Consultation




 快斗は悩んでいた。
 何をかといえば、父を殺した現在自分と敵対している組織のことである。
 KIDとなってからこれまでの間に、“パンドラ”を探しながらその組織のことも調べ続けてきた。現在、大凡のところは掴んでいる。そして掴んだが故に悩んでいる。
 欧州を中心として世界中に張り巡らされたネットワーク、多くの国に支部を持つその組織を、果たして自分一人でどうにかすることができるのだろうか。支部を幾つ潰しても本部がある限り新たに支部を造られるだろう。そしてまた本部を潰しても、支部が残っていればその何れかが新しい本部となって、組織は再生するだろう。つまり本部も全ての支部も同時に破壊に導かなければならないということだ。快斗の測定不能といわれる頭脳をもってしても、そんなことはできようはずがないことは明らかだ。けれどどうしても組織を潰したい、父を殺した組織を壊滅させたい。一体どうすればいいのだろうと、快斗は悩んだ挙句、ある一人の人物を思い浮かべた。
 小泉紅子、江古田高校のクラスメイトであり、自称“赤の魔女”。
 快斗が怪盗KIDであることを承知しているかのように、快斗に向けて予言だといって時折り忠告めいた言葉を投げかけてくる。
 真実、紅子が魔女なのかどうか、快斗は今一つ確信してはいないのだが、彼女が通常の人間と違うことは、普通にはない力を持っていることは、既に自身で確認済みのことだ。ましてや紅子は快斗がKIDであると“知って”いる。
 悩んだ挙句、快斗は恥を忍んで紅子に相談することに決めた。
 そうと決めれば実行は早い。翌日、学校に着くと一番に紅子に声を掛けた。
「紅子」
 名を呼ばれた赤みを帯びた長いストレートの髪を持つ小泉紅子は、同じ高校生とは思えぬ妖艶な笑みを浮かべて快斗に告げた。
「今日の帰り、一緒に帰りましょう。校門で待っているわ」
「紅子?」
 何も告げぬうちにそう言われて快斗は戸惑った。
「私に相談事があるのでしょう?」
「あ、ああ」
 どうやら全てを見透かされているようだと己を納得させて、快斗は頷いた。
 そして放課後、全ての授業を終えて教室を出ようとした時には、既に紅子の姿はなかった。
『校門で待っているわ』との紅子の言葉を思い出して、快斗は急いで校門に向かった。その後ろ姿を不安そうな目で見つめている幼馴染である中森青子の姿にも気付かずに。
 快斗が校門に着くと、門に背を預けて紅子が立っていた。
「紅子」
 紅子は快斗に近付くと、快斗の右手に己の左腕を絡め、身体を寄せてきた。
「あ、紅子!?」
 紅子の意図するところが分からず、快斗は思わず焦った声を出した。
「いいでしょう、このくらい。貴方の相談事に対する相談料だと思えば安いものでしょう?」
 笑みを浮かべながらそう告げる紅子を、快斗は突き放せなかった。
 二人が向かったのは紅子の住まう屋敷だった。都内にあるとは思えぬうっそうと茂った森の中にその屋敷はあった。
 紅子は快斗を応接間と思しき部屋に通すと、着替えてくるといって、快斗を一人その部屋に残した。
 屋敷の外観はどこかおどろおどろしい、化け物屋敷じみた感覚を与えたが、通された部屋はその外観を裏切って綺麗に整えられている。
 快斗がソファに座って部屋の中を見回していると、胸元が大きく開いた黒のロングドレスに着替えた紅子が入ってきた。続いて、使用人らしき男がワゴンを押して入ってくる。
 紅子は快斗の正面に座り、その二人の前に使用人が紅茶のカップとシュガーポット、ミルクピッチャーを置いて出ていった。
「何も入ってないわ、ただの紅茶よ。甘党の貴方の好きなだけミルクと砂糖を入れるといいわ」
 言われるまま、そして半ば恐る恐る快斗はカップにミルクを注ぎ、砂糖を入れた。対して紅子はミルクだけを注ぎ、紅茶を口に含んだ。
「遠慮しないでどうぞ。美味しいわよ」
 紅子の言葉に、快斗はカップを手にするとそっと口を付けた。
「貴方が私に何を相談したいのかは分かっているわ」
 快斗が一旦カップをソーサーに戻したのを見て、紅子は告げた。
「答えは簡単。“彼”に相談なさい。彼は貴方がKIDだと知っているし、何より貴方の事を想っている。彼なら貴方の目的を達成するための十分な協力者となるでしょう」
「紅子……」
 紅子の言葉に、快斗は真っ直ぐに彼女を見つめ返した。
「彼の持つコネを利用させてもらいなさい。それが一番の方法よ」
「……そんなことのために、利用するために、あいつとそうなったわけじゃない……」
「そうでしょうね。でも彼なら、貴方の事情を知れば進んで協力してくれるわ。むしろ何も言わずに貴方が消えたら、その方が彼にとってはショックでしょうね」
 本当にこの女は全てを見通しているのだと、改めて快斗は紅子という自分と同い年の少女が恐ろしくなった。
「私の答えは以上よ。この相談事の報酬は、さっきのことと、貴方が無事に事を終えて戻ってくること、かしらね」
「紅子、俺は……」
 何といって返せばいいのか分からず、快斗は言葉に詰まった。
「私は貴方が好き。貴方を手に入れたいと、正直今でも思っているわ。でも貴方は決して私のものにはならない。だって貴方は既に彼のものだもの。だからせめて貴方の無事を祈り願うだけ」
 言うだけのことは言ったと、用事は済んだというように紅子は立ち上がった。
「彼の元に行きなさい、白き罪人」
 最後にそう告げて、紅子は部屋を出ていった。



 その後、どこをどうやって歩いてきたのか、気が付けば、快斗は“彼”の屋敷の前に立っていた。

── Fine




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