その日は、阿笠邸にて珍しく志保と紅子の二人だけだった。
「私はね」
紅子は志保を前に切り出した。
「黒羽君に必要とされたかったわけじゃないの。愛してほしかったの。
最初はお告げで、彼だけが私の虜にならないと言われて、躍起になった。
なんとしても彼を落そうと魔力も使ったわ。
でも、結局そんなもの、彼に対しては何の役にも立たなかった」
「私は、必要とさえされなかったわ」
自嘲したように志保が呟いた。
「そんなことないでしょう。彼がアメリカにいた頃に知り合った貴方の存在が、彼の中でどれだけ大きかったか。貴方はいるだけで良かったのよ、貴方の存在が彼にとって救いだった。
だから彼、貴方を助けるために色々と手を貸したでしょう? あれは彼にとって貴方という存在がそれだけ大きかったからよ」
紅子は志保の言葉を咎めるようにそう口にした。
「貴方の存在だって、快斗君には大きかったと、いえ、今でも大きいと思うけど」
やり返すように志保が告げる。
「貴方がいなかったら、彼、死んでいてもおかしくなかったのでしょう? 例の最後の戦いの時」
「……それは認めるわ。確かに私の力で彼を引き留めた。でも本当の意味で彼を引き留める事ができたのは、白馬君の存在だわ」
「そうね。彼の存在が大きかったのでしょうね」
志保は紅子の言葉を認めるように頷いた。
「彼に生きる気力が、生きようとする気持ちが無ければ、黒羽君の白馬君に対する想いがなければ、たとえ私の全力を使っても、彼を引き留めることはできなかった。そこでもう、私たち、白馬君に敗けているのよね」
「そうなのよね。なんで快斗君、男に走ったのかしら? あれだけ女の子好きだって公言していて、実際女の子からのプレゼントだって喜んで貰ってるのに」
「思うに、結局、黒羽君は白馬君の押しに絆されてしまったのではないかしら。白馬君の黒羽君、いえ、最初はKIDにだったけれど、彼への執着は凄かったもの。確かにはじめの頃は探偵として純粋に怪盗である彼を追っていたのでしょうけれど、彼が何かを探していること、そして国際犯罪組織と敵対していることを知ってからの彼の動揺っぷりったらなかったわ」
「ああ、その辺は同じクラスだった貴方は良く知っていることね」
納得したように志保は頷いた。
「ええ。そして私も彼を失いたくは無かったから、協力者となった」
「羨ましいわ、その間、私は彼に対して何もしてあげることができなかった」
「志保さん、さっき言ったじゃない。貴方は存在しているだけで彼にとって大きな支えになっていたんだって。そんな自分を卑下するような言い方は止めて。そんなことを彼が知ったら、彼が悲しむわ」
「つまるところ、私たちは二人とも快斗君にとっては「I need you」であって「I love you」ではなかったのよね」
「そうね。彼にとってLoveを捧げたのは白馬君一人だった。だから彼は私に落ちなかったのよ。もし彼が落ちた相手が白馬君じゃなくて他の女── ああ、志保さんは別だけど── きっと呪っていたわ」
「それは怖いわね」
答えながら志保は微笑んだ。
「それにある意味、私たちって結構役得だと思ってよ」
「役得?」
「だって、彼と白馬君とのことを本当の意味で理解しているのは私たちだけだもの。何かあれば彼が相談してくるのは志保さんか私のどちらかでしょう? 他の女に対してはあり得ないことですもの」
「ああ、それは言えているわね。時々なんでそんな甘ったるい話をこっちに振ってくるんだ、って呆れる時もあるけれど」
「でもそれも考えれば、私たちが相手だからできることでしょう? そういう意味では、他の女から彼を独占していることになるのではなくて?」
「確かにそうかも。何せ相手は世界中のありとあらゆる男女を虜にしていた月下の奇術師ですもの、それでよしとすべきかもね」
「そういうことですわ」
フフフと紅子は微笑った。
── Fine
|