GW明けの最初の日曜日、ピンポーンとインターフォンを鳴らしてから、快斗は阿笠邸のドアを開けた。
出迎えてくれたのは阿笠博士本人だった。
「お久し振りです、ご無沙汰してました」
帰国してから何度か電話は入れていたものの、実際に快斗が阿笠邸を訪れるのは、渡仏する前に来た時以来のことであれば、およそ4カ月振りのこととなる。
「ホントに久し振りじゃのう。今、哀君を呼んでくるから中に入って待っていなさい」
「そうさせていただきます」
哀を呼びに地下に下りていく阿笠を見送りながら、快斗はリビングのソファに腰を降ろした。
少しして阿笠と一緒にリビングに上がってきた哀は、快斗の姿を見て、安心したような微笑みを浮かべた。
「久し振り。こうして出て来るっていうことは、体はもう大丈夫なのね?」
哀は確認するように、快斗に問いかける。
「うん。激しい運動とかはまだ無理だけど、普通の日常生活を送る分にはもう何ともないよ」
「そう、良かったわ。今、お茶を淹れて来るわね」
哀には帰国して最初の電話で怪我を、それも重傷を負ったことを察せられてしまっていた。快斗は自分としては十分に隠せたと思っていたのだが、その点に関しては哀の方が一枚上だったようで気付かれてしまったのだ。そして哀を通じて、阿笠にも快斗が怪我を負ったことは知られてしまっている。
「怪我の方は、本当にもういいのかね、快斗君?」
阿笠には、哀から事故に巻き込まれたと説明してあると聞かされていた。
「ええ。ちょっと出血量が多かったんで実態以上の重傷者扱いされてしまっただけで、そんなに酷くはなかったんですよ。それでもあまりに周りが煩いので、前期の体育の実技は見学にさせてもらってもらってますけどね」
微妙に嘘を交えながら事実を話していく。何せ阿笠邸の隣家の工藤とは同じ大学なので、全てを隠し通すのは無理があるのだ。
そんなことを話していると、哀が三人分の紅茶をトレイに乗せてリビングに戻ってきた。
「お待たせ」
そういって紅茶の入ったカップをテーブルに並べた後、哀は阿笠の隣、快斗の向かい側に腰を降ろした。
「で、今日の要件は?」
「うん。例の件、完全に片が付いた」
「本当に?」
「最終確認にちょっと手間取ってたみたいだけど、昨日、アネットから連絡が入って、間違いないって。だからもう、後は志保さん次第でいつでも志保さんに戻れるよ」
「今度こそ、本当なのね」
ホッと安心したのか、体の力を抜いて哀はソファにもたれかかった。隣の阿笠も安心したかのように笑みを浮かべた。
「これでもう安心して枕を高くして寝られるのぉ、哀君」
学年が変わる時点で薬を服用するつもりだと言っていた哀が、いつまでもその気配を見せないのに、阿笠は哀にことの次第を問い質していた。
それに対し、哀は、工藤にはくれぐれも内緒に、と言いながら、黒の組織のNo.2に逃げられていたことを告げたのだ。そしてその後をICPOが追っていると。
それらの情報は、快斗が白馬を通して知ったのだということにしてあった。
「すっかり遅くなってしまったけど、これが俺から志保さんへの今回のお土産」
実際には、情報も捕縛も快斗の協力あってのことであったが、快斗はそんなことはおくびにも出さずに二人に笑顔を見せた。
もっとも、哀、否、志保には完全に気付かれずに済む、というわけにはいかないだろうが。
それでも、とにもかくにもこれで哀は何の憂いもなく、宮野志保に、本来の姿に戻ることが叶うのだ。
── Fine
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