白馬の掻いた汗が快斗の体に滴り落ちる。
既に慣れた行為だ。そう、体は慣れた。それ程に回数だけは重ねられた行為。
「先にシャワー借りるぜ」
動悸が治まるのを待って、快斗はベッドから降りるとさっさと部屋に備え付けのシャワールームへ入っていった。シャワールームに入るまで、ずっと自分の後ろ姿を見る白馬の視線を感じながら。
シャワーのコックを捻ると、丁度いい温度の湯が快斗の体を濡らし、先刻、白馬が落とした汗と共に流れ落ちていく。
一体なぜこういうことになってしまったのだろう。自分でも不思議でならない。
最初のうちは、白馬の視線は快斗を“怪盗KID”と言って、常に追い詰めるものだった。
それがいつからか次第に変わっていった。何が切欠だったのかは分からない。
気が付けば、白馬の自分を見つめる目が、熱を持ち、KIDではなく快斗を追い求めるものになっていた。白馬の心境に一体何があったというのか。
女のように足を開いて、本来の機能とは逆の行為に甘んじている自分もどうかしていると思うのだが。最初は惨めな思いが強かったのに、それがいつの間にか変わっていた。自分は白馬が欲しいのだと。間抜けた話だ。怪盗が探偵に、追われる者が追う者に焦がれるようになるなんて。
けれど白馬はまだ体だけの行為だと思っているからなのか、彼なりの何かの線引きなのか、決してその情熱を快斗の中に放つことは無かった。
それでなくとも抱かれる側である快斗にかかる負担がさらに増すことを嫌って、避けているかのように。
もし白馬がそれを行っていたなら、自分はどう反応していただろうかと快斗は思う。惨めさだけで済んだのではないかと、そんなふうにも思う。これほどに彼自身もまた彼を求めることになどならなかったのではないかと。
快斗が想いも含めて全てを流しきるようにしてシャワールームから出ると、丁度、白馬がベッドメイクをし終えたところだった。
「空いたぜ」
快斗はその一言だけしか言わず、白馬もまた何も言わず、入れ替わるように白馬がシャワールームに消える。
普段の自分なら、白馬がシャワーを浴びている間に部屋から消えて、自宅へ、あるいは別の場所へと消えているはずだった。だが今日だけは言いたいことがあったから、今日が最後だからと、快斗は新しくさっぱりとしたシーツの上に腰を降ろした。
暫くしてシャワーの音が消え、白馬がシャワールームから出てきた。
快斗がまだそこにいたことに白馬の目が見開かれる。
「黒羽、君、どうして……?」
「おまえに言っておきたいことがあって」
「僕に、何を……?」
半ば呆然としながら、白馬は快斗に近付く。
「言っておいた方がいいと思ったから言う。俺は男だ、女じゃない。何とも思ってない奴に、女のように足を開いて受け入れたりはしない」
「黒羽君……、僕は、自惚れていいんだろうか。君に想われていると」
「さあな」
快斗は照れたように頬に朱を引き、顔を横に向けてしまった。
「それと、受験があるから、それが済むまではもうやらないからな。言いたいことはそれだけだ」
「黒羽君……」
快斗は彼を呼んで引き留めようとする白馬を無視して、部屋を出ていった。
「……僕は、本気だと受け取るよ、君も僕と同じ気持ちだと」
白馬は快斗の消えたドアを見つめながら呟いた。
受験が理由じゃない。自分にはもう後が無い。未来が無い。
だから、本当なら今日は、今日だけは、白馬の情熱の全てを受け止めたかったのだけれど。
「悪ぃな、白馬。これでさよなら、だ」
── Fine
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