Un voyage U




「避暑に行きましょう!」
 夏に入ってうだるような暑さの続く夏休みに入ったある日、鈴木園子が言いだした。
 喫茶店で同席していた毛利欄、遠山和葉、中森青子は、この暑さから逃れたいと思っていたこともあって、即座に賛同を示した。
 とはいえ、青子は仕事の父親を一人残して自分だけ避暑に出るのに些かの抵抗感がありはしたが。その父親といえば、彼が長年追いかけていた怪盗KIDの死亡を受けて以来、多少意気消沈している。とはいえ中森の仕事はKIDを追うことだけではなく、事件が起きれば陣頭指揮をとっているが、それでもKIDを捕まえることができないまま、ICPOの死亡公表を受けた直後は落ち込んでいた。
 けれど父親を気遣う青子に、中森は、
「気にせず友達と楽しんできなさい」
 とGWの旅行の時も見送ってくれていたが。
 女性陣は、Wの時と同様、男性陣にも声を掛けた。
 まだいつどこに行くか、具体的に何も決まっているわけではないが、それは男性陣も含めての日程調整ということになったのだ。
 そんな次第で、ある日、旅行のプランを立てるために、米花町の工藤の家に皆が集まっていた。皆というのは、もちろんGWで一緒に旅行に行ったメンバーである。
 場所については、避暑ということからごく自然な流れで、「軽井沢」の名が挙がった。しかし今から手配してホテルなどとれるのか、ということを快斗が口にしたのだが、
「軽井沢でしたら、僕の家の別荘があります」
「俺んちもあるぜ」
「私の家もあるわ」
 順に、白馬、新一、園子である。
「凄いねー、別荘なんて」
 そう純粋に感心を示しているのは青子だ。
「でもこれだけの人数、大丈夫なの?」
 なんのかんので大人数だ。
「問題ないと思いますよ」
「うちは、大所帯向けじゃないな」
「私のところは、たぶん大丈夫だと思ったけど……」
 その流れで、宿泊先は問題ないと言い切った白馬の家の別荘ということになった。
「なあ白馬、もう一人、増えても大丈夫か?」
 快斗がさりげなく白馬に問い掛けた。
「大丈夫だと思いますが、そのもう一人って誰なんです?」
 その一人に興味を示したのは白馬だけではない。その場にいた皆の視線が快斗に集まった。
ここん家のお隣さん」
「宮野ぉ!?」
 隣、との言葉にそう声を発したのは新一だ。
「彼女、もう宮野じゃなくて阿笠でしょ」
 新一の言葉に快斗が突っ込みを入れる。
「なんや、黒羽はあの姉ちゃんの知り合いだったんかいな?」
 代表して快斗に問うたのは服部だ。
「子供の頃、アメリカで知り合ったんだよ。志保さんの都合もあるから、どうなるか分からないけど」
 そう答えた快斗に、新一は微妙な表情を浮かべた。
 そうだ、こいつはあいつの知り合いだったんだと、改めて思い知らされた。以前、まだ自分たちが薬の影響で小さな子供の躰になってしまっていた頃から、快斗は志保の、当時は灰原哀のところに出入りしていた。毒薬の完成も、志保曰く、快斗の協力があってのことだったのだと言われている。そして快斗のことに関しては探りを入れるなと念を押されていた。
 その時、玄関のインターフォンが音を鳴らした。
「誰だ、今頃?」
 この家の現在の主である新一がインターフォンの受話器を取った。
「はい」
『工藤君? 借りていた本を返しに来たのだけど』
 若い女性の声だ。
「ああ、開いてるから構わずに入ってくれ。今、おまえの話が出てたとこなんだ、丁度いいし」
『私の話? 一体どんな話なのかしら』
「とにかく入ってこいよ」
『お邪魔させてもらうわ』
 新一が受話器を置いたのと同時に玄関の扉が開く音がした。そして中に入ってきた人物が自分たちのいるリビングにやってくるのを、その人物── 阿笠志保── を直接知らない者たちが視線を向けて待っていた。
 程なくして入ってきたのは、赤みがかかった茶色の髪と榛色の瞳をした自分たちと同年代と思われる女性だった。
