Une proposition




 8月も終わりに近いその日、快斗は白馬に呼び出されていた。
 本来ならば快斗が白馬の元を訪れるか、あるいは誘い出すべき日に、である。
 なぜなら、その日、8月29日は白馬の20歳の誕生日だったのだから。



 快斗は白馬に呼び出されたとおり、銀座にある有名なレストランに入っていった。場所が場所だけに、常のラフな格好ではなく、それなりにスーツを着込み、そして腕には一つの箱を抱えていた。
 入口で名前を告げると、
「お待ちしておりました。お連れ様は先程お見えになられております」
 そう言われて黒服に身を包んだボーイに、個室に案内された。
 その個室はあまり大きくはなく、宴会などを開いたりするより、せいぜいが家族での食事会を、といった場合に使用される程度の広さだった。
 中央に置かれたテーブルの真向かいに白馬が座っている。部屋に入ってきた快斗に、白馬は立ち上がった。
「よく来てくれましたね、黒羽君」
「おう」
 そう一言返して、ボーイが立ち去ったのを見計らって、快斗は手にしていた箱を白馬に差し出した。
「? 何ですか?」
「今日はお前の誕生日だろう。何を用意していいか分からなかったから、優作さんに倣ってみた」
 白馬は差し出された箱を受け取り、「開けていいですか?」と快斗に確認してから、箱を包むリボンに手を掛けた。
 箱の蓋をあけると、そこに在ったのは白い薔薇の花束だった。
「誕生日おめでとう。今は亡き怪盗KIDと俺から」
「黒羽君、ありがとうございます」
 白馬は嬉しそうに綺麗な微笑みを浮かべた。
 とりあえず白馬がその花束を再び箱にしまいテーブルの脇に置いた時、それを見計らったかのようにボーイが入ってきた。
 そのボーイに促されるまま、快斗も空いていた白馬の向かいの席に腰を降ろす。
 そうするとボーイはシャンパングラスに持って来たシャンパンを注ぎ、一旦下がった。
 二人はシャンパングラスを持ち上げてカチンと小さく触れ合わせた。
「改めて、誕生日おめでとう、白馬」
「ありがとうございます、黒羽君」
 再び同じ会話を繰り返す。
「突然の呼び出しにもかかわらず、来て下さったことに礼を言います」
「ほかならぬおまえの誕生日だったからな。ホントなら俺の方から誘うべきだったのに、何も思いつかなくて」
 快斗が少しバツが悪そうに答えた。
「いいえ、こうして来ていただけただけで嬉しいです」
 そんな会話の中、再びボーイがやってきて、二人のために給仕を始めた。白馬が用意させたのはフランス料理のフルコースらしい。
「君の苦手な物は避けてもらうように言ってありますから、大丈夫ですよ」
 安心して召し上がってください、と白馬は続けた。
「気ぃ遣わせて悪い。これじゃホントに立場が逆だな」
 二人は大学でのことなど、日常のあれこれを話しながら、次々と運ばれてくる料理に口を付けていった。
 共に20歳の大学生である、食欲がないなどということはない。ましてや最近マスコミでも取り上げられ有名になっているフランス料理店のフルコースだ、味合わぬなど勿体ないとばかりに、快斗と白馬は料理を口に運んでいった。
 そして最後に出されたデザートとコーヒーを食した後、白馬が真剣な面持ちで快斗に対した。
「黒羽君、実は今日は君に受け取ってもらいたいものがあるんです」
「へ? 普通逆じゃね? 今日はおまえの誕生日だろ?」
 快斗は一体何事だと首を捻った。
「そうですね、今日は僕の誕生日です。ですからそれを切欠にすることに決めました」
 白馬の言葉に、快斗は我知らず身構えた。
 そんな快斗の様子を微笑ましく見つめながら、白馬は胸元から小さな箱を取り出した。
「白馬、それ……」
 快斗は箱を見ただけでそれが何かを察した。伊達に過去に怪盗をしていたわけではない。
 白馬は箱の蓋を開けて快斗に差し出した。
「黒羽君、これを受け取っていただけませんか」
 その箱の中にあったのは、快斗の誕生石である小さなアレキサンドライトを幾つもあしらった指輪だった。
「白馬、おまえ……」
「どうか僕と結婚してください。日本では同性同士の結婚は未だ認められていません。それは承知しています。ですが僕は君以外の伴侶を得たいとは思えない。どうかお願いです、僕の気持ちを受け入れてはいただけませんか」
 快斗は逡巡した。
「お、俺は怪盗で……」
「怪盗KIDは死にました。それはICPOが認めて発表しています」
「お前と同じ男で……」
「君以外の伴侶は考えられないと、さっき言いましたよね」
「……本当に、俺なんかでいいのか……?」
「君でなければ駄目なんです。だからこれを用意して、今日という日を選んで君に来てもらいました」
「白馬……」
 快斗はゆっくりと腕を伸ばすと、白馬の差し出した指輪をその手にした。
「返品は、効かないからな?」
 泣き笑いのような顔をして、快斗は白馬に告げた。
「返品などするつもりはありませんよ、快斗」
 微笑(わら)って、白馬は初めて“黒羽君”ではなく、“快斗”とその名を呼んだ。



 その頃、隣の快斗たちがいる個室より少し広めな部屋では大騒ぎになっていた。
 実は快斗たちのいる部屋には隠しカメラが取り付けてあり、その部屋にいる彼等はずっと快斗たちの様子を見守っていたのである。
「探、よくやった! それでこそ私の息子だ!」
「坊ちゃま、おめでとうございます」
 白馬の父である現警視総監と、白馬の世話役であるばあやである。
 流石は白馬の父といおうか、太っ腹なものである。同性同士などという硬いことはいわずに、息子の選んだ相手を認め、そしてその相手に息子を受け入れてもらえたことを素直に喜んでいる。
 それは白馬が生まれてからずっとその世話をしてきたばあやにしても同じことだった。
 二人が目的を達するためにどれ程の苦労をしてきたか、二人共よく知っている。そして二人の思いも。だからこそ無事に、例え公にすることはできなくても、結ばれた二人のことが嬉しい。
「息子のこと、よろしくお願いいたします」
 同じ部屋にいた快斗の母である千影が、二人に頭を下げた。
「これからは快斗君も私の息子です、私が責任を持ちます。探には必ず快斗君を幸せにするようにハッパをかけますよ」
 その言葉を聞いた千影は嬉しそうに眦に涙を浮かべ、モニターに映し出されている二人の様子を見ていた。



 隣の部屋でそんなことになっているとは知らない二人だったが、白馬は一度快斗が手にした指輪を取り、快斗の左の薬指に丁寧にはめた。
「今度、おまえの分を用意するな」
 顔を赤らめながら、快斗は白馬にそう告げるのだった。

── Fine




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