Un voyage




「旅行に行きましょう!」
 そう言いだしたのは毛利蘭だった。そしてそれに同調したのが、彼女の親友である鈴木園子と、何かと縁のあった遠山和葉、そして大学に入ってから友人となった中森青子。
 四人、一緒に行動していることが多い他の面子にも声を掛けた。
 すなわち、それぞれの幼馴染である元東の高校生探偵工藤新一、同じく元西の高校生探偵服部平次、黒羽快斗、さらには白馬探に小泉紅子といったメンバーである。大所帯だ。
 せっかくのGW、皆でどこかに行きましょうとのノリノリの女性陣に── 紅子は違ったが── 男性陣はたじたじだった。
 事件体質の元高校生探偵たちが一緒では事件に遭遇する確率が高く、快斗としては遠慮したいところであったし、白馬は白馬で、どうせ旅行に行くなら、快斗と二人でゆっくりのんびり過ごしたいと思った。
 しかし女性陣の押しの強さは凄かった。元探偵たちがなんとか断ろうと必死なのは目に見えていたが、快斗たちは取り合わなかった。一括りに見られるのに抵抗があったのもある。
 結果、女性陣の粘り勝ちでグループでの箱根ツアーとなった。快斗や白馬が祈るのは、事件に巻き込まれないことだけである。その点、赤の魔女である紅子さまにお願いしておけば大丈夫だろうか。それとも彼女が以前“光の魔人”と呼んだ工藤新一の事件体質の方が勝るだろうか。考えどころではある。



