Temps infini




 権力を志向する者が、更には独裁者たらんと熱望するほどの者が、その力を得た後に望む、ある究極の、と言っていいだろうものは、不老不死、だという話を聞いた覚えがある。勿論、全ての者がそうだとは言わないが。しかしそれは、かつての古代中国においてあった、道教から、だっただろうか、“仙人思想”、つまり、仙人となる、などというものとは違う。明らかな我欲だ。それ以外の何物でもない。
 以前に読んだ本── SF── の中にあった。二人── 地球人と異性人の女性── の科学者同士の会話として。



 ある、地球より遥かに発達した文明を築いた異性人が、その優れた遺伝子操作技術によって、その遠い祖先の時代から夢だった能力を獲得した。そしてその夢とは、遺伝子を操作して、肉体の老化、衰弱を永久に防止する技術の完成だったと。それはつまり、不老不死を実現したということであり、以来、長いことユートピアが完成したと考えられていたと。
 しかしその結果は全て予測しつくされてはいなかった。不老不死が達成されてから暫く、一切の進歩発展が止まってしまった。創造性が失われてしまったのだと。
 そのことを聞かされた地球人の科学者は「夢を描くことがなくなったのだね」と悲しげに答えていた。更には、それは「悲劇だ」と。曰く、「今当たり前と思っていることは全て、誰かが突拍子もない夢を描いたところからはじまっているのだから」と。
 異性人の女性化学者はそれに同意し、その後のことを話した。そしてそれを聞いた地球人の科学者は続けて言う。
「人はよく、やりたいことをやるには一生は短すぎると不満を言う。ところが、その制限がなかったら何もしやあしない。時間が限られているということは、何よりも強い動機になるのだよ。私もこれまで何度かこの問題を考えてみたことがあるがね、不老不死が実現したら、結局は退屈だけが残るだろうと思っていたよ」と──



 父を殺した組織が探しているビッグジュエル“パンドラ”。それは、正式にはビッグジュエルの中に内包されているものに与えられている名で、パンドラを秘めているビッグジュエル自体はまた別の名がついているだろう。名も無きものである場合もあるかもしれないが、単なる宝石ではなく、ビッグジュエルとしてあるものなら、それなりに名をつけられていると思っていいとは思う。ああ、これは余談だな。
 思うに、もしパンドラが本当に存在し、加えて伝えられている通りの力を持ち、人に不老不死を与えることができるものとして考えてみるに、パンドラがその力を、不老不死を与えることができるのはおそらく一人だけ、なのではないかと思う。そうなると、パンドラを狙っている組織は、必然的にその首魁だけが不老不死を得ることになるだろう。というより、奴は自分が不老不死となりたいがために組織を使って探していると言っていいのだろう。あるいは、もしかしたらパンドラを探すために組織を作ったのかもしれない。その場合、まだ組織の全容を掴んでいないために可能性としてだが、ずっとパンドラを探し続けて代替わりしている可能性も決してなくはない。パンドラの伝説を伝え続けられていた一族が、代々に渡って探し続け、その過程の中で組織を構成したということも考えられる。
 では奴は、パンドラを手に入れ、その涙を呑んで不老不死となった後のことを考えているのだろうか。
 自分一人が不老不死となり、周囲の人間は次々と死んでいく。それは、奴一人が置いていかれる、ということだ。見知った人間がいなくなっていき、ついには誰もいなくなる。組織が存在し続け、そしてその首魁であり続ければ手下は存在するだろうが、その手下たちが、不老不死の自分たちのボスに対して、畏怖を抱き、あるいは化け物扱いしだす可能性もあるとは思わないのだろうか。そんな状態の中、果たして精神的に正常なままでいつづけることが可能だろうか。普通の人間だったら、耐えられないのではないかと思うのだが。
 第一、犯罪組織である以上、組織の壊滅を願う警察などから常に追われ続ける状態にかわりはないはずで、いつか組織が摘発される可能性も十分にある。そのあたりを考えたことはあるのだろうか。組織が潰れれば、そして奴自身も捕縛されればどうなるか。仮に逮捕された場合、国によっては、処刑されることもあるだろう。処刑にはならずとも、終身刑に近い判決が出されるとみてまず間違いない。そんな中、不老不死だということが知られれば、何らかの人体実験をされることになる可能性も決して否定はできない。そのあたりを奴は考えているのだろうか。それとも、絶対に捕まらないと、組織はいつまでも存在し続け、決して潰されることなどないとでも思っているのだろうか。
 だが、全てのものには寿命がある。そう、惑星や恒星にすら、寿命はあるのだ。そんな中でたった一人、他の全ての人間が死に絶えた後も、精神的に正常なままであったとしても、パンドラの力で不老不死を得て、死にたいと願っても死ぬこともできない、そんな状態に耐えられると思っているのだろうか。いや、そんなことまではきっと考えてはいないに違いない。ただ権力を得た人間の行き着く(さが)として、不老不死を得ようとしているだけなのかもしれない。その可能性の方が高いのではないかと思う。
 小説の中に描かれたように、一種族全てが不老不死になったなら、周囲の状況は変わらないのだから、科学者の台詞として書かれていたように、退屈だけが残り、全てが停滞し、発展はなくなる。それだけで済むだろう。しかしこの地球上でたった一人の不老不死者となったなら、いつか訪れるのは狂気なのではないかと思えてならない。犯罪組織の首魁ということを考えれば、己の欲望を満たすために、利益を得るためにあるのだろうから、悟りを得る、などということは有り得ないだろう。
 それらを考えると、組織は潰して、首魁ただ一人を、パンドラの力を与えて不老不死とするもの一つの復讐になるのではないかという気もしてくる。そう、無限の時間の中に、たった一人置き去りにするというのも、一つの手なのではないか。ただその場合、俺が死んだ後の奴のことを知ることができないのが最大の難点ではあるが。
 だが、そのために殺された父のこと、殺した組織のことも何も考えず、ただ単純に一人の人間としての意見を言わせてもらうなら、人間に、無限の時間などというものは不要だ。人間とは、限られた命だからこそ、夢を見、願いを叶えようと努力する生き物だと思う。そしてそれが歴史を作り、発展を促してきたのだと。だから、パンドラが与えるという不老不死は、ただのくだらない伝説であればいいと、そう思う。

── Fine




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