「もうすぐクリスマスですね」
大学は既に冬休みに入っており、今、快斗は白馬の屋敷の彼の部屋にいる。
「そうだな」
快斗は壁にかけられたカレンダーを見ながら一言そう返した。
「君は、クリスマスの予定は?」
「んー、去年までは青子がパーティー開いて、俺を含めて何人も呼んで騒いでたけどな。今年はまだお呼びはないな」
今年は大学に入って1年目。周囲の人間関係はかなり変わった。今の状況を考えれば、青子に対して、鈴木園子から鈴木家主催のパーティーへの声がかかっていてもおかしくはない。実をいえば白馬にも、そして快斗にもその声はかかっている。特に快斗に対しては、余興としてマジックの披露を、とまでいわれているが、二人ともそれに諾の返事は返していない。それもあって、まだ互いにその事実を話してもいなかったりする。
今年は、白馬にとっては快斗と、同性とはいえ正式に恋人同士となって初めて迎えるクリスマスだ。いや、去年の時点でもそれはいえたが、去年の今頃は、対組織戦の大詰め近くにあり、のんびりとクリスマスを楽しんでいるような余裕はなかった。快斗が名前を出した中森青子に白馬も呼ばれてはいたが、彼は出席しなかった。鈴木家程ではなかろうと思うが、自宅で母親主催によるパーティーが開かれ、彼はそちらに出席していたのだ。快斗もまた、青子の家には少し顔を出しただけで早々に辞したと聞いている。
大財閥の鈴木家程ではないとはいえ、今年も母親はパーティーを開くつもりでおり、白馬は既に声を掛けられ、その際、快斗のことも誘うように言われている。
しかし、白馬の心境としては大騒ぎの中ではなく、快斗とのんびりゆっくりとクリスマスを過ごしたい、恋人同士として楽しい時を過ごしたい、と思うのだ。だが、果たして肝心の快斗はどう思っているのだろうか。KIDだった時代の快斗は、仕事がイベントに重なった時などはそれなりに手を掛けていたようだったが、今年からは違う。KIDはもういないのだから。だから快斗がどういう考えでいるのかが気になって冒頭の言葉になったのだが、快斗はそれに同調しただけで、それ以上のものは返してくれなかった。故に、白馬は言葉を重ねることにする。
「君は、今年はどう過ごすつもりですか? もう予定など立てているんですか?」
「あー、実は紅子がさ、あいつも鈴木園子に誘われてるらしいんだけど、そっちは騒がしそうだから遠慮するとかで、その代わり、俺とおまえと、あと志保さんの四人で一緒に過ごさないか、って昨日言ってきたんだよな」
「小泉さんが?」
「そ、志保さんとこで。志保さんも、考えてみれば本来の姿に戻ってから、今年は初めてのクリスマスだし、俺たちは俺たちで、組織の件が片付いて初めて、だろ? だから互いに初めて同士、それも全てを知っている人間だけで、というつもりらしい」
「しかし、志保さんのところ、となると、家主である阿笠博士は?」
「ああ、なんでも知り合いに呼ばれたとかで先週末からアメリカに行ってて、帰国するのは年明けになるらしい。ホントは志保さんも、って言われたそうだけど、面倒だ、の一言で断って、今はあの家に一人でいるそうだ。だから、かな。一人で年末年始を過ごす志保さんに、少しでも楽しんでもらおうって気持ちみたいだ。紅子にしちゃ珍しい気の遣いようだとは思うけど、あいつ、志保さんとは話があうっていうのか? 何かと仲がいいみたいだからな」
白馬としては、叶うなら快斗と二人だけで、と思っていたのだが、自宅は母親の件で無理、街中でとなるとますます無理だろう。店やホテルはカップルで一杯で大騒ぎだろう。そんな中に、男二人で、というのは悪目立ちすぎるし、店やホテルの予約を入れるには既に遅すぎる。そうして消去法でいけば、快斗の告げた紅子の案が一番いいような気がする。名前のあがった自分を含めた四人なら、皆全てを知っている者だけで、隠すようなことは何もないから気兼ねもいらない。
「それもいいかもしれませんね。けれど、君の母君は?」
ふと思い出して、快斗の母親のことを問い掛ける。
「母さんなら寺井ちゃんと一緒に明日からフランス。なんでも、親父がいた頃の、一緒に過ごした思い出の場所を回って、それから友人たちと懐かしい話をしながらクリスマスを過ごして帰国するってさ。だから母さんのことは気にしなくて問題なし」
「そうですか。では遠慮なく、小泉さんの案でいきましょう」
「分かった。じゃ、今夜にでも紅子にそのこと、電話しとくよ」
「では、あとはその前に、一緒に彼女たちへのクリスマスプレゼントを買いに出かけませんか? 彼女たちには何かと世話になっていることですし」
「そうだな。そうするか」
快斗のその答えに、二人は互いにスケジュールを記載してある手帳を取り出した。
