Chaîne




 それは無事に大学に進学し、5月の大型連休も済んで漸く落ち着きを取り戻した頃。
 その時、快斗と白馬は、ともに受けている必修科目の講義が休講になったことから、二人して大学構内にあるカフェにいた。講義時間中であることもあり、利用者は、少なくはないが、決して多くはない。そんな中で、快斗を誘った白馬は、あえて店内の奥にある席を選んだ。
 快斗の前にはミルクティーとチョコレートケーキ、白馬の前にはストレートの紅茶が置かれている。ちなみに快斗の分は、自分が誘ったのだからと白馬からの奢りだ。
「で、何の話だ?」
 話があるから誘ったのだろう、そしてこの後の講義を考えれば大学を離れることは少し考えづらく、そこで、できるだけ話の内容を聞かれずに済むように奥の席を選んだのだろうと推測して、前ぶりも無く、快斗は白馬に促した。
「いや、今更なことなんですが、確認しておきたい、というか、聞いておきたいことがあってね」
「なんだ、改まって?」
 どう話を切り出したものか考えたのだろうか、白馬は少し間を置いてから口を開いた。
「君と、ICPOのことです」
「? それが何?」
「そもそも、君とICPOを結びつけたのは僕です。そして今、君は彼らにKIDだったことを知られ、拘束されてはいないが、利用されているといっていい立場です。それを考えると、君とICPOを接触させたことは、君にとって本当によいことだったのかと。君の自由を、この先の君自らの選択を奪う結果になってしまったのではないかと、後悔している部分があるのですよ」
 快斗は白馬の言葉に、本当に今更何を言ってるんだ、と半ば呆れた視線を白馬に送った。
「おまえ、忘れてないか? 元々ICPOへの繋ぎを頼んだのは俺の方だぜ。どうしても、俺一人であの組織全体をどうにかするのは問題あったからな。素性を隠して接触したとはいえ、ハレるだろうことはもちろん、そうなった後のこともそれなりに考えてたし、覚悟してたよ」
「アネットから聞きました。君が彼らに対して望んだのは、自分の素性を隠す、公表しない、それだけだったと」
「まあ、そりゃ、中森警部や青子に知られると、やっぱり色々な意味でまずいよなあと思ったからな。
 それと、正直、最後の決着は最初から自分でつけるつもりでいたから、場合によっては殺されることも十分ありえると考えてた」
「……恥ずかしながら、あの頃の僕は、君がそこまでの覚悟をしていたことは見抜けませんでした。紅子さんから、何があっても無事に連れ戻す、と言ってもらっていたことから、安心していた部分もあったのでしょうが」
 白馬は本当に後悔していたのだというように、顔を俯けて話していた。
「あれは、対組織ということを考えれば、互いに利害が一致した上での協力関係、共闘だった。そして彼らは俺がKIDだったということを隠したまま、それどころか、死亡を確認したとまで発表してくれた。これは俺の計算外だったよ。俺が望んだ以上のことをしてくれたんだから。
 それとな……」
「まだ何かあるんですか?」
 快斗の言葉尻を捕らえて、白馬は尋ね返した。
「実は組織やKIDの件とは別に、ICPOの一部から、MITに話というか、問い合わせがいってたんだよ。ここ何年も増えてるサイバー攻撃やコンピューターを利用した犯罪に対応するために、ICPOもそれなりの人材や設備は整えてたけど、それでも足りないと思って、いい人材はいないか、って探してたそうなんだよ」
「それがどう関係してるんですか?」
 意味が分からない、というように、白馬は軽く首をかしげながら快斗に問いかけた。
「でな、あいつらが連絡をとったMITの関係者が出した名前が、俺、黒羽快斗だったんだよな」
「えっ!?」
 快斗の言葉に、白馬は正に驚いたというように目を見開いた。
「俺さ、親父が死んだ後、お袋と一緒にアメリカ行って、そっちで、スキップしてMITに入って卒業して、ついでに博士号も取得済みだったのよ。帰国前にね。だからあの組織やKIDのことが無くても、つまり俺からお前に頼んで接触しなくても、あっちの方から、黒羽快斗にお誘いの声がかかってくる可能性は限りなく高かったわけ。OK?」
「……君がMITにいた話は聞いていましたが……」
 白馬は困惑したようにそれだけを告げた。
「で、あっちとしては、KIDとしての俺よりも、今後のことを考えると、必要なのは黒羽快斗としての」言いながら、快斗は指で自分の頭を指した。「こっちの方。だからKIDは死亡って発表したんだと思う。まあ、その方が何かあった時に都合がいい、便利、って考えが全く無かったとも思わないけどさ」
