Une rencontre




 阿笠邸でコナンが買ったばかりの推理小説を読んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
「おお、そんな時間か」
 そう言っていそいそと阿笠が玄関へと向かう。
 そんな様子に興味をひかれて、コナンは本から目を上げて様子を見ていた。
 阿笠が玄関を開けて招き入れたのは学生服を着た一人の男子高校生だった。
「そういつまでも他人行儀じゃなく、もっと気軽にしてくれてよいのに」
「でも、よそのお宅に伺うのにこれは常識でしょう」
 その男子学生の一言に、コナンはウッと思った。なぜならここに来る時にチャイムを鳴らしたことも、挨拶をしたことも、覚えている限り記憶に無い。当たり前のように、まるで自宅に帰るかのように入っているからだ。
「哀ちゃん、います?」
「地下の研究室におるよ」
「熱心ですね、相変わらず。あ、これ、いつもの差し入れです」
 そう言って彼は持っていた手提げから一つの包みを出した。それを受取る阿笠の顔が笑っている。
「じゃ、哀ちゃん呼んで来ますね。渡したい物もあるし」
 迷いもなく地下への階段を下りていく彼を見送って、コナンは阿笠に尋ねた。
「博士、あいつ、誰だ?」
「おお、新一ははじめてだったかの? 名前は黒羽快斗君といってな、哀君の古い知り合いじゃそうだ」
「古い?」
 その一言にコナンは眉を顰めた。
「ついこの間、街で偶然会って、誤魔化せなかったそうじゃ。以来、ほぼ毎日来とるよ」
 答えながら、受け取った包みを開けた阿笠の顔は緩んでいた。



 快斗はコンコンと軽くノックをして、声を掛けながら研究室のドアを開けた。
「こんにちは、志保さん。少しは進んだ?」
「いらっしゃい、快斗君。それから、何度も言うようだけど、今の私の名前は“灰原哀”よ、間違えないで」
「二人きりの時しか呼んでないよ。他に人がいる時には、必ず“哀ちゃん”って呼んでるでしょう。それよりこれ、この前、志保さんが欲しいって言ってた薬品、手に入ったんで持ってきた」
 言いながら、快斗は手提げから一つの箱を取り出した。
「向こうの知り合いに相談したら、早速送ってくれたよ」
「貴方の向こうでの顔の広さには助かるわ。大抵の物は手に入るんですもの」
 哀は受け取った箱を開け、中の幾つかの瓶の中身を確かめながら言った。
「持ってるコネは最大限利用しないと損でしょ」
 快斗は明るく笑いながら応える。
「それはそうと、今日は上に“彼”がいたでしょ。話はした?」
「見掛けたけど、それだけ。多分、博士が俺のことを話してるよ。俺はさっさとこっちに来ちゃったからね。とりあえず上にあがってお茶にしよう。『哀ちゃんを呼んでくる』って言って下りて来たんだ」
「しょうがないわね。ま、キリもいいところだし、いいわ、お茶にしましょ」
 そう告げて、哀は椅子から立ち上がった。



 快斗が持ってきた差し入れのお菓子を食べながらお茶をしているあいだ、彼── 江戸川コナン、こと、工藤新一── は、哀と、哀をエスコートするように地下室から上がってきた快斗を交互に見つめていた。二人ともその視線には気付いていたが、気にすることもなく、阿笠の最近の発明品の話などを笑いを交えながらしていた。
 今日は調べたい物があるから、渡す物も渡したしこれで帰るね、とお茶を済ませた後、阿笠邸から帰っていった快斗を胡乱な眼で見送っていたコナンに、哀は釘を刺した。
「言っておくけど、ヘタに彼の事を詮索したりしないでね。彼が危ないから」
「どういうわけだ? ことと次第によるぜ」
「組織が本当に毛利探偵から手を引いたと思っているのなら大きな間違いよ。なのに、そこにいるあなたがヘンに彼のことを嗅ぎまわったりしてたら、組織に彼の存在がバレてしまうわ」
「どういうことだよ、分かるように説明しろよ」
「私と彼が知り合ったのは、アメリカにいた時、丁度今の体位の年齢の頃。彼は、できるなら組織も手に入れたいと思っていた程の私以上の天才。彼がアメリカにいた時は、自称彼の保護者たちの強力なコネで守られてたから組織も手を出せなかったけど、その彼が無防備に一般人のふりをして日本にいると分かれば、今度こそ彼を組織に引き入れようと彼等が動くのは目に見えてるからよ」
「分かったよ、俺はあいつのことは知らない、それでいいんだな?」
「ええ、そうよ。絶対に彼には関わらないで、彼のために」
── そして、あなた自身のために。

── Fine




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