 そうしてはじまったGW、快斗たちは新宿から小田急線の特急ロマンスカーでの箱根入りとなった。GWの箱根とは、よくもまあ宿がとれたものだと快斗たち男性陣は感心しきりだったが、何のことはない、実は白馬の家のコネだった。
 箱根といえば温泉である。それが快斗が一番問題にしたところだった。
 快斗の躰には、見るものが見れば一目でそれと分かる銃創の痕が幾つもある。そんな躰を、探偵を自称する者たちの前に曝せるわけがない。それを察してか、白馬は快斗に「心配するようなことはありませんよ」と告げた。
 箱根に着いて、まずは宿泊先であるホテルにとりあえず荷物を置いて身軽になろうということになり、ホテルに着いた。チェック・インまでは時間があるので、ともかくクロークに荷物を預けるだけになった。
 それからガイドブックを片手に、箱根登山鉄道に乗り込む。
 団体旅行はあまり得意ではないらしい紅子は、話し掛けられればそれに応じはするが、あまり嬉しそうな表情ではない。
 最初に入った箱根の森美術館でことは起きた。何がといえば、事件体質の探偵がいるに相応しく、殺人事件である。美術館内のトイレで観光客の男性一人が刺し殺されているのを別の観光客が発見したのである。
 それを聞きつけた東西の元探偵たちは、慌ててそのトイレに駆け付けた。
 美術館の係員が警察に連絡を入れいている間、彼等は被害者に近寄り、既に息絶えていること、後ろから刺された一撃が致命傷であったことを瞬く間に突き止めた。
 美術館内は騒然とし、係員によって即座に出入りが禁止された。そこにはもちろんの如く、新一や平次の指示があってのことである。
 流石に美術館の係員も殺人事件などというものは想定外のことで、かつては新聞などのマスコミを騒がせていた新一や平次のいうことに何も不思議に思うことなく従った。
「やっぱ、おまえの魔術より“光の魔人”とやらの事件体質の方が上だったようだな」
「そうね。だからあまり来たくなかったんですけど」
 そっと会話を交わす快斗と紅子。そんな二人の様子を白馬は黙って見ていた。
 白馬にしてみれば、本来自分たちは何の捜査権もない一般市民であり、事件に自ら首を突っ込んでいくような立場ではないのだから。もっとも白馬のその考えも快斗の影響大であったが。
 しかし二人の自称探偵たちは違うらしい。警察が来るまでの間、1ヵ所に集められた美術館内にいた観光客や美術館関係者に勝手に事情聴取をはじめている。
 その様に、蘭や園子は相変わらずなんだから、とぷくっと頬を膨らませ、青子はすごーいと感心するように見つめている。
 我関せずを決め込んでいるのは、快斗、白馬、紅子の三人だけである。快斗たちは一般市民、ただたまたま事件が起きた時に美術館に居合わせた観光客に過ぎないという自覚でそこにいた。
 新一や平次は、同じ探偵を名乗る白馬が乗ってこないのを不思議に思いながらも、彼は怪盗KID専任で、殺人事件には興味はないのかもしれないと単純に割り切ったようだった。
 やがて地元の警察が到着した。
 それまでの手際の良さに、警察関係者たちは新一と平次を誉めながらも、素人の出る幕ではないと冷たくあしらった。
 これが彼等の地元である東都や大阪であったなら警察の態度はもう少し、いやもっと変わったものになっていただろうが、生憎とここは彼等の地元ではない。そして彼等にとっては、新一や平次も他の観光客と同じ存在なのである。探偵と名乗っても、所詮素人であり、彼等は警察から見れば探偵ではない。
 半ば無視されるような形になっている新一と平次だったが、彼等は刑事に食いついた。
 警察が到着する前に自分たちが調べ上げた事実を述べ、自分の意見を述べ、そして刑事のお叱りを受けた。
 曰く、君たちは探偵といっているが素人の学生であって、ここは素人の出る幕ではない。自分たちからすれば、君たちもまた事情聴取の対象者であるに過ぎないと。
 それが本来の警察の彼等に対する対応の在り方であり、東都の目暮警部や大阪の警察の在り方の方が本来問題なのである。だが、それまでの在り方にあまりにも慣れ過ぎていて当然のことと受け止めていた二人は納得しない。どこまでも刑事に食い下がろうとする。
「馬っ鹿じゃないの、あいつら」
 KID時代、さんざん新一に「貴方は探偵などではない」と告げていた快斗は小さく呟いた。
 その呟きを耳ざとく聞きつけた白馬は苦笑を零した。それはかつての自分の姿でもあったからだ。
 結局、その日は二人はそれ以上事件に介入することもできず、ただ、事件現場である美術館にいた者として、氏名と滞在先を尋ねられるに留まった。
 後味の悪い美術館を出て、快斗たちはその後の予定をキャンセルし、宿泊先のホテルに戻った。幸いチェック・イン可能の時間は過ぎている。
 ホテルでの部屋割りは、トリプルが一部屋にツインが三部屋。つまり蘭と園子に和葉で一部屋、青子と紅子で一部屋、新一と平次で一部屋、白馬と快斗で一部屋である。成程、確かに白馬が前もって言っていたとおり、何も心配するおとはない。幸い内風呂も温泉であり、わざわざ大浴場に足を運ぶ必要もない。
 夕食は食事処の一室で皆で揃って摂った。
 その間、新一と平次は昼間の殺人事件に話を咲かせ、女性陣は呆れてそれを見、快斗と白馬は相変わらず我関せずで二人で会話を続けていた。そこにたまに紅子がちゃちゃを入れるように加わっていたが。
 翌日、ホテルを出た快斗たちは芦ノ湖を目指したが、新一と平次は諦められないのか、他のメンバーの制止を振り切って昨日の事件現場である箱根の森美術館へと足を向けた。
 蘭たちは諦めたようにそれを見送り、残ったメンバーで予定通り芦ノ湖へ。昨日の事件を忘れ、遊覧船に乗って一時を楽しんだ。
 二人だけではないとはいえ、蘭たちは快斗と白馬によけいな詮索を掛けてくるようなこともなく、その日は1日中観光と美味しい食べ物に思い切り楽しんだ。
 夕方ホテルに戻ってみると、既に新一と平次が戻っていて、どうやら地元警察には全く相手にしてもらえなかったらしいことが察せられたが、それは彼等の問題であって、自分たちには関係ない。半ば無理矢理引っ張ってこられたとはいえ、旅行を楽しみにきたのであって、事件に関わり首を突っ込むために来たのではないのだから。
 白馬は、快斗に「今度は二人でゆっくりとどこかに行きましょう」と話し掛け、紅子はそれを優しげな瞳で見つめていた。
 瀕死の重傷を負い、死を危ぶまれ、紅子がその持てる力の全てを掛けてこの世に引き戻した存在。その彼が幸せであるならば、その傍らに立つのが必ずしも自分でなくてもよいと、今は達観している。何よりも幸せそうにしている快斗と白馬の様子を見守っている方が楽しい。
 青子は幼馴染の快斗が自分から離れてしまって些か寂しげな様子を見せているが、いずれ青子も自分に相応しい相手を見つけることだろう。
 2泊3日の短い旅行、事件の現場にいながら警察には全く相手にされず干されたことに対して恨みつらみを抱いた新一や平次と違って、女性陣は初日は確かに事件に遭遇し散々だと思ったが、それ以降は事件に関わろうとする新一や平次を無視してそれなりに旅行を楽しんだらしい。
 白馬は先に快斗に告げたように、今度は二人だけでの旅行の約束をとりつけ満足そうだ。
 そうして新一と平次にとっては不満足な、しかし他の者には充分に堪能できた旅行は終わりを告げた。

── Fine




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