そしてクリスマス・イブ当日、快斗は食事の仕度の手伝いのために、白馬や紅子よりもずっと早く、昼前から阿笠邸を訪れている。
そして志保と二人、四人分のパーティー用の食事や、ケーキなどの用意をしていた。
程なく準備を追える頃、白馬が紅子をエスコートして、共に阿笠邸へとやってきた。
二人を出迎えたのは志保だった。
「二人共、よく来てくれたわね。時間的にも丁度良かったわ。もう少しで用意が終わるところよ。快斗君がケーキに最後の飾りつけをしてるところなの」
言いながら、志保は二人をリビングへと導いた。
「志保さーん、用意終わったよ。あとはそっちへ運ぶだけ」
そこへ、キッチンにいる快斗からそう声がかかった。
「なら、せめて運ぶのくらいは私たちもやりましょうか」
紅子がそう応じて、白馬と紅子の二人が荷物を置くと、志保を加えた三人で快斗のいるキッチンへと入っていった。
快斗と志保が用意したという料理の数々に目を見張りながら、白馬と紅子は、それらを次々とリビングへと運んでいく。最後に、志保がワイングラスを出し、快斗が赤と白のワインを1本ずつ、リビングへと持ち込んだ。
「まだ未成年だけど、せっかくのクリスマスだし、これくらいなら問題ないだろ?」
快斗の言葉に、残りの三人はそれぞれに異なった笑みを浮かべた。
白馬がまずは白をあけて、グラスに注いでいく。四人分を注ぎ終えたところで、阿笠がいない今は、現在この邸の主と言っていいだろう志保が最初にグラスを持ち上げ、それにならって残りの三人もグラスを手にした。
「それでは、今年もまだもう少し残っているけれど、色々と問題も片付いたことだし、それを記念して、メリークリスマス」
志保がそう告げると、四人はグラスを合わせ、口へと運んだ。
それから食事に入る前に、と四人はそれぞれに用意していたプレゼントを取り出した。
「志保さんと紅子へのプレゼントは、白馬と二人で選んだんだ。気に入ってもらえるといいんだけど」
そう快斗が告げて、二人に対して、快斗が志保に、白馬が紅子へとラッピングされた箱を差し出した。二人はそれを受け取ると、今度は自分たちの番、というように、志保から快斗へ、紅子から白馬へと、プレゼントの品を手渡す。
「さっそく開けてみてもいいかしら?」
「もちろん構いませんよ」
「じゃあ、俺たちも、な」
互いに言い合って、それぞれ受け取ったプレゼントの品を開けていく。
「志保さんと紅子のは俺と白馬の二人で一緒に選んだんだ」
志保が受け取ったものは、サファイアを中心に、その周囲を小さなダイヤモンドであしらってあるペンダント。紅子のものはルビーをメインにプラチナを使ってデザインされたイヤリングだ。
「まあ、これ、結構したんじゃないの?」
「本当にこんなものをもらってしまっていいのかしら」
白馬は家が元々資産家だ。快斗について言えば、実は副業── 怪盗KIDとしてではない── で稼いだものである。コンピューターのプログラム関係や、株などの投資でそれなりの収入がある。実際、怪盗KIDとしてあった時の活動資金はそちらから工面していたのだ。なにせKIDは目的の物以外、つまりパンドラ以外の物は全て返却していたので、実を言えば、KIDとしての収入は全くなく、むしろ仕掛けのための出費ばかりで大赤字だったのだから。
「別に無理はしてないよ」
「お二人には色々とお世話になりましたからね。確かにクリスマスプレゼント、ということで考えれば、少し高かったかとも思いましたが、今までのお礼も兼ねて、ということで選びました」
「それにさ、男二人で宝石店なんていくと、胡乱な目で見られるけど、二人して女性の名前を出して話し合って選んでたから何も言われなかったし、不自然にも思われてなかったんだよね」
「そういった意味では丁度よかったです。お二人の名前を口実に使ってしまったようで申し訳なかったのですが、堂々とデートできましたから」
白馬が嬉しそうに、それでっも苦笑を浮かべながら告げた。
「つまり、私たちは貴方たちのデートのダシに使われたわけね」
「ではそれも込みということで、ありがかたく頂戴するわ」
それらの遣り取りをしながら、快斗と白馬も、二人から渡されたプレゼントを開けている。
快斗が送られたのは、ネクタイピンだった。小さいが、ブルーダイヤが付いている。白馬のものは某有名ブランドのネクタイだった。
「何がいいか相当悩んだのよ、それ」
「ありがと。でも俺、ネクタイなんてめったにしないから、ちょっと勿体ない気もする。宝の持ち腐れになりそう」
「あら、だって、いずれはマジシャンとして舞台に立つんでしょう? そしたらいくらでも必要になってくるわよ」
