Phantom thief and witch




 満月が輝くある夜、東都タワーの展望台の上に一つの影が降り立った。
 その影こそは、怪盗KID。“月下の奇術師”、星の数程の顔と声を持ち、全世界の警察を手玉にとる“確保不能の大怪盗”、“現代のアルセーヌ・ルパン”等々、様々な名で呼ばれ、ICPOからも国際指名手配されている怪盗である。主にビッグジュエルを目当てに盗みを働きながら、何故かその盗んだ宝石を返却しているという、一体どういう理由でそんなことを繰り返しているのか、中には単に“愉快犯”と言っている者もいるが、実のところは誰も知らない。しかし、彼が世界的に有名な怪盗であることに違いはない。
 しかも、彼はあまりにも怪盗らしからぬ装束で活動している。一部を除いて、シルクハット、スーツにマント、手袋、靴と、全てを白で統一し、さらには古風にも片眼鏡(モノクル)までしている。そして、盗む前には必ず予告状を出し、知られている限り、それが破られたことはない。
 今宵もまた、彼を追う警察を手玉にとって、無事に目的の獲物を盗み出したKIDは、降り立った展望台の上で、懐から出した今宵の獲物である宝石(ひめぎみ)を月に翳した。
 何故、彼がそのようなことをしているのか、知っているのは極一握りに者だけだ。ましてやその意味、となればなおのこと。KIDを追っている警察や探偵は、そのことを全く知らない。その儀式ともいえるようなことだけではなく、何故ビッグジュエルだけを盗むのか、ということすら。いや、一人だけ例外が存在するが、彼は既に全てを知ってしまったことで、逆にKIDを追うことを止めている。
 KIDは月に翳した宝石が何の変化も見せないのを確認すると、大きく溜息を吐いて、宝石を懐に仕舞いこんだ。
「今夜も無事に済んだようだけど、でも、やはり目的のものとは違ったようね」
 ふいに一人の若い女性のものと思われる声がKIDに掛けられた。
 KIDは気配からその存在に気付いていたのか、驚いたふうもなく、その声のした方に顔を向けた。
「これはこれは赤の魔女殿。こんな夜分にこのようなところまでおいでになるとは、何かありましたか?」
 KIDから“赤の魔女”と呼ばれた少女は、10代後半の、見惚れない者はいないだろうと思われる程の美貌と、若干赤みを帯びた背の中程過ぎの黒のストレートの髪、そしてKIDとは対象的に黒一色のドレスに身を包んでいる。羽織っているショールすら黒だ。
「それが、何と言ったらいいのかしら。呼ばれたような気がしたのよ。どうしてもここに来なければならないような……」
 彼女の答えに、彼女自身にもよく分かっていないのだろうとKIDは思った。けれど同時に、何故、という疑問が湧く。
 その時、突然何の前触れもなく、白い球体が二人を包み込んだ。
「魔女殿!?」
「こ、これは、私ではないわ。私は何もしていない。私は関与していない。何か他の……」
 二人の意識は、そこで何かに包まれるように途切れた。





 二人が意識をはっきりとさせた時、周囲の様子の変化に唖然とした。
「これは一体……?」
「さして気を失っていたような気はしないのですが」
 二人は、謎の白い球体に包まれる前と同様、タワーの展望台の上に立ったままでいる。
 しかし、周囲は一変していた。月の出ている深夜だったはずなのに、今は昼間で、青空には太陽がある。そして己たちのいるタワーの上部は失われ、周囲の町並みは、まるで激しい震災か、戦争による攻撃を受けた後のようになっており、多くの瓦礫と壊れた家々がそちこちに建っている。そして彼方には、整えられた近代的な街並みが見える。
「……ここは、さっきまで私たちがいた世界とは次元が違いますわね。多分、誰かが私たちを召喚したのだわ、きっと」
 少し思案してから、赤の魔女と呼ばれた少女はそう呟いた。
