その日の夕食の後、白馬探の父である警視総監を務める彼は、珍しく探の部屋へと向かっていた。
探が父の部屋を訪れることはあっても、息子の探の方から逆に自分の部屋に来てくれと言ってきたことは、彼が記憶する限り一度もない。珍しいこともあるものだと思いながら、息子の部屋の前に辿り着くとドアをノックした。
「探、私だ」
「入って下さい」
直ぐに応答があって、白馬警視総監は息子の部屋の扉を開けて中に入った。
中に入って進むと、部屋の中央に置かれたテーブルに三個のティーカップが置かれていることに気が付いた。そのうち二つはストレート、残りの一つには既にロイヤルミルクティーと思しきものが注がれ、湯気をたてている。
「来てくれたよ」
探が窓の開かれたバルコニーに向けて一言告げる。
誰かいるのか、と思うがそこには何の気配も感じられなかった。しかし、探の言葉が終わると同時に、それまで全く何も感じていなかった冷涼な気配が部屋を満たすのを感じ取り、思わず身構えた。
それとほぼ同時に、バルコニーに一つのシルエットが浮かび上がる。それが誰なのか、彼は直ぐに分かった。分からない方がおかしい。知らぬ者の方が少ないだろう。ましてや警察関係の者なら尚更のこと。
そう、それは間違いなく、国際指名手配犯1412号、通称、怪盗KIDに間違いなかった。
歩みを進めるKIDを見ながら、驚きを隠せないながらも彼はKIDを観察した。
白で纏められたシルクハット、スーツ、マント、手袋、古風な片眼鏡、そして何よりもそこから感じられるあまりにも冷涼な気配、それはKID以外の何者でもないと、本人に間違いないと思わせるものだった。次いで疑問が持ち上がる。なぜ、KIDが探の部屋に現れたのか、探がどのような意図をもって自分とKIDを引き合わせようとしているのか。
「このような形でお目にかかることになったことをまずはお詫びさせていただきます。他によい方法を考えつかなかったものですから」
KIDがそう告げて彼に向けて軽く頭を下げる。
「まずは席についてください。そうでなければ話が進みませんから」
探の言葉に、ともかくKIDと彼は目の前の椅子に腰を降ろした。それを確認した後、探自身も椅子に腰を降ろす。それを見てから彼はおもむろに口を開いた。
「探! これは一体……」
それをKIDが彼に向けて右手を上げただけで制した。
「これまでの経緯については私に説明させて下さい。今の私は、探氏を仲介としてICPOと連絡を取り、欧州に根拠地を置く、とある国際犯罪組織を殲滅するために彼等と共闘している身です」
「何だと!?」
ICPOから国際指名手配を受ける身でありながら、現在は共闘しているというその内容に、彼は驚いて目を見開いた。
そうしてKIDは語り出した。
自分が2代目であること、初代は殺されたこと、自分と組織の関係、自分と組織が狙うビッグジュエルに関して、そして現在の状況を。
「世界各国にある支部を一斉に摘発する予定ですから、やがて時がくればICPOから、どこまで打ち明けられるかは私も分かりませんが、日本にも協力の要請がくるでしょう。
ですが、今回ICPOと共闘を図るようになるために私は探氏に協力をいただきました。ですから警視総監でもある探氏の父親である貴方には、直接真実を打ち明けておきたく、探氏にこの場をセッティングしてもらった次第です」
一通り説明し終えて、今は用意されたロイヤルミルクティーで喉を潤しているKIDを目の端に留めながら、彼は探に問い掛けた。
「本当、なのか!?」
「ええ、真実です。既にいくつかの支部は摘発済みで、少しずつ、敵である組織の本拠地を追い定めていっているところです。
KIDからお父さんと引き合わせてほしいといわれた時は、正直悩みましたが、僕自身が動きやすくするためにもその方がいいかと思って、この場を設けさせてもらいました」
「おまえが動きやすく? どういうことだね?」
「時がくればKID自身は欧州へ、組織の本部がある国へ向かいます。ですからそれを認めるかわりに、僕はKIDから、先代である彼の父親を殺した日本支部を摘発するための指揮を頼まれました。そのために本来なら学生である身の僕には何の権限もありませんが、警視総監であるお父さんの許可が欲しいのです」
「探……」
自分が全く知らぬうちに、気付かせもせずに、いつの間にかKIDと信頼関係を結んでしまっているらしい探に彼は目を見開いた。
「直ぐに答えをいただけるとは自分でも思っていませんが、考えておいてください」
探のその言葉に、今日の予定は済んだというようにKIDが立ち上がり、それにつられたように探も立ち上がってその身を近づけた。
「本日はこれで失礼させていただきます。結果はともかく、協力をいただいているあなたの父君にお会いできてよかった」
探は去ろうとするKIDの右手を取った。
「決して無茶はしないでください」
「していませんよ。今は彼女たちやICPOの、そして何よりもあなたの協力がある」
KIDが微笑んだらしいのが口元の動きで彼にも見て取れた。
「そう言いながら君はいつも無茶をする。だから心配でならない」
そう告げて、探はKIDの右手を上げるとその白い手袋に包まれた手の甲に唇を落とした。
その二人の様を、彼は何も言えずにただ目を見開いて見つめていた。
「それでは今宵はこれで失礼させていただきます」
そう告げて、KIDは白い煙幕をはり、その煙が消えた時にはKID自身も消え失せていた。
「さ、さ、探、お、おまえたち……」
「お父さんが聞きたいことは分かります。僕たちは、今、単に共闘関係にあるだけでなく、お父さんが考えているだろう意味で付き合っています。僕は一人で戦ってきた、いや、今もそういってもいい状態の彼を守りたい。そのための力が欲しい。仮にも警視総監であるあなたの息子でありながら、なんということを、と言われるだろうことは承知しています。ですが僕は僕の心を偽ることはできない。お願いします、僕たちに、僕に力を貸してください」
そう言って頭を下げる息子の姿に、彼は何も言えず、ただ見ていた。一体どうしたものかと。
その頃、白馬邸からまだそう離れていないところで、快斗は直接ではないとはいえ口付けを送られた右手の甲を撫でながら唸っていた。
「白馬、あの気障野郎!」
手を取られた時、もしや、とは思いながら、辛うじてKIDとしての意識で動揺を隠していたが、確かに所謂お付き合いをしているとはいえ、他の人の、しかもあろうことか白馬の父親の前でそのような真似をされるなど言語道断だった。
そして、快斗は白馬が自分の正体までは告げていないまでも、付き合っていることを告げていようとは思ってもいなかった。
── Fine
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