはいわない。しかし、それはある事件── 宝石── を盗ったことをきっかけに変わった。
 KIDとして仕事を果たした快斗に対し、どこからともなく公衆電話を通じて連絡が入ったのだ。「宝石に手を出すな」と。しかも、その電話をかけてきた相手は、KIDとなっていた快斗を、死んだ父の盗一だと、彼が生きていて復活したのだと思ってかけてきていた。
 そしてその電話で告げられたことを無視して快斗は“ブルーバースデー”というビッグジュエルを盗んだ。もしかしたら、父を殺した者たちに近づくことが、真相を知ることが、少なくともその一端に触れることができるかもしれないと。
 そして予想通り、父を、先代のKIDを殺した連中が現れた、現在のKIDである快斗を、更には快斗が盗んだブルーバースデーを狙って。しかも、その者たちが父を殺した理由、宝石を狙う理由までもが分かったのだ。
 命の宝石(ほし)── パンドラ。それは、ビッグジュエルの中に眠っており、月に翳すことで、その中にあるインクルージョンであるパンドラの存在が分かること、そのパンドラの流す涙を飲むことで、不老不死を得られるのだということ。
 不老不死を得ることができる── そんな本当かどうか分からぬ下らぬ伝説のために父は殺されたのか。
 父を殺した者たちのことが分かったとはいえ、まだその一端に触れただけに過ぎない。しかしとっかかりはできた。あとは調査を進めるだけだ。快斗の持つあらゆる能力を駆使して。そして誓ったように、連中の望みを砕き、組織を潰す。父の仇を討つために。そのために、これからはなんとしても奴らよりも先にパンドラを手に入れるために動く。だからこれから先は、狙うのはパンドラ── 本当にそんなものがあるのかまだ大いに疑問ではあるが── を手にするために、盗む対象はパンドラを秘めているというビッグジュエルに絞ることにした。
 そうして、そう決めた時に、本当の意味で快斗は怪盗KIDとなった。真の怪盗KIDの復活だ。
 そしてそれが、本来の意味とは異なるかもしれないが、KIDたる快斗にとっての“帰還不能点”となった。

── Fine




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