怪盗KIDとしての俺に「ゴッホの向日葵、2枚目と5枚目二枚を盗んでほしいとの依頼が入ったのは、今回のオークションが行われるだいぶ前のことだった。
その依頼を受けて、俺は調べはじめた、作者であるフィンセント・ファン・ゴッホと、その二枚の向日葵について。
KIDとしての俺が盗むのは、宝石。それもビッグジュエルと呼ばれるほどのものばかりで、それ以外を盗んでいたこともあったが、それは父さんからKIDを引継ぎ、活動をはじめたばかりの一時期、父さんの死の真実を知るまでのことだ。その真実を知ってからは、父さんが殺されるきっかけとなった“パンドラ”である可能性を持つと思われる宝石のみ。後は、例外的に、たまたま知った、盗まれた物を本来の所有者に返すために行うことがあるくらいだ。だが、その場合は宝石の時のように予告状は出さず、秘密裏に行っている。そして盗まれた側は、それがもともと盗品であることや非合法的な手段で手にいれた物であることから、警察に被害届を出すことはない。そんな中で唯一、予告状を出した例外は、鈴木財閥で発見された、インペリアル・イースター・エッグたるメモリーズ・エッグの時のみ。相手が鈴木財閥となれば、そして獲物がイースター・エッグとなれば、KIDとして予告状を出してもおかしくないし、実際に盗みを行うにも、却ってその方がやりやすかろうと判断したためだ。もっとも、そのためにかなり大掛かりな手を使うことになり、そのおかげで結構な出費となってしまったのは、正直、少しばかり懐に痛手だったが。それでも最終的には本来の目的を果たすことができたのだから、俺としては御の字だった。
そして今回の向日葵。調べている最中に寺井ちゃんから頼まれた。2枚目の、今回オークションに掛けられる向日葵を守ってほしい、見せたい人がいるのだと。寺井ちゃんが俺にそんな頼みごとをしてくるのは珍しい。いや、はじめてではないだろうか。だから俺はよけいに、今回の依頼品である向日葵について念入りに調査したし、もちろん、寺井ちゃんがそんなことを言い出した理由を問い詰めもした。
その結果、俺は事を大きくし、俺に盗みを依頼してきた犯人が、俺が実行しないことから、自分から何か、他の者の手をかりて、になるかもしれないが、向日葵に先に手出しをしないように、俺は、予告状を出した。それも思い切り派手に。これにより、向日葵に対する警護は厳しくなり、犯人がそう簡単に実行に移すことはできなくなるだろうとふんでのことだ。
結果、俺が妨害しているのだと悟ったのだろう犯人は、随分と手荒な手段に出てきた。それが自分で自分の首を絞めることになるとも気付かずに。
向日葵を盗もうと、あるいは処分してしまおうとしている本当の犯人と、その犯人から守るために向日葵を盗む、あるいはそのための予告状を出す、互いの攻防。だがこの勝負、譲るわけにはいかない。なんとしても俺が勝つ。寺井ちゃんが、なんとしても2枚目の向日葵を見せてやりたいのだと言っている人のために、無事に展示会を開催させてその人に見せてやり、そして向日葵を守り抜いて、本当の真犯人を白日の下に晒してやる、そう決意を固めた。
最終的に展示会の初日、犯人は自ら行動し、向日葵を焼失させようとしたが、なんとか守りきり、そして犯人も明らかにした。それは、図らずも協力体制を取った、とある組織の用いる薬によって躰を小さくされながらも、周囲の、特に阿笠博士や、彼と同様の状況にある志保さんの協力を得ながら、時に逆に周囲を危険に巻き込みもしているが、相変わらず事件に巻き込まれたり、自分から事件に突っ込んでいっている、俺に言わせれば、自称に過ぎないのだが、探偵坊主の手をかりた部分もあってのことだが。
そうして事件は解決したが、それは俺にとってはあくまで今回の事件そのものであって、向日葵、特に2枚目の『芦屋の向日葵』についてはそれで終わりにはできなかった。
東幸二さんが、祖父や父親からの言葉を聞き続け、そして自分もその思いを受け継いで、向日葵を捜しだし、図らずも誤って実の兄を殺害してしまいながらも、祖父が願っていたようにしようとしていたように、俺もまた、寺井ちゃんが、父親から聞いた話から、その思いを東さんのように受け継ぎ、どうしても2枚目の『芦屋の向日葵』を見せてやりたいと思っていた相手がいたように、俺自身も、展示会の一回だけではなく、これからもずっと、彼女が生きて動ける間は、何度でも、彼女が思うように、願うように2枚目の向日葵を見られるようにしてやりたいと思った。
だから、俺は鈴木財閥の相談役、今回の向日葵の展示会を開催した鈴木次郎吉に怪盗KIDとして手紙を出したのだ。
今回オークションで手に入れた向日葵を、秘蔵などせず、そして今回の展示会だけの公開で終わりになどしないでほしい。『芦屋の向日葵』を戦火の中から命を懸けて守った東さんの祖父が願ったようにしてほしいと。
そして鈴木次郎吉は、東幸二の告白、そしてあの小さくなった自称「探偵」坊主の工藤新一としての犯人への告発を聞いてから、事実を完全にではなくとも理解したのだろう。俺の願いに応えてくれた。
現在、ゴッホの2枚目の、通称『芦屋の向日葵』は、鈴木氏より“東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館”に寄贈され、5枚目の向日葵と共に、並んで展示されている。
そして、初恋の相手であった東幸二の祖父が守りきった向日葵をずっと観たいと願い続け、5枚目が展示されている損保ジャパン日本興亜美術館が開館している日には必ず訪れ、それを観続けていた女性は、今はそれまでの5枚目だけではなく、最も望んだ2枚目と共に、日々それを観るために、今も尚、通い続けているという。
東家三代に渡る願い、寺井ちゃんとその親父さんの願い、何よりも観たいと願い続けた女性の思い、それが漸く全て叶ったのだ。
今回の件で、世間で怪盗KIDのことをどのように書かれようと、言われようと、俺は一向に構わない。気にしない。真実を知っている者は、知っていてほしい人は知っているから。だから、俺はこの結果に十分に満足している。
そして思う。
俺も、怪盗KIDとしてではなく、黒羽快斗として、志保さんや紅子、あるいは青子と一緒に、観に行ってみようかと。
── Fine
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