Requiem




 死んでもいい、そう思っていた。
 シャベールから何発もくらった。自分でも出血量が半場ではないことが分かったから、このまま到底助からないと思った。
 けれどそれは計画を立てた時から半ば覚悟していたことで、だから死んでもいいと、そう思っていた。故に、ICPOとの取引きも己の正体を明かさないでほしいと、ただそれだけだった。
 このまま死ねば悲しませる人が何人もいるだろうことは分かっていたし、自分としても残して逝きたくないと思う相手もいないではなかった。それでも自分がKIDであることだけは、それを知っている人間以外には決して知られたくないと思った。だからこのまま助からなくていいと思った。
 けれど何の因果だろう。いや、分かっている。魔女に魅入られたせいだ。あの赤の魔女殿は、彼女が告げた言葉とおりにそのプライドに賭けて、俺をあの世とやらに行かせる気はなかったらしい。
 俺を直接診た医師が「奇跡だ」と思わず叫んでいたくらいに酷い状態から、俺は生還した。
 俺が意識を取り戻した時、傍にいたのは、最も会いたくて、けれど同時に、たぶんすごく叱られるんだろうなと、だから会いたくなかった人物だった。



 フランスにはKIDの墓がある。中身はもちろん空だ。ICPOはシークレットナンバー1412こと、怪盗KIDの死亡を公表したから、形だけでも、と墓を作るということまでしてくれた。もちろん俺の素性など全て隠したまま。それを知っているのは極一部で、ただ代わりに、という程ではないが、俺の能力を惜しんでか、隠すかわりの代償としてなのか、何かあった時には協力をと頼まれたが。
 俺のそもそもの要望どおり、俺の素性を隠し、あまつさえKIDは死亡したとまで公表し、俺の命を救うために力を尽くしてくれた彼等に対して、俺ができることがあるのなら協力を惜しむつもりはない。



 そして俺は、白馬と、監視役という名の看護人を兼ねているアネットと三人で日本に帰国した。
 高校の卒業式を終え、大学の受験も終えて無事に合格した後、アネットは全てを見届けたというかのようにフランスに帰国していった。
 俺の躰の状態を見ながら、白馬と俺は俺の父さんの墓に行った。
 まずは報告すること。父さんを殺した、殺させた相手を捕まえたこと。父さんがしようとしていた“パンドラ”とを呼ばれる宝石(いし)を無事に処理し終えたこと。そして今度こそ怪盗KIDは死んだこと。
 そしてやること。父さんの墓の中に、俺が怪盗KIDとして父さんから受け継いだ全てを葬った。怪盗KIDはもういない。二度と現れない。だから俺が受け継いだものは初代KIDである父さんに全てを返した。真っ白なKIDの象徴ともいえるスーツとマントは、シャベールから撃たれた後と、そのための大量の出血のせいで酷い有り様になっていたが、でもそれが全てが終わったことの何よりの証でもあったからそのままにして。
 全てをやり終えた後、もう一つ、報告。
 それは人生のパートナーを見つけたこと。白馬は男で、俺ももちろん男だから孫の顔は見せられないと、それは謝るしかなかったが、それでも俺は、俺の全てを預けられる相手を見つけることができたのだから、それはきちんと報告したかった。KIDのこととは別に。
 白馬は彼のことを報告する俺の顔が真っ赤だったと笑ったが、そういう白馬自身も、父さんの墓の前で自己紹介する時、顔を赤らめて、でもその顔はとても真剣そうだった。
 怪盗KIDはもうどこにもいない。残ったのは将来マジシャンを目指す大学生が一人。そしてその隣には、こいつしかいない、とそう思った唯一人の存在。ある意味、KIDがいなければ出会うこともなかっただろう人物。だからその意味では、KIDに感謝している。それは俺が演じていたKIDではなく、そもそものKIDだった父さんに。
 全てを終えて帰ろうとした俺たちに、父さんの声が聞こえたような気がして、二人して父さんの墓を振り返った。

 ── 幸せになれよ、快斗、探君。

── Fine




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