「次元が違う? 召喚した?」
 そう繰り返すように口にしてから、KIDは思わず振り向くと、誰もいないように思われる方に向けて声を掛けた。
「そこにいらっしゃる方、お姿を見せてはいただけませんでしょうか? 彼女の言葉が事実なら、貴方が私たちをこの世界に呼び寄せた方なのでしょうから」
 KIDのその言葉に、物陰から一人の、ライトグリーンの色の髪をした少女が姿を現した。
「流石だな。私は、永遠を生きる不老不死の魔女、C.C.。おまえたちを召喚()んだのは間違いなくこの私」
「不老不死?」
 その一言にKIDは眉を顰めた。彼が怪盗としてとある宝石を探しているのも、それが要因の一つであるのだから。
「とりあえず、ここで話を、というのもなんだ。場所を移そう」
 C.C.と名乗った少女に二人は頷いた。確かに、地上よりずっと上にいるとはいえ、このような場所で、今のKIDと今一人の少女の服装を考えれば、いつまでもここで話し続けるのは問題だろう。それに、思うに話は長くなりそうな気配が見てとれる。ならば場所を移すのは当然のことだろう。
「では暫しお待ちを」
 KIDは一言告げた。と同時に、ポンッと軽い音がしてKIDが煙に包まれ、それがあっという間に晴れると、そこにはそれまで白に身を包んだKIDではなく、シャツの上にジャケットを羽織り、Gパンをはいた一人の少年が立っていた。気付けばもう一人の少女も、黒のロングドレスから一般的なワンピースを纏った姿に変わっている。
 その様に一瞬目を瞬かせたC.C.だったが、彼女は直ぐに我を取り戻した。これくらいのことが出来る者でなければ、彼女が彼らを呼び寄せた目的は果たせないだろうから。
「では行くぞ」
 C.C.を先頭に、三人は場所を移すためにそこから移動した。
 C.C.が二人を案内したのは、もちろん二人には分からないことだが、C.C.が共犯者と呼ぶルルーシュがかねてから用意していた隠れ家の一つで、租界に近いゲットー内にある一軒の屋敷だ。
 C.C.は二人を中に入れ、リビングのソファを勧めると、自分はキッチンに入って、二人と、そして自分のための飲み物を用意してリビングに戻り、一人用のソファに腰を降ろした。
 この様子をC.C.のことを知っている者が目にしたら、信じられない、と思ったことだろう。C.C.が自分のために他人に何かをさせることはあっても、このような場合、そのC.C.が自ら他人のために動くようなことはないからだ。しかしそんなことを知らない二人からしてみれば、C.C.は自分の何らかの目的のために二人を呼び寄せたのであり、ならば彼女が二人のために動くのは当然のことと考えている。
「まずは、名前を聞きたいな。名を知らないと呼ぶのに不自由だ」
 C.C.はコーヒーを注いだカップに一口、口をつけた後にまずはそう告げ、その言葉に、二人は顔を見合わせた。
「あら、知っていて私たちを呼んだのではありませんの?」
「誰が来るかは分からなかった。私はただ、私の目的を果たす能力のある者を望んだだけだ」
「ならば仕方ありませんわね。私は赤魔術の正当なる後継者、小泉紅子。彼は……」
 まずは少女の方が名乗り、それから、彼女はもう一人の彼に視線を移した。
「私は怪盗KID。ですが、今はそうですね、克樹、とでも呼んでください」
 KIDが本名を名乗らずに仮の名を告げたことで、紅子は、彼はここではあくまで怪盗KIDとして存在するのみなのだと察した。
「魔女と怪盗、か。面白い組み合わせだな」
 そう言って、C.C.は軽く笑った。
「何が目的でおまえたち二人を呼んだのか、それを知りたいだろうが、その前に、まずはこの世界のことを話しておいた方がいいだろう。あのタワーで、紅子、といったか、おまえが言っていたように、ここはおまえたちがいた世界とは別の次元世界。ここがどういったところか知らないでは、如何ともしがたいだろう」
