夏である。日本列島の各地ではそちこちで猛暑日を記録している。
そんな中、避暑を求めて白馬と快斗は、奥軽井沢にある白馬家の別荘に来ていた。
今、この家に滞在しているのは、二人を除けば管理人夫婦の二人だけである。
二人は買い物に町まで出かけたり、一緒に散歩したり、読書をしたり、持ってきた、あるいは借りてきたDVDを再生しての映画やドラマ等の鑑賞。それぞれにしたいことを別々にしていることもあれば、時には共にゲームをしたりもする。そんな、本来ならどこにでもあるような通常の日常を送っている。
ちなみに大学で課題を出されたりもしていたが、白馬はここに来る前に終わらせていたし、快斗に至っては出されたその日のうちに終わらせたりしている。そう、つまりは休みに入る前に。要するに、今現在、二人が抱えている問題は何一つないという状態だ。
そして夏といえば海水浴だが、場所柄、流石に海水浴はできない。そこで比較的行きやすいホテルを訪れ、プールに入ったりなどしているが、そこでの問題は快斗の身体に刻まれた多くの傷跡だ。快斗本人は気にしていないし、白馬もそれもまた快斗の一部と思ってはいるが、それを目にすることになる他人は、大いに好奇心を煽られたり、あるいは恐怖を覚えるかもしれない。だから余計な興味をひかれたりしないように、そういう時は以前の杵柄、といっていいのだろうか、快斗はプールの水の中に入ってもそれがとれないようにうまくメイクや人工皮膚で隠した。従ってそちらでは人の目を気にすることはなかった。
しかし二人の存在は別の意味で人の興味を惹いた。若い、いい男が二人。年頃の娘たち、場合によってはカップルで来ている女性までもが二人に目を惹かれていた。中には臆する者がいる一方で、思い切ったように二人に誘いの声を掛けてくる者もいたが、二人は丁寧にその誘いを断った。そしてそれはまたさらに別の意味で、ある種の女性の興味を煽ったりもしたのだが、それは二人にとっては関係のない話だ。今は二人でこうして何も気にすることなく共にあれることが何よりも嬉しい。それは以前が以前だっただけになおさらだ。
「そういえば、志保さんや紅子が来るのって、明日だったっけ?」
「ええ、確かそう聞いています」
プールのあるホテルから別荘に帰る途中、思い出したように快斗が白馬に尋ねた。
志保は研究が途中だからそれが片がつくか、キリのいいところまでいったらと、そして紅子は課題を片付けるのと、他にも少しやってみたいことができたからといって、揃って後から一緒に合流するという話になったのだ。
翌日の午後、ほぼ予定時刻どおりに志保と紅子は白馬の別荘にやってきた。
紅子はその力で周囲に冷気をまとわりつかせてでもいるのだろうか、それは涼しげに。そして一方、志保は疲れ切った感一杯だった。
ちょうどお茶の時間だから、と言って快斗が用意したアイスティーと水菓子をそれぞれの前に置いて自分の席についてから、快斗は心配そうに志保に対して疑問を口にした。
「志保さん、なんでそんなに疲れた顔してるの?」
そんなに疲れるような研究してたのか、との快斗の問いに、志保は切れたように叫んだ。
「あの馬鹿共のせいよっ!!」
「共、ということは、東西の、ということですか?」
「そうよ!」
志保は、ダン! とテーブルを一つ右拳で叩いた。といっても、それほど力が入っていたわけではないらしく影響はなかったが。
「こっちは研究中だから止めてくれって言ってるのに、人の話を聞きもしないで、人を引っぱりだして事件に巻き込んで、そちこちひきづり回してくれて! おかげでやりたかったことの半分もできなかったのよっ!!」
そう言って志保はグラスの半分ほどを一気に飲んだ。
馬鹿と、本気でそう考えてはいるが、実際には当人たちに対してはからかい気味に口にしているだけなので、志保が本当にそう思っているとは当人たちは全く気付いていない。それは幸なのか不幸なのか。彼等にしてみれば幸いなのだろうが、彼等に引き摺り回される羽目になっている志保にとっては大いに不幸なことだろう。
「いい加減、引導渡してやったら?」
快斗はそう口にしたが、志保は肩を竦めただけだった。
「してもいいけど、結果は変わらないでしょうね、多分。なんといってもウチは彼の家の隣だし。博士は長い付き合いでいまさらな状態だし。何か言って変わるとは、正直、思えないわ」
変わるならとうに変わっているだろうとの思いも込めての志保の言葉だった。それは、あの黒の組織との戦いの過去を踏まえての言葉だ。
もともと事件体質というか、事件を呼び込むようなところがある存在ではあったが、あの黒の組織との戦いの前、最中、そして後も、一向に彼は変わっていない。いや、むしろ黒の組織の件が片付いてから、一層拍車がかかっているような気がする志保だった。そしてそれには、実は工藤の中における快斗の存在が幾許か影響を及ぼしていたりするのだが、流石にそこまでは志保は知らないし、それは志保だけではない。白馬はもしかして、と多少は思っていたりするのだが。
「とにかく予定があるからって、事件は途中だったけど、私はそれを無理矢理放り出して、彼等を無視してここにやってきたの。休みを満喫するためにね。だからここにいる間、連中のことは口にしないでね」
志保のその言葉に、今回のことだけでなく、今までの数々のことも積み重なってのことだろうと察することのできた三人は、黙って頷くしかなかった。
とにかく、ここには避暑に、休みを取るためにやってきたのだ。余計なことは考えない、しないに限る。それは志保を含めて四人に共通の思いだった。なにせ彼等と行動を共にすると、ほぼ必ずといっていいほどに事件に巻き込まれてきたといっても、決して言い過ぎとはいえないのだから。
それからほぼ1週間程、四人は世間の出来事を忘れたように、それぞれに個々の、あるいは共に、何かをしたり、ただ休んでいたりしながらのんびりと時を過ごした。
事件の「事」の字もない、本来ならごく普通の、ありふれた何事もない日々を。
そしてあっという間に日は過ぎて、彼等はまた彼等の住まいに帰っていった。また自分たちの意に添わずに事件に巻き込まれる日々がやってくるのだろうなと思いながら。
── Fine
|