病室の中、未だ幾つもの機材に囲まれながら、それでも薬が効いているのか、ベッドでぐっすりと眠っている、流石に顔色はまだ優れない黒羽君の顔を見ながら、僕はその傍らに置いた椅子に座って、その彼の顔を見ながら思う。
黒羽君が一人渡仏する時、僕は小泉さんと一緒に二人だけで彼を見送ったが、その時、小泉さんは僕に言った。「最悪、無傷は無理でも、何があろうと連れ戻して差し上げるわ」と。
そしてまた、黒羽君が重傷を負ったとアネットから連絡をもらい、渡仏することになった際にも、小泉さんは「貴方が着く頃には落ち着いているはず」だと言われてきた。そしてその通りだった。
そして改めて思う。
もし、自分の黒羽君に対する気持ちに変化が生じなかったら、そしてまた、その思いを黒羽君が受け入れ、その手を取ってくれなかったからどうなっていたか。
黒羽君は、自分の死を覚悟していたのではないか。殺された父の復讐をすることが一番で、自分の命の存続は二の次ではなかったのか。また、自分の黒羽君に対する態度が、以前と何ら変わらずに、彼をKIDだとして何度も口にし、追い続けていたなら、あるいは、黒羽君は、黒羽快斗としての本来の自分の存在を消し去っていたのではないか。
そう思えてならないのだ。
だから、黒羽君に対する僕に関しての小泉さんの助言、そしてまた、今回の、黒羽君の負傷に対する小泉さんの懸命の努力に対し、いくら感謝してもしたりない。
何か一つ異なった選択をしていたら、今のこの状況はありえないことだったのだ。
僕はKIDの、KIDである黒羽君の事情を知り、彼を追うことを止めた。寧ろ、進んで彼が敵とする組織を潰すための協力者となった。それは見様によっては共犯者となったとも言える状態だ。そう考えると、仮にも探偵を名乗っていた者がとるべき態度ではなかったと思う。
けれど僕は、その時には既に他の誰にも代えがたい程に黒羽君に惹かれていた。彼を守りたいと思った。彼の思い── 父親の復讐という名の、国際犯罪組織撲滅── に協力し、彼の助けになりたいと思っていた。
少なくとも、国際犯罪組織を潰すためということだけを考えれば、完全に誤った行動であったと言えない、とも思う。
けれどそんなことはこじつけであって、僕はただ、黒羽君を失いたくなかった、守りたかったのだ。
今改めて思うに、僕は彼の覚悟の程を些か甘く考えていたようには思う。彼は正に自分の命を懸けていたのだから。
命が危ぶまれるほどの重傷を負いながらも、彼は生きながらえた。いや、それはまだ現在進行形なのだが、担当の医師は、これで命が助かったのは奇跡だと言いながらも、もう安心していいと言ってくれている。
だから僕は、感謝する。彼に協力してくれたアネットをはじめとする人たちや、彼の命を救うために懸命の治療を施してくれた医師や看護師たちに。そして何よりも、彼の命をこの現実世界に繋ぎとめてくれた小泉さんに深い感謝を。
未だこんこんと深い眠りの中にある黒羽君の顔を見ながら、僕は誓う。
僕はもう君を離さない。決して手離さない。僕の思いを受け止め、この手を取ってくれた黒羽君を、決して離さない。
同性同士ということで、近年は世間的にも認識の度合は上がっているとはいえ、だからといって必ずしも理解してくれている者ばかりではない。認めてくれている者ばかりではない。寧ろ、理解し、認めてくれる存在の方が遥かに少ないだろう。そういった点で、もしかしたら、探偵としてKIDを追っていた時よりも、苦労は多いかもしれない。いや、きっと多いだろう。それでも、小泉さんのように、僕たちの関係を認め、理解し、助けてくれている人がいるのも事実だ。先に意識のあった時の黒羽君の言葉によれば、彼の古い女性の友人も、僕とのことを知っており、応援してくれているという話で、いずれ紹介してくれるという話にもなっている。
だから、これからどんな苦労をすることになろうとも、たとえ僅かであろうと、理解し、助けてくれる人も確かに存在するのだから、その人たちの想いに応えるためにも、僕は決して黒羽君の手を離しはしない。共に歩むと決めたのだから。
一日も早く元の元気な君に戻ってくれ、と祈りながら、僕は黒羽君の手を握りながら、誓いを新たにする。
── Fine
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