「仰る通りですね。ついでに言わせていただければ、私たちには必ずしも貴方の目的を果たしてやる義理もない、ということもご承知おき願いたい。その気になれば、私たちは赤の魔女殿の力で自分たちの本来の世界に戻ることが可能だと思いますので」
「その通りだな。だが、叶うなら、私の話を聞いて、そして私の願いを叶えて貰いたい」
「では、お聞きしましょう」
 KIDのその言葉に、C.C.はまずはこの世界の現状から話し始めた。先に用意していたのだろう、二人が案内されたリビングのテーブルに既に置かれていた幾つもの本、書類等々を広げながら。その中には、最近の新聞や、世界地図もあった。
「神聖ブリタニア帝国……。私たちの世界に照らし合わせれば、アメリカとカナダ、そしてメキシコをはじめとした中南米諸国が本国、ですわね。エリアと呼ばれる植民地を別としても随分と壮大な国家ですこと」
「それに、絶対専制君主制の皇帝ですか。科学の発展とかも、随分と偏りがありますね。世界的に戦争状態が長く続いているから、でしょうか?」
「ですが、ブリタニアで使われている言語はほぼアメリカ英語。ならば調べるのにさして苦労はないのでは?」
「そうですね、それは助かります」
 克樹と呼んでくれと言ったKIDは、新聞を手にしながら紅子の問い掛けに頷いた。
「で、肝心の貴方の目的とは?」
 紅子の促しに、C.C.は口を開いた。
「そうだな。だが、先に事の発端から始めた方が理解しやすいだろう。長い話になるが」
 そうしてC.C.が話し出したのは、ブリタニアの先代皇帝であるシャルルが、子供の頃に目の前で母親である皇妃を殺され、兄と約束をしたところから始まった。
 C.C.が先に告げたように、それは長い話だった。途中で一度休憩をはさみ、コーヒーも淹れなおした。
 そして話は、現在の皇帝であるるルルーシュと、その騎士である、死んだことになっている枢木スザクが為そうとしているゼロ・レクイエムにまで至る。
「つまり貴方の目的とするところは、そのゼロ・レクイエムを中止させ、ルルーシュ皇帝の命を救いたい、ということでよいのでしょうか?」
 最後まで聞くことなく、KIDはそう結論を出してC.C.に訊ねた。
「そうだ。よく分かったな」
「分かりますよ、ここまで話を聞けば」
「それでどうしますの、KID?」
「何、簡単なことです。とはいえ、そのための用意は大変ですが」
「それは?」
 C.C.が身を乗り出すようにしてKIDに問い掛けた。
「ルルーシュ皇帝がゼロであったこと、彼が行ったこと、先代シャルル皇帝たちがやろうとしていたこと、黒の騎士団や超合集国連合がゼロに対して行ったこと、そしてゼロ・レクイエムの計画と、ルルーシュ皇帝の命を奪うことになっているという枢木スザクの正体を晒す、つまりはその仮面を奪うこと。要は、世界に対して全てを明らかにすることです」
 C.C.はKIDの言葉に眉を寄せた。
「確かに、黒の騎士団がゼロを殺そうとしたこと、その際、ゼロは自ら仮面を外しているから、ゼロがルルーシュであったことは証明出来る。その時の映像があるからな。だがそれ以外は……」
 証拠が無いのだ、とC.C.は言外に告げる。それに対して、紅子がホホホ、と微笑(わら)った。
「何のために私がおりますの。私に見えないものはありませんわ。後は私が見たものを映像化すればいいだけのこと。そしてそれらをそのパレードの時に流せばいいのですわ」
 そう言って、紅子は何処から取り出したのか、一つの水晶球をテーブルの上に置いた。
「映像化までは、お任せしても?」
「貴方がそう望むのならばいくらでも、KID」
「そうしたら、後は当日、その映像を流す手配と、枢木スザクからゼロの仮面を奪うことですね。それは私に任せていただきましょう」