「あらあら、今日はまた随分と人数が集まっているのね」
「こんにちは、志保さん」
 代表するようにして快斗が志保に声を掛けた。
「こんにちは、快斗君。そう言えば、貴方、工藤君と同じ大学だったわね」
 答えながら、志保は持って来た本を新一に手渡した。
「で、さっき工藤君が私の話が出てたって言っていたけど、一体どういうことなのかしら?」
「実は軽井沢に避暑に行こうって話になってさ、宿泊先は白馬ん家の別荘なんだけど、志保さんも誘っていいか、って皆に聞いてたの」
「あら、本当? いいのかしら、部外者の私が入ったりして」
「部外者って、それは無いでしょう、志保さん」
「だって、皆大学で一緒になった友人たちでしょう? それからしたら私は立派に部外者だわ」
 今いるメンバーの中で志保のことを純粋に知らないのは、和葉と青子くらいのものだ。紅子は面識こそないが、志保の事は知っている、一方的にではあるが。
「気にすることはありませんよ。全く見知らぬ人ということではないのですから」
 宿泊先を提供する白馬がそう答えた。
 青子は、快斗のアメリカでの知り合いという言葉に、この人が、と思いながら志保を見ていた。
 青子は快斗が母親と共にアメリカに行った経緯を知っている。その頃の父親を亡くしたばかりの快斗は、それまでの明るさが嘘のように消え失せていた。それが数年して帰国した時は、かつての明るさを取り戻していた。その要因の一つに、アメリカで知り合った人に関係があるのだと、快斗から聞かされていた。そして今、その人物の成長した姿を見ている次第だ。
「それで、いつなの、その軽井沢に行くのは?」
「来週か再来週あたり?」
 日程についてはまだ本決まりではないのだと、快斗は志保に答えた。
「なら、日程的には問題ないわ。決まったら連絡して」
「そうする」
 志保と快斗の二人の遣り取りで、志保の参加は決まってしまったようなものだ。
 場所が既に志保も知っている白馬の家の別荘ということも大きかったのかもしれない。志保は快斗と白馬の関係を知っている数少ない人間の一人だ。その快斗と白馬がいいと言っているのなら、志保は同行することは吝かではない。むしろ理由もないのに快斗と白馬の誘いを断る方が、志保にとっては問題外である。
 そんな彼等の関係を知らない者たちは、これらの遣り取りだけで志保が旅行に参加することが決まったようなものであることに首を傾げている。
「じゃあ工藤君、確かに本は返したわよ。快斗君、またね。連絡を待ってるわ」
「うん」
 志保の、明らかに新一と快斗に対する態度の差に、白馬と紅子以外はまた首を傾げた。新一に対してはそっけない感じだったが、快斗に対しては親愛の情を見てとれたからだ。
 かつて志保が灰原哀としてあった頃のことを知っている服部などは特に顕著だった。
「黒羽、あの姉ちゃんと随分と親しいんやな」
「まあね」
 快斗は詳しいことを教える気はなかった。だが服部も志保の背景を知っているだけに、この場でそれ以上聞き出すことには躊躇いを覚えたのか、その先を口にすることはなかった。
「じゃあ、参加者は私たちの他に志保さんを加えてっていうことでいいのね?」
 蘭が気を取り直すかのように声を出した。
 志保と快斗、そして白馬の関係に疑問を持ちながらも、宿泊先の提供者である白馬がいいと言っているものを、あえて否定する者はこの場にはいない。
「じゃあ、日程決めましょ」
 園子のその言葉に、その場にいる者たちはカレンダーや己のスケジュールを確認しながら日程の調整に入っていった。



 そして翌々週の平日、人数が人数なので、レンタカーを借りて軽井沢に向かう快斗たちの姿があった。

── Fine




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