Jours qui ne revient pas




 真っ白だった手袋は、今や血に塗れている。それでも震える手で携帯を取り出し、短縮に登録してある番号を押した。
 息が荒い。真面に話せるだろうか。
 それよりも相手は出てくれるだろうか。電話に気付いてくれるだろうか。今、向こう── 日本── は何時だろう。ここ── >フランス── の時間も分からなかくなった今、時差を考えることもできない。
 数コールを経た後、「はい」と相手の声が聞こえた。
「……白、馬……」
『黒羽君!? 黒羽君、君なんですか!?』
 電話の向こうから焦ったような声が聞こえて、快斗は小さく微笑(わら)った。
 学校が自由登校になって程なく、快斗は、母と、唯一の協力者である寺井にだけ話し、他には誰にも何も告げずに渡仏した。寺井は最後まで「ご一緒に」と粘ったが、あえて振り切り、一人だけでの渡仏だった。
 そして最後に電話を掛けるのは、母でも寺井でもなく、白馬探。
 当初は快斗を怪盗KIDだろうとつきまとわり、いつ時しか快斗を見る瞳の色を変えて快斗に告白をしてきた彼。その白馬に、快斗は逃げたり誤魔化したりして何も応えていなかったから、だから最後になるだろう今、せめてその応えを、との思いがあった。だから掛けた。
 かつて快斗の通う江古田高校に編入してきた頃、自分を怪盗KIDだろうと追い掛け回していた自称探偵の白馬を、快斗は、ウザい奴、面倒な奴、嫌なクラスメイト、そうとしか捉えていなかった。だが気が付けばいつの間にか白馬はKIDだと追い掛け回してくることはなくなり、快斗を見る瞳が変わっていた。そして同性でありながら、それを憶さずに正直に己の気持ちを、快斗を好きだと告白してきた白馬。そんな白馬に対して、快斗も絆されたのか、いつしか白馬に対する気持ちに変化が出てきていた。渡仏する前には、快斗もまた、白馬が自分を想ってくれるように彼のことを好きだ、と自覚し始めていた。
「……白馬、ご……めん。でも、……おまえの、気持ち……、嬉し、かった。俺……も、おまえのこと、……好き、だった……よ……」
 荒く、途切れ途切れの微かな声が聞こえてきて、白馬は必死にそれを聞き取ろうとしたが、やがて何も聞こえなくなった。
『黒羽君!? 黒羽君!! どうしたんです、何があったんですか!?』
 しかし白馬の問いに応えは無かった。電話が切れたのか、切ったのか、電話の向こうからは何も返ってこなかった。



 翌日の新聞やTVの報道で、フランスにある大きな薬品会社の製薬工場が爆発炎上したことが報道された。そしてその薬品会社が、実は巨大な国際犯罪組織の本拠地であったことがフランス警察とICPOから共同で公表された。もちろんその首領である会社のTOPや幹部たちは一人残らず逮捕された。
 被害は、爆発炎上の規模の割には多少の負傷者が出たほかは、正体不明の遺体が一つだけ見つかった。
 フランス警察もICPOも、顔が潰れ指紋も取れず、分かったのは10代後半から20代前半の、おそらくは東洋系の男性であること。そして何よりも、ボロボロになったその身に付けた衣装から、怪盗1412こと、怪盗KIDではないかと思われること。傍に落ちていた携帯電話も潰れて何も記録が取れなかったことが公表された。
「……黒羽君……」
 白馬は思い出す、快斗と共にあった日々を。
 かつて快斗をKIDとして追い掛け回していた日々、いつしかそこに何か、単に宝石を盗むだけではない、何かが隠されていると気付き、さらに気が付けば自分の彼を見る目が、そして感情が変わりつつあったこと。そして自分の想いを自覚して快斗に告白したこと。快斗からその回答は得られなかったが、いきなり同性から、しかも自分をKIDとして追い掛け回していた相手からだ、当然のことだろうと思っていた。
 しかし快斗は最期に応えてくれた。それはとても悲しいもの物ではあったが、おそらく、あれが彼がかけた最後の電話だったろうと思う。
 快斗と過ごした日々はもう戻らない。決して帰ってこない日々。そしてまた、二度と訪れない日々だ。そう自覚すると、心の中がどこかとても空虚なものになった。
 それでも己は快斗との思い出を胸に、一人、生きて行かねばならないのだろう。この先、快斗のように思える相手と巡り合うことができるかどうかは分からないが、しかし、快斗と共に過ごした日々は間違いなく青春の大切な一頁と言えた。

── Fine




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