 二人は、C.C.が呆れるくらい簡単に、C.C.の目的を果たすための手順を話した。
「それでは、やってくれるのか?」
「ええ、もちろん。そのやめに私たちを呼んだのでしょう?」
「世界をたった一人の命でどうにかしようなんて考えは間違っていますよ。世界はそんなに簡単ではありません。ルルーシュ陛下がどのように望み、そのための用意を整えようと、その世界はそう遠からず滅びますよ。滅ぶ、というのはいささか大袈裟な言い方ですが、伺った話から後に残られる方々のことを考えれば、ルルーシュ陛下の望まれるような世界にはなりえないと思います。ルルーシュ陛下が全てを背負って逝くというのは無理が有り過ぎます。たとえそれが彼の本当の望みであり、彼の心に安寧を齎すことになるのだとしても。それでも、やはりそれは誤った考えだと思います。彼にしてみれば、それによって己の為してきたことに対する償い、ということなのかもしれませんが、償いの方法はそれだけではありません。生きているからこそ出来ることがあり、今回について申し上げれば、その方がよりこの世界のためになると思えますから」
「それで、その肝心の日はいつですの?」
「今日を含めて10日後だ」
「なら、時間的には十分ですわ」
「コンピューターはありますか? それで私も準備を進めます」
「コンピューターならこの屋敷の地下に。ただ、おまえたちの知る物と同様の物かどうか、つまり、使える物かは分からないが」
「その点は大丈夫ですわ。KIDはIQ400と言われていますけれど、正確に言うなら、測定不能の能力の持ち主。いわば天才。いえ、鬼才と言ったほうがいいのでしょうか。10日もあれば十分なはず。ですわよね、KID?」
「なんだか化け物と言われているような言い方ですね、魔女殿。ですがC.C.殿、赤の魔女殿の仰る通り、大丈夫ですよ。実物はまだ見ていませんが、考え方というのはそう変わらないはずですし、日常使われているのは私たちにも分かるアメリカ英語とほぼ同じ。問題はないと考えていいでしょう。とりあえず、コンピューターの置いてあるという地下にご案内願えますか?」
 KIDの言葉に光明を見出し、C.C.は「分かった」と頷いて、二人を地下に案内するために立ち上がった。



 ゼロ・レクイエムが行われる日の前日、ルルーシュの使っている部屋の居間のテーブルに、一枚の紙が置かれていた。
 いつ誰がこんなものを、と首を傾げながら、ルルーシュはそれを手にした。それは本当にただの一枚の小さなカードと言えるような紙に過ぎず、害があるものとは到底思えなかったからだ。


『 明日 晴れの舞台にて
偽りの仮面をいただきに参上する
                 怪盗KID 』



 何の飾りもない一枚のその紙に書かれていたのは、それだけだった。
 ルルーシュは、書かれている内容について考えてみる。
 明日、それはゼロ・レクイエム最後の日、全てが完了する日。晴れの舞台、とはその時のパレードのことか。しかし偽りの仮面とは何を指しているのか。仮面、とだけ考えれば、ゼロの仮面のことかと思えるが、それにしても、それにわざわざ「偽りの」と付けられたのが気にかかる。ゼロの中身のことを指して、それが本来のゼロではないことから言っているのか、それとも、己が被っている独裁者としての、暴君たる悪逆皇帝としてのことを指しているのか。そもそも怪盗KIDとは何者なのか。今まで一度として聞いたこともない名だ。
 そしてそれ以前に、この場所に、メモといってもいい程度ではあるが、自分に知られずにいつの間にかこのカードが置かれてたことが疑問であり、問題だ。
 警戒厳重な、ましてや皇帝たる己の使っている部屋に、一体誰がどのようにして置いていったのか、大いに疑問でならない。
