Tu es plus beau qu'une rose




 街の郊外といっていい場所にある、普段は一般公開されていない薬草園が、特別に1週間だけ一般公開されるという情報を最初に得たのは志保である。
 志保はさっそくその情報を紅子に伝えた。
 結果、二人ともその薬草園に出かけようということになったのだが、いかんせん、二人とも己の外見は自覚している。ましてや紅子には魅了の力がある。つまり、特に術を使わなくとも男どもが寄ってくるのだ。そんな状態になったら、ゆっくり鑑賞どころの騒ぎではあるまい。志保とて、紅子ほどではなくともそれなりに人の注目を集めるだろう自覚は多少はある。そこで二人して白羽の矢を立てたのが、快斗と白馬の二人であった。あの二人が傍にいれば、生半可な男はそう簡単に近寄ってはこれないだろうと判断してのことだ。そして早速、二人は快斗と白馬に声をかけた。二人も然程乗り気ではなかったが、いかんせん、紅子には大きな── 多分一生かかっても返しきれないだろう── 借りがある。そう簡単には断れない。そんな次第で、二人は志保と紅子に付き合うこととなった。
 約束の日、待ち合わせの場所に快斗と白馬は早めに到着した。二人が遅れたために、その間に志保と紅子にいいよるような勘違い男が現れ、二人を不機嫌にするのを避けるのが目的だった。
 二人は約束の時間より30分程早めに到着したのだが、正解だったようだ。志保も紅子も、それから15分程してその場所にやってきた。そこにやってくる間にも、二人が他の男どもの視線を集めまくっているのは目にできたので、結果、快斗と白馬の選択は間違ってはいなかったようである。
 志保と紅子の二人が、快斗と白馬に親しそうに声をかけたのを見た男どもが、中にはかなり諦め悪そうにしながらも、それでも勝てない、とでも思ったのか、二人に声を掛けて近寄るのを諦めて去っていくのが分かった。
「二人共、随分と早かったのね」
「そりゃ、俺たちは虫よけですから」
 志保の言葉に、快斗がにっこりと笑って答えた。それに三人共が苦笑する。
「さて、時間を無駄にするのもなんだし、早速行きましょうか」
 紅子のその言葉を合図に、四人は目的の薬草園に向かった。
 紅子は赤の魔女という立場から、そして志保は、科学者であり化学者であり、加えて薬草学もかじっていることから、薬草には深い興味があり、知識も豊富だ。とはいえ、知ってはいても実際にその全てを見たことがあるわけではなく、そういった意味では今回は二人にとっては貴重な機会といえるのだ。
 やがて薬草園に到着した四人は、入場券を買って早々に中に足を踏み入れた。
 幾つかの温室があり、順番に回っていくことにした。
 最初に入った温室には、全てではないがハーブが比較的多く栽培されていた。
「ハーブといえば、確かバラ科でローズヒップがあったわね」
「主にイヌバラやハマナスから作られるんでしたわね。ビタミンCが富んでいたと記憶していますけれど」
「流石によく知っているわね。
 そういえば、バラ科と言えば、今回のこの薬草園には全く関係ないけれど、紅子さんには真紅の薔薇が似合うわね」
「まあ、志保さん。おだてても何も出ませんわよ」
「おだててるんじゃなくて、本当にそう思っているのだけれど」
「でも薔薇と言えば」
 紅子の言いかけた言葉を察し、二人は自分たちのすぐ後ろを歩いている快斗と白馬を振り返って見やった。
「白い時の快斗君には白薔薇が似合っていたわね」
「確かにそうですわね。女性には何かというと赤い薔薇を出して送っていましたけれど、本人は何よりも白薔薇、でしたわね。もっとも本人には全く自覚なかったでしょうけれど」
「言えているわね」
 そう言って、志保と紅子は顔を見合わせて笑い合う。
 二人の会話はそう大きな声で交わされているわけではなく、二人だけで分かる程度のものでしかないので、快斗と白馬は二人の間で交わされている会話を把握しきってはいない。
 そんな中、快斗が白馬に声を掛けた。
「白馬、おまえ、注目を集めまくってるぞ」
 薬草園という場所柄、それ程の人数がいるわけではないが、それでもその場所にいる男性の多くは、志保と紅子に視線を送っているし、逆に女性の多くは白馬に視線を送っている。
「それは君もです。それに僕は、君以外に注目されても嬉しくもなんともありません」
 つまるところ、白馬は快斗に夢中で快斗だけがいればそれでいいと言っているようなもので、白馬の発したその言葉に、快斗は思わず顔を赤らめた。
 そしてその様子を見やった志保と紅子がまた笑みを交わしあう。
 そんなふうにして四人は同じく薬草園に来ている他の人間たちの存在を全く無視して、自分たちだけの世界で会話を進め、やがて一回りすると、帰りにどこかでお茶でもしていきましょうとの志保の言葉に従って、薬草園を後にしたのだった。

── Fine




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