Une promesse




「約束ですよ、必ず無事に帰ってきて下さい。僕にはもう君のいない人生など考えられない。だから、何としてでも僕の元に帰ってきて下さい」



 薄れゆく意識の中、渡仏する前に最後に肌を合わせた折りの白馬の言葉が脳裏を(よぎ)る。
 言いながら、壊れるかと思う程に力強く抱き締めてきた白馬の腕。その力強さと温もりは未だ快斗の中から消えてはいない。
 ── ごめん、白馬。約束、果たせそうに、ないや……。
 その思いを最後に、快斗の意識は途切れた。



 快斗が意識を取り戻した時、真っ先に目に入ったのは、おそらく自分が意識を取り戻すまで一睡もしていなかったのだろう、目を真っ赤に充血させた、けれど嬉しそうな白馬の顔だった。
「……白、馬……」
「黒羽君、良かった。直ぐにドクターに連絡を」
 そう言って、白馬は医師を呼ぶべくコールボタンを押した。
「患者の意識が戻りました」
 白馬のその声を耳にしながら、快斗は思った。
「俺、助かった、のか……?」
 思いはそのまま言葉になっていたらしい。それを聞いた白馬が快斗を見た。
「ええ、そうですよ、助かったんです。
 君が成田から飛び立った後、小泉さんが『何があろうと連れ戻してみせる』と言っていましたが、そのとおりになりましたね。ドクターはいつ息絶えてもおかしくない状態だったと言っていました。きっと小泉さんが君のことを呼び戻してくれんだと、今は思います」
 快斗はやがて駆け付けた医師や看護師の治療を受けることになり、白馬はその間、快斗の病室から出された。
 医師たちが快斗の病室を「もう大丈夫だよ」と白馬にそう声を掛けながら出ていくのと入れ違いに、白馬は快斗の病室に戻った。
「……ずっと夢を見ているみたいだった」
 再び病室に戻った白馬の姿を認めた快斗はそう切り出した。
「夢?」
「ずっと、おまえに微笑みながら抱き締められている夢。
 その一方で、紅子の声が聞こえてた。白馬との約束を破る気かって。そんなことは許さないって怒鳴ってた」
「黒羽君……」
 快斗は目を瞑り、言葉を続けた。
「目的を無事に果たすことができたら、死んでもいい、そう思ってた」
「黒羽君!」
「でも、もう一度、夢じゃない本物のおまえの顔を見たかった、声を聞きたいと思った。おまえの温もりを感じたいって思った」
 快斗の言葉を聞いた白馬は、紅子から言われたことを思い出した。
「小泉さんが言っていました。君に生きる意思が全く無かったら、たとえどれ程の自分の力をもってしても君をこの世に引き留めることはできないと。最後に君をこの世に引き留めるものがあるとすれば、それは君の生きたいと願う心。そしてそれは僕に対する君の想いだろうと」
 間近で聞こえる白馬の声に、快斗は目を開けた。すぐ傍に白馬の顔がある。
「それだけ君が僕を想っていてくれたと、僕は自惚れてもいいですか?」
 そう言いながら、白馬は快斗の唇に己の唇を重ねた。それは快斗の状態を察して本当に軽く触れるだけのものであったけれど。
「無事に、ではないけれど、君は僕との約束を果たしてくれた。僕の元に戻ってくれた。神に感謝します。そして君を連れ戻すために力を尽くしてくれた小泉さんの力に。それから、何よりも君の僕に対する想いに」
「白馬……」
 これ程までに自分を想ってくれている男を自分はおいて逝こうとしていたのだと、快斗は改めて自分のそれ程遠くない過去を思った。けれど、目的が果たせたなら死んでもいいと思っていたのは表面だけで、その実、約束どおり白馬の元へ還って来たかったのだと、再びその温もりに包まれたいと思っていたのだと思い知らされて、快斗はその頬を微かに赤らめながら、再び白馬の口付けを待つように瞳を閉じた。
 快斗のその想いを察したかのように再び白馬の唇が重ねられる。
「改めて約束です。僕はもう二度とこの手を離さない。僕の全ては君のもので、君の全ては僕のものです」

── Fine




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