 そして書かれている内容。はっきりとは理解出来ないが、まるで明日行われることを知っているのではないかと思わせるような内容。しかし、計画を知っている者の中に、このようなことが出来る者がいるとは到底思えない。
 C.C.が、口にしては言わないが、計画に反対しているのは知っている。スザクやニーナを除けば、他の者たちも少なからず拒絶する部分があることも承知している。しかし、ジェレミアとC.C.以外は牢獄に入れてあるし、スザクは隠れている。何より、ルルーシュの命を、と望んでいるのはそのスザクだ。ある意味、このゼロ・レクイエムはスザクがいるから、彼の言葉があったから考え付いたものといって決して過言ではないのだ。そう、これはスザクに、かつて彼の主であったユーフェミアの仇を討たせてやるという、彼との一種の契約でもあるのだから。
 そしてよくよく考えてみれば、計画は明日に迫っている。そして怪盗KIDと名乗る者がどのような者か知れないが、あの、ゼロに扮することになっているスザクの身体能力に勝っているとは到底思えない。それ程の者が存在するとは考えられない。それ程に、スザクの身体能力は高い。ならば心配することなどないだろうと思う。だから計画は無事に済むはずだと、ルルーシュはそう思う。
 故に、ルルーシュはその紙片を無かったものとして捨て去り、誰に告げることもしなかった。それが大きな間違いだったと気付くのは、全てが明らかにされた後のこととなる。



 翌日、皇帝直轄領となっているエリア11のトウキョウ租界、そのメインストリートをパレードが進む。沿道の両脇は民衆で埋め尽くされている。
 アナウンサーは世界唯一皇帝となったルルーシュを讃える声を発しているが、周囲の民衆は、ひそひそと罵りの言葉を呟いているだろうことは、はっきりとは聞き取れなくとも十分に分かる。
 運ばれている、磔にされた戦犯たち、中央をKMFや兵士たちに守られながら進む皇帝ルルーシュ。
 ふいに、その進行が止まった。見れば、真正面に、黒の騎士団が正式に死亡を公表した仮面のテロリスト、ゼロの姿。
 全て予定通りだ、とルルーシュは思う。
 ゼロは浴びせ掛けられる銃弾を掻い潜りながら、ルルーシュの元へと駆け寄ってくる。
 ルルーシュの忠義の騎士たるジェレミアをやり過ごし、ゼロはルルーシュの玉座の置かれた台の手前まで進んできた。そしてそのまま駆けあがろうとしたところに、バシュバシュバシュ! と音がして、ゼロの足が止まった。よく見れば、ゼロの足元の前にはトランプカードが突き刺さっており、次の瞬間、それらのカードが小さな音を立てて爆発した。
 一体何事が、と、周囲の民衆をはじめとした者たち全員といっていいだろう、視線がゼロとルルーシュに集中する。そして気が付いた。今、ルルーシュは立ち上がり銃を取り出しているが、それまで彼が座っていた玉座の背もたれの上、細いそこに、一組の男女が立っていることに。
 一人は、深く被られたシルクハットと片眼鏡で容貌は分からないものの、体型から明らかに男性と思われる、白を纏った人物と、それとは対照的に黒一色に身を包んだ妖艶な若い美少女。
「Ladys and Gentlemen, it's Show Time !」
 白を纏った人物が、決して大声ではないが、よく通るテノールで告げる。
「貴様、一体何者!?」
「おや、ルルーシュ皇帝陛下。私は昨日、貴方に予告状を差し上げたはずですが」
 そう告げられて、ルルーシュは無視して捨て去ったカードを思い出した。
「あれか! では、貴様が、怪盗KID、という奴か!?」
「ええ、そうです。ある方に呼ばれて頼まれごとをされたのですよ。それで、本来でしたら私が獲物とするのはビッグジュエルのみなのですが、今回は、その方の依頼に応じて変えました」
 言い終えると同時に右手の指をはじく。それを合図とするかのように、町中の高層ビルの上にある大きなモニターに、様々な映像が映し出される。
