その日、T大の昼休み、早々に学食で昼食を摂り終えた快斗と白馬は、食事を取ることが主目的である学食からカフェに移動していた。時間的にいっても、混雑していないわけではないが、それでも学食よりはましであり、多少ゆっくりしていても咎められるほどのものではない。
「今更だけどさ、つくづくあいつは本当に探偵のつもりなのかって思っちまうね、たとえそれが公的に認められたものではなく自称であったとしても」
チョコレートパフェを口に運びながら、向かい側に座って紅茶を飲んでいる白馬に向けて、快斗は愚痴るように告げた。
「工藤君たちのことかい?」
「んー、この話は工藤だけ、かな」
「何かあったのかい?」
「いや、ふと暫く前のことを思い出してさ」
快斗がそれを思い出したきっかけは、学園内の一角に咲いている向日葵を見たからだ。
「以前、鈴木財閥の相談役がゴッホの向日葵を落札して、世界中に散らばっているゴッホ作の向日葵を集めて展覧会を開催したの、覚えてるか?」
「……。僕が渡仏している間のことだね。でも、世界的に話題になっていたから、状況はだいたい把握しているよ」
白馬は一瞬思い出すために考え込むようにしていたが、すぐに思い当たったのか、そう返した。
「じゃ、工藤が犯人を告発したのも承知してる?」
「詳細までは把握していないが、概ねは」
遣り取りしている間も、快斗のパフェを口に運ぶスピードに淀みはない。
「あいつさ、警察官、中森警部やアメリカからきてた警部がいる所で、面と向かってではなく通信でだったけど、犯人を告発したんだよな。で、もちろん犯人はそれをあれこれ言って何度も否定してた。そんな遣り取りの中で工藤が言ったのが、「自首してほしかった」なんだよ」
「そんな状況で? 本当ですか?」
「そ」快斗は白馬の問い返しに、軽く頷いて応えた。「散々自分が、警察のいる場所で彼らにも聞こえるような状況下で犯人を告発してるのに、だぜ。おまえ、これで自首が成立すると思うか?」
「無理、でしょうね。かなり厳しいと思いますよ」
だよな、というように快斗は頷いた。
「自首には要件があって、まず第一に、自己の犯罪事実を捜査機関に対して自発的に申告すること。まあ、単に挙動不審者として呼び止められた時点で、未発覚の窃盗の事実を申し述べた場合も自首にあたるらしいけど。
で、判例によれば、「捜査機関に発覚する前」、つまり「犯罪事実が全く捜査機関に発覚していない場合」および「犯罪事実は発覚しているが、その犯人が誰であるか全く発覚していない場合」に自首が成立するとされている。確かそうだったよな?」
「ええ、その通りです」
確認するように問いかけた快斗に、白馬は頷いた。
「付け加えるなら、事件が発生し、捜査が開始されたが、まだ犯人が誰であるかが捜査機関によって特定されていない時点で、「あの事件をやったのは自分」と交番に出頭すれば自首が成立する。
それと、仮に自首したとしても、犯罪事実をことさらに隠すような申告、あるいは、自己の責任を否定しようとするような申告であるときは、自首には当たらない。
けどあの時、工藤は犯人を特定して告発し、犯人は思い切り否定しまくってた。なのにあいつは自首してほしかったと抜かしやがった。警察のいる場所で。確かにあいつは、探偵と言ってもあくまで自称であって、公的に認められた探偵ではないし、探偵として公安に登録されていたとしても、日本では犯罪捜査の権限はないから、あいつのやったことは認められることじゃないが、それでも、状況や場所柄を考えれば、あれでもし犯人が「自分がやった」なんて言っても自首はならない。認められないだろう。俺の言ってること、間違ってるか?」
快斗はいつの間にか食べ終えたパフェの容器にスプーンを入れて、少し前に出していた。
「いいえ、間違っていないと思います。実際のところはどうあれ、工藤君は警視庁、特に一課からは探偵として認められ、遇され、その意見は尊重されている。時には捜査協力の依頼もしているくらいですからね。それが事実です。そうである以上、その工藤君の告発を、警察は無視しないでしょう。つまり、彼が犯人を告発した時点で、犯人は特定されたことになります。ということは、イコールで自首は成立しなくなります。少なくとも僕はそう判断します」
「だよな。自称とはいえ、仮にも探偵を名乗ってる者が「自首」の定義を知らないのかって、俺、呆れて言葉もなかったぜ。もっとも、あの時はどう脱出するかが最優先課題になっちまってたから、つっこむ余裕もなかったけどな」
「何度君に言われても、自分は「探偵」だと言い続けているような人物ですから、そのあたりは仕方ないのではないですか。彼にとっては、謎を解く、トリックを暴く、そして何よりも犯人を捜すのが探偵のすることだとでも思っているのでしょう。だからたぶん、彼の中には「自首」の定義はないのではないでしょうか。ただ、自分が犯人だと名乗り出ることが自首であって、それが自首と認められるには要件があるということに思い至っていないのではないですか。君の話を聞く限り、そうとしか判断できかねますね」
白馬も快斗の話を聞いている間に飲み干していた紅茶のカップを少し前に出し、時計を見て時間を確認すると、テーブルに置かれている伝票を手にした。
「そろそろ昼休みも終わり、午後の講義が始まりますよ」
「えっ、もうそんな時間かよ」
快斗の言葉を聞きながら白馬は席を立ち、続いて快斗も席を立つと、二人してレジに向かった。
「僕は今日はこのあと講義が二つありますが、君は?」
「俺は一つ。じゃあ、今日の帰りは別々だな」
「待っていてはくれないのですね」
幾分寂しげに告げる白馬に、快斗はそっぽを向いた。
「今日は母さんに頼まれた買い物があるんだよ。だから待ってられねぇ」
「それでは仕方ありませんね」
そうして二人はレジで会計を済ませるとカフェを後にしてそれぞれに講義室に向かった。互いに、工藤はやっぱり自称としても探偵とは言えないよな、との思いを強めながら。
── Fine
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