「うーん、そうかな」
快斗は首を傾げながらそう応え、あ、そうだった、と言わんばかりにもう一つのものを志保に差し出した。
「この前、志保さんが言ってた原書。あっちの知り合いに話したら送ってくれたんだ」
それは、とある研究に関してアメリカで発表された論文の掲載されたものだった。確かにネット上で検索をかけて見ることはできるが、できればいちいちネットで見るよりも、実際のものの方がずっといい。いつでも気軽に見ることができるから。
「流石ね、快斗君。貴方の顔の広さには相変わらず恐れ入るわ」
一通りプレゼント交換が終わって、四人は食事をはじめた。
志保は、まだ灰原哀としてあった頃から、身体の関係もあってそれほど多くはなかったが料理をしていたし、快斗は元々器用だったうえに、母親との二人暮らし、しかもその母親は留守のことが多く、必然的に自分で料理することが多くなり、それなりの手並みだ。
「快斗君の味付け、今回は殆ど白馬君好みのはずよ」
快斗の脇で見ていた志保がそう告げる。
「本当ですか、黒羽君」
志保の言葉に、白馬はうれしそうに快斗を見つめて尋ねた。
「だ、だって、できれば美味しく好みのものを食べてほしいと思うじゃん」
少し頬を染めながら、小さな声で快斗は答えた。
だいぶ時間が経った頃、ふと志保が言葉にした。
「今頃、園子さんの家でもパーティーの真っ最中でしょうね」
「何事もなければいいですけれど」
「なにせ、工藤も参加してるんだろう?」
「彼の事件体質は異常としか言えませんからね。とても何もなく無事にすむとは思えない」
今までのことを思い出しながら、しみじみといった感じで白馬は告げた。
「そうですわね。そう思うと、この四人だけというのは、少しばかり足りないような気もしますけれど、でも気を使うこともなくなんでも話せるという点ではとても気が楽ですわ」
「だよな。家族を別にすれば、互いに全部知ってるのって、この四人だけじゃん?」
快斗の言葉は正しい。ある意味、彼等は共犯者といってもいいだろう関係だ。
そしてそう言いながら、さあ、最後のデザート、と快斗がクリスマスケーキを取り出した。
「ブッシュドノエルにしてみました。一応、三人とも大丈夫なように甘さ控えめにしてみた」
「ケーキまで手作りなんて、君って人は」
「本当、パティシエでもないのにね」
「しかもできは最高だし」
三人の言葉を聞きながら、快斗はケーキにナイフを入れてそれぞれの前に置いた。
「君の好みだったら、もっと甘目でもよかったのではないのですか?」
一口、口に運んで咀嚼した白馬が快斗に聞いた。
「確かにそうだけどさ、でも、作る側としては食べる人たちに美味しく食べてほしいし」
「でも、あなた自身も食べる側でもあるでしょう?」
「けどさ、俺の好みで作ったら、甘くなり過ぎて三人には無理だよ」
紅子の問い掛けに、快斗は苦笑しながら答えた。
確かに甘党の快斗に合わせて造れば、あとの三人にはどうしたって甘すぎるものになってしまうのは分かり過ぎるほどに分かっている。
「自分よりも僕たちのことを先に考えてくれるのは、とても嬉しいことですね」
ケーキだから甘いのは当然のことと思っている。それでも、そして自分のためだけでないとしても、己の好みよりも自分たちを優先してくれたことが白馬は嬉しい。
もちろんこの四人では騒がしいものにはなりようもなかったが、それなりに楽しい時間を過ごし、三人は志保の見送りを受けて阿笠邸を後にした。
白馬は紅子を送ろうと言ったが、紅子は不要と言って断り、一人で帰っていった。
「白馬、もしよければ、今夜は俺の家に泊まっていけよ」
「いいんですか?」
快斗の言葉に、白馬は目を嬉しそうに瞬かせた。
「どうせ今は俺一人だからな。おまえに問題なければの話だけど」
「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
白馬は直ぐにそう答えると、携帯を取り出し、家に、快斗の家に泊まる旨の連絡を入れた。
「じゃ、行こうか」
「そうですね。今夜は二人だけで。それが僕にとっては今夜の一番のプレゼントですよ。愛する人と二人だけで過ごせるのですから」
「は、恥ずかしいこと言うなよ」
白馬の言葉に頬を染めて顔を背けながら、快斗は少し膨れたように答えた。
それでも二人は嬉しそうに、周囲に人がいないのを確かめながら、手を繋いで快斗の家に向かった。
その日、鈴木家のパーティーが無事に済んだかは知れないし、知る気もないが、二人だけの大切な甘い夜を過ごすために。
── Fine
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