 その中でも民衆の興味を引いたのは、黒の騎士団の、おそらくは戦艦の格納庫らしき場所で、黒の騎士団のメンバーがゼロに銃を向けているところだった。その中、ゼロは仮面を外し、そこから現れたのは誰あろう、皇帝ルルーシュの顔だった。銃が発射され、けれど、彼は彼を守るKMFによって連れ出された。それからアッシュフォード学園での超合集国連合との臨時最高評議会の後だろう、死んだと思われていたエリア11総督ナナリーとの会話。その中で、ナナリーは自分は実兄たるルルーシュの敵だと、さらに彼がゼロだったことを告げ、そしてさらには、帝都にフレイヤを投下したことまで認めていた。ルルーシュは多くのデータの偽造をしていたのだが、そのことまで明かされていた。悪逆の限りをつくす独裁者のように、やってもいない無体なことをを己がやったこととし、また、ペンドラゴンの住民は、己が死に至らしめたも同然のように偽装していたのだが、すべて無駄になってしまった。ルルーシュが奪取したダモクレスを、フレイヤごと、太陽に向けて軌道を変えたこと。そして何故か、この現実世界ではない、Cの世界であった、ルルーシュとその両親、シャルルやマリアンヌとの遣り取り、そこであったことも含め、映像はしっかりと映し出していた。そしてそこで全てが終わった後、枢木スザクがルルーシュに向けて「ユフィの仇だ」と言った部分も。さらにはそんな枢木スザクに対して、シュナイゼルが持ったまま行方不明になっているフレイヤのことを告げ、その始末と、その後の世界のためにルルーシュが考えたゼロ・レクイエムの計画を話している場面まで。
 今、民衆の前で行われていること、行われようとしていたことは、まさしくその映像の中にあることそのままで、人々は分からなくなる。一体、何が正しいのか。
「そういうことですので、その仮面、いただきますね」
 KIDと名乗る人物は、己が立っていた玉座の背もたれの部分からひらりと飛び降り、ゼロの後ろに着地すると同時に、ゼロの動きを封じた。
「な、何をっ!?」
「もちろん、つい先程言いましたでしょう、その仮面をいただくんですよ。枢木スザク殿」
 ゼロは必死に抵抗したが、KIDに抑え込まれ、全く身動きが取れない。それ程強い力で抑えられているわけでもないのに、何故、身体能力を誇る自分の力で振り解くことが出来ないのか、ゼロ、いや、スザクには理解出来ない。それはKIDがうまく関節を抑えていることに加え、今一人の人物、玉座の背もたれの上に残っている少女、赤の魔女たる紅子がKIDに力を貸していたりするのだが、それを知るのは当事者たるKIDと紅子だけだ。
 そうこうするうちに、KIDの手がゼロの仮面にかかり、剥いでしまった。そこから現れたのは、確かにフジ決戦において死んだと思われていた、ナイト・オブ・ゼロであった枢木スザク以外の何者でもなかった。
 そうして民衆は知る。モニターに映し出された映像は、作り物などではなく、真実なのだと。
「ルルーシュ皇帝、貴方は甘すぎる。そして優しすぎる。
 貴方が全ての負を追って死ぬことで、本当に世界が変わるなどと思っているのですか? それで負の連鎖に終止符が打たれるなどと。
 残念ですが、そんなことはあり得ません。貴方が愛している世界は、人々は、それ程簡単な存在ではないのですよ。
