Il est mon amant




 快斗が20歳の誕生日を迎えてから数日後のある朝、朝食の席で、快斗の母の千影が唐突に切り出した。
「快斗、貴方、優作さんに自分の恋人を紹介したんですって?」
 その言葉に、快斗は口にしていたものを、幸い吹き出すことは無かったが思わずむせた。
「ごっ、ごほっ、……」
 右手で軽く胸を叩き、どうにか口の中のものを咀嚼し終えて、快斗はいきなりそんな話を持ち出した千影に尋ね返した。
「いきなりどうしたんだよ、母さん?」
 一体どこからそんな話を聞いた。優作さんからか、と快斗は思った。
「だって快斗、貴方私には紹介してくれないじゃない。それなのに優作さんにだけ紹介しただなんて、本当なら逆でしょ。親に紹介するのが先じゃない」
「……あー、……その、なんだ……」
 どう答えたものかと快斗は逡巡しながらも顔を赤らめていった。そんな様子を快斗の千影は面白そうに見つめている。
「うー、白馬だよ、白馬! 母さんも会ったことあるだろ!」
 快斗は結局勢いにまかせて白馬の名を告げた。
「白馬なら何度か会って知ってるだろ?」
 ふて腐れたように告げる快斗に、千影はつまらなそうに答える。
「確かに白馬君には何度か会ってるわよ、貴方がまだ高校生だった頃から。でもそれはクラスメイトとして、そして例の件の協力者、ということであって、恋人として紹介してもらってはいないわねぇ」
「そんなのいまさらだろうが!」
 快斗は喚くしかなかった。千影はそれを軽く受け流す。
「いまさらも何も、優作さんにはきちんと紹介したんでしょう? なのに母親の私には紹介できないっていうの?」
 ああ言えばこう言うで、快斗にはもう返す言葉が見つからなかった。
「とにかく、いつもいいから一度正式に紹介してちょうだい。それが息子である貴方の母親である私に対する義務ってやつよ。まあ、白馬君が単なるセフレだっていうなら話は別だけど」
「そんなわけあるかーっ!!」
 快斗は千影の最後の言葉に思わず怒鳴り返して息を切らした。
「ならきちんと紹介してね。いまさら同性同士ってことで反対したりなんかしないから、その点は安心してていいから」
 にっこり笑ってそう告げると、千影は湯呑に茶を注いで口にした。
 そんな千影の様子に、快斗は力なく肩を落とすだけだった。



 昼、大学内のカフェで、快斗は白馬と二人で会っていた。
「……という訳で、俺の母さんがおまえに会いたいってさ」
 快斗は半ば疲れ気味に今朝の千影との遣り取りを話して聞かせた。
「それは、工藤先生の時とはまた別の意味で緊張しますね。もしかして、僕と君のお付き合いを禁止されるなどということは……?」
 白馬が不安そうに尋ねてくるのを、快斗は右手をひらひらさせながら軽く返した。
「いや、それはないと思っていい。あれは知っててやってるから。だから本当に俺の付き合ってる相手として改めておまえに会いたいってだけだと思う」
「なら、君の母上のご都合のいい時を教えて下さい。僕の方はいつでも都合をつけるようにしますから」
 内心嬉々として白馬は快斗に告げた。
 それが嬉しいやら何やら、気恥ずかしい快斗だった。



 数日後、大学の講義を終えた快斗は、白馬と待ち合わせて自宅へ戻った。
 その日の白馬は何を力入れているのか、ビシッとスーツを着て、ネクタイまできちんと締めていた。おまけに手には菓子折りまで持っている。まるで、いわゆる「お嬢さんを下さい」と恋人の親に会いにいくという奴のようだ。実際、白馬の心境はそのようなものであったし、快斗もそれを察していた。優作の時はこれほど緊張しなかったのに、相手が実の母親ともなると白馬も快斗もまた勝手が異なってくるらしい。
「ただいま、母さん。白馬を連れてきた」
 緊張感を押し隠し、快斗は千影が待つ我が家の玄関の扉を開けた。

── Fine




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