詰めの段階に入ると、哀は学校にも行かず殆ど不眠不休で数度に渡るモルモットでの実験を繰り返し、APTX4869の解毒剤は完成した。
最後の2日程は、快斗も哀に付き合って学校をさぼっていた。
「これで完成、と思っていいと思う? 快斗君」
「いいと思うよ。少なくともモルモットの実験では成功しているし。それに、これ以上は無理だ」
哀は快斗の最後の言葉にひっかかりを覚えた。
「快斗君?」
「これ、志保さんには間違いなく効くと思う。でも、工藤には分からない」
「どういうこと?」
「志保さん、途中で一度元の姿に戻ってるよね。それは織り込み済みで造ってるから大丈夫。けど工藤の場合、一度や二度じゃない。だから体の中でAPTX4869がどう変化しているか、正直なところ分からない」
「じゃあ、工藤君にはこれは効かないってこと?」
哀が顔色を変えて快斗に詰め寄る。
「完全な保証はできない、ってところかな。でもさっきも言ったように、これ以上のものはもう無理だ」
「……そんな……。それじゃあ、彼にどう説明したらいいのか……」
「正直に言うしかないね。それで服用するかどうかを決めるのはあいつ自身だ」
数日後、久しぶりに登校した哀は、少年探偵団の他のメンバーのいないところを見計らって、江戸川コナンに帰りに阿笠邸に寄るようにと告げた。
それを告げた時の哀の真剣な眼差しに、組織、あるいは、解毒剤のことと見当をつけてコナンは了承した。
学校帰りに寄った阿笠邸で待っていたのは、阿笠だけではなかった。
工藤新一の両親と、哀の研究に協力しているといって以前に紹介された黒羽快斗という高校生も一緒だった。
「結論から先に言うわ。APTX4869の解毒薬は完成したわ」
「ホントか?」
「ええ」
哀の言葉に目を見開いて嬉しそうにコナンは確認の問いを投げかけ、哀は頷いた。
「ただ、それが本当に貴方に効くかどうかは、不明なの」
完成したとの言葉に有頂天になったところに、効くかどうか不明との言葉を続けられて、コナンはわけが分からなくなった。
「どういうことだよ。完成したと言いながら効くかどうか分からないって?」
コナンにすれば当然の疑問だろう。それに答えたのは、哀ではなく快斗だった。
「モルモットを使っての実験では100%成功している。ただ、ここで問題になって来るのは、おまえが何度も江戸川コナンと工藤新一の体を行ったり来たりしてるってことだ。つまり、APTX4869がおまえの体の中でどう変化しているのか、予測が立てきれないってことなのさ」
「じゃあ、効かないかもしれないのか?」
「効くかどうかということなら、答えは二つに一つ。ただ、効かなかった場合のパターンは何種類か考えられる」
「それでも服用するかどうか、決めるのは工藤君、貴方自身よ。だから貴方のご両親にも来ていただいたの。それに、もし服用するのだとしたら江戸川コナンを消さなけりゃならないでしょ。どういう結果が出るか分らないにしろ、そのままにしておくわけにはいかないわ」
「おまえはどうするんだ? 灰原」
「私はまだ当分はこのままでいるわ。二人一緒に消えたら不自然だし、組織もまだ片付いてないから」
「新一」
それまで黙っていた阿笠が口を開いた。
「直ぐに決めろとは言わんよ。ご両親とも相談してどうするかじっくり考えて決めなさい」
「実験で100%成功してるってことは、それ以上は無いってことだろ? だったら飲むさ」
「いいのかね、そんなに簡単に決めて」
父親である工藤優作の問いに、コナン、否、新一は大きく頷いた。
「ああ。意地でも必ず工藤新一の体を取り戻してやるさ」
「じゃあ、まずは江戸川コナンの存在ををどうするか、からだな」
そうして江戸川コナンが工藤新一に戻るための闘いが始まった。
── Fine
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