 それまで敵として戦っていた大将のみの発言で、当事者たる貴方の言葉を何一つ聞くこともなく、自分たちに都合のいいように貴方を利用するだけ利用した挙句に殺そうとし、日本の返還だけを求めた黒の騎士団の日本人幹部たち、あれだけ貴方に愛され慈しまれて育てられた貴方の妹は、貴方の真実を知らず、知ろうともせず、ただ、自分の命を救ってくれた異母兄(あに)の言葉だけを信じて貴方を敵と言い切り、自国の帝都たるペンドラゴンには1億に上らんとする民がいるにもかかわらず、異母兄の諫言を信じてフレイヤという大量破壊兵器の投下を認め、その前に発射されたこのエリア11での被害とあわせれば、1億数千万という膨大な人数を殺傷した。超合集国連合とて、臨時最高評議会での、一国の、しかもブリタニアという大国の君主たる貴方に対する態度を考えれば、とてもではないが、いきなり貴方に対して“悪逆皇帝”発言した上に檻に閉じ込めた議長はもちろん、他の者たちとて、一国家の代表たちの集まりというにはあまりにもお粗末すぎる。
 この枢木スザクとて、自分は被害者だと、貴方に大切な主を殺された被害者だと、その考えだけで貴方を否定し、貴方と貴方の妹に嘘をつき続け、己の出世のために、命令のままに大勢の人間を殺してきた。そう、彼にとっての誰かのユーフェミアを。そればかりか、友人である貴方を己の出世のために売り、アッシュフォード学園では、彼を受け入れていた生徒会のメンバーにまで、シャルル皇帝が記憶改竄のギアスという力を使うのを助けた加害者でありながら、そんなことに気付いてもいない。自分が彼らに何をしたのか、何も理解していない。貴方の力は否定したのに、シャルル皇帝の力は肯定し、それをアッシュフォードの生徒会メンバーに対して使った。なんの疑念も後悔も、ましてや加害者であるという自覚も何一つないままに。それの何処が正しいと言えるのでしょう?
 そしてもう一つ。ルルーシュ皇帝、貴方にお聞きしたい。貴方にとって大切なのは、貴方から与えられる献身を当然のこととし、貴方のこよを何も理解することなく敵対することを選び、数多(あまた)の民衆を殺した妹ですか? それとも、貴方に暴言を吐かれながらも、真実、貴方を兄と慕い、貴方を守って死んでいった弟ですか?
 死ぬことだけが贖罪とは限りません。貴方は生きて、そして善政を施いてこの世界を導いていく者の一人となることこそが、真の贖罪であり、貴方を思いながら死んでいったユーフェミア皇女やシャーリー・フェネット、そして弟であったロロの望みなのではないですか?
 私が言ったことは、何処か間違っているでしょうか?
 このことについて、本当の正解などというものはないのかもしれません。ですが私は思います。貴方はご両親がやろうとしたこと、人々の意識を統一するということを否定し、シュナイゼルのフレイヤによる恐怖政治を否定し、明日を望んだ。ならば、貴方はご自分が望んだように、明日を望み、よりよい明日のために生きるべきだと」
 そこまで告げると、漸くKIDはスザクの拘束を解いた。
「それでは赤の魔女殿、やるべきことは終えました。私たちを元の世界に戻してもらうために、私たちを呼んだ方のところへ参りましょう」
「そうね、KID。でも、最後に私からもルルーシュ皇帝に。
 生きてくださいね。私たちが呼ばれて頼まれたため、とはいえ、貴方のためにしたことを無駄になさらないでください。そして貴方が生きることを望んでいる方々がいることを忘れないでください」
 そう告げると、赤の魔女たる紅子はKIDの傍らに降り立ち、それを待っていたかのように、KIDは煙幕を張った。それが消えた時には、二人の姿は何処にもなかった。
 残ったのは、玉座の前に呆然と立ちすくむルルーシュと、仮面を取られ、ゼロの衣装を纏ったまま、力が抜けたように跪いている枢木スザク。そしてそれを見つめる人々。
 民衆の間には様々な会話が飛び交う。
 考えてみれば、ルルーシュは超合集国連合の臨時最高評議会で、議長である皇神楽耶に“悪逆皇帝”と呼ばれるまで、ナンバーズ制度を廃止し、エリアを解放することを約し、援助を行い、皇族特権や貴族制度を廃止し、財閥も解体、加えて不公平だった税率も見直した。優れた為政者だったのは間違いない。決して超合集国連合の議長が言ったような存在ではなかったし、中継されていた議場で黒の騎士団の幹部たちがしたことは、本来、超合集国連合の外部機関であるにすぎず、彼らに発言権はないのであって、武力を背景とした内政干渉でしかない。そして今、目の前にいるルルーシュとスザクの様子を見れば、彼らが為そうとしていたことは、どうやってか姿を消したKIDと名乗る人物が、映像で見せ、そして告げた通りなのだと察することが出来る。