「……それで、君はいいんですか……?」
「ホントなら、あっちにしてみれば常勤してくれてた方がいいってところだろうけど、現実、こうして帰国させて学生をさせてくれてるし、望みだったマジシャンになる道も決して認めてくれてないわけじゃない。必要な時に手を貸してくれ、協力してくれ、って態度だから、俺としては、別に利用されてる、あっちに繋がれてる、なんて意識はない。必要な時以外は基本的に自由にやらせてもらってる状態だから。まあ、それでもある程度定期的に、アネットとは連絡取り合ってるけどな」
「それでは……」
 白馬が言おうとしたことを察したのだろう、快斗は顔の前で片手を左右に振った。
「おまえが心配してるようなことは全くない。KIDのことについては、シークレットナンバーがつけられたのは初代であった俺の親父で、しかも組織によって殺されたことを驚いてたし、俺がKIDになったのが、その親父の敵を討ちたかったから、ってのに、ちょっとばかり同情というか、まあそんな感じ与えちまったみたいで、裏では色々あったかもしれないけど、結果的には俺がKIDだったことについては穏便、っていっていいのかな、それで済んでる。それも含めて、KIDは死亡したってことにしたんだと思うわけよ。
 俺の能力に関しては、KIDとしての活動や、対組織戦での協力時のこと、それにMITからのお墨付きもあるわけで、この先のこと、完全に、とはいかないけど、凡そでは自由を認めてもらってる。俺としては、KIDとしてやってきたことを思えば破格の扱いだと思うよ。だから、おまえが後悔することはないし、心配するようなこともない。おまえの考えすぎ。おまえの悪い癖だぜ。俺のことになると心配性になりすぎる」
 そう言って、快斗は白馬に笑みを見せた。
 快斗の言葉の裏には、表には出されていないが、白馬に対する信頼の意味も含まれており、白馬もそれは理解できた。
「君がそれで納得、承知しているのならそれでいいのですが、君の怪我のこともありましたし、大学に入って少し落ち着いた頃になって、本当に今更なんですが、あれこれと思い至って心配になってしまったもので……」
「ICPOとは、黒羽快斗として協力した時は、きちんと報酬も貰うってことで契約も交わしてるし、何か依頼を受けた時は別だけど、それ以外は自由だから、お互い、十分に学生生活を楽しもうぜ」
 そう告げると快斗は白馬に向けて軽くウィンクして見せた。それを見て、白馬は本当に安心したというように、息を吐き出した。
「ってことで、俺は大学卒業したら、時にICPOに協力しながら、昔からの望み通り、マジシャンになるつもりだけど、おまえは?」
「僕ですか? まだはっきりと決めたわけではありませんが、検事になろうかと思っています」
「検事? 警察じゃなく?」
 快斗は、白馬は父親が警視総監であることから、また探偵として動いていた経験もあることから、警察に入るものとばかり思っていた。
「ええ。警察は、父のことや、自分のこれまでしてきたこと、目にしてきたことを考えたら、いつしか選択肢から抜けていました。でも、それに関係したことに進みたいと思って、一時は弁護士も考えたのですが、検事の方があっているかと思いまして。まだ決定したわけではないので、またこの先、変わるかもしれませんが、ですが基本的に、こちらの世界に関わっていくのは変わらないと思います。立場の違いだけで」
「そっか。じゃあ、最終的にどの道に進むかはともかく、互いに望んだ道を進めればいいな」
 白馬は、快斗が、彼自身が告げたように、完全にではなくても、それでも基本的に自由に生きていくことができると聞いて安心した。今はこうして学生としての生活を送れていても、ICPOに繋がれたまま生きることになるのではないかと、本気で心配していたのだ。それを快斗は軽く否定してくれた。MITからの話は初耳だったが、ICPOの取ってくれた配慮に── 多分に、自分たちに親身になってくれたアネットの影響があるのだろうと考えるが── 感謝した。まだ若い自分たち、そしてこれから先の長い人生、全てが思うままに行かないことは多いだろうが、これから先の選択の自由は自分たちにあるのだから。

── Fine




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