 疑問は残る。全てが完全に解明されたとは思えない。だが少なくとも、明らかにされたことに、嘘偽りはなかったと思えるのだ。だからこのままルルーシュ皇帝によって善政を施いてもらえるのなら、それが一番良いのではないかと、人々の考えは自然と纏まっていく。
 そんな思いが伝播していったのか、自然と、民衆の間にルルーシュを讃える声が出てきて、そしてだんだん大きくなっていく。
「「「オール・ハイル・ルルーシュ、オール・ハイル・ルルーシュ! オール・ハイル・ルルーシュッ!!」」」
 それは、決して言わされてのものではない、民衆自身の中から生まれ出た声だ。
「……俺は、生きていていいのか……?」
 ルルーシュのその呟きを耳にした沿道にいた民衆が声を掛ける。
「生きてください、陛下!」
「もちろんです、陛下!! そして、私たちによりよい明日をください」
「貴方は私たちの誇りです! これからも私たちを導いていってください!」



 その頃、町はずれの教会の中、ルルーシュたちの前から姿を消したKIDと紅子はC.C.と共にあった。
「よくやってくれた。感謝する。この礼は何ですればよい?」
 C.C.を知る者が聞いたら己の耳を疑ったことだろう。C.C.がそんなことを言うなんて、と。
「礼など結構ですよ。随分と興味深いことでしたし、私も彼の命が失われるのは惜しいと思ってやったことですので」
「私もですわ。それに随分と楽しかったですし」
「ああそうだ、もしよかったら、今度は貴方が私たちの世界に来てください。貴方の不老不死の状態についてとても興味が出たので、出来るなら少し調べてみたいとも思いますから」
「でもただ一つ頼むとしたら、帰していただく場所は、私たちを呼び出した時と場所にしてくださいね。でないと、その間、あちらの世界では私たち二人は行方不明だったということになってしまいますから。それだけはお願いしますわ」
「もちろんだ、それは叶えさせてもらう。でないと、おまえたちの周囲の者に迷惑を掛けてしまうからな。それからKID。おまえの言う通り、可能であるようなら、今度は私がおまえたちを訪ねよう。それでもし、この不老不死の呪いが解けるようなことがあれば、私はそれが何よりだ。だがそうなったら、私はおまえたちに借りばかりになってしまうな」
 笑いながら告げるC.C.に、紅子もまた微笑みを浮かべながら応じた。
「そんなこと、気になさることはありませんわ。KIDは元々女性には凄くフェミニストですし、それに、女性ではなくても、困った人がいると、決して見捨てておけない、とても優しい人ですから。KIDである時も、KIDでない時も」
「何こっ恥ずかしいこと言ってやがる、紅子!」
 KIDはつい、昼間の彼の状態で紅子に言葉を投げつけてから、しまった、という顔をした。
 そんな様子の二人を見ながら、それでは送ろう、とC.C.は告げ、呼ばれた時と同様に、彼ら二人は白い球体に包まれ、C.C.の前から姿を消した。
 それを見届けてから、C.C.は、さて、今頃自分の共犯者は一体どのような顔をしているだろうかと、そしてこれから先、彼らがしてくれたことをきっかけにして、ルルーシュが殺されて終わりではなく、今後、彼の素晴らしい治世が続くことを楽しみに、教会を後にしたのだった。

── Fine




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