Un spectacle magique




 東都にあるT大は日本における最高学府と呼ばれる。そして黒羽快斗はそんなT大きっての学部を越えての有名人である。まだ1年生であるにもかかわらず。
 なぜそんなことになっているかといえば、まずは入試の際から始まる。快斗に付き添って来た西洋人の女性の懇願により、快斗は一人特別に保健室での受験となった。もちろん監督官は付いていたが。そして前代未聞、T大始まって以来の全科目満点合格。もっともその点については、高校時代に模試で万年1位をキープしていたので、名前だけは元々有名であったが。決定づけたのは入学式での新入生代表を務めた時。なんと代表挨拶の後、そのまま学長を前に得意のマジックを披露したのである。これで有名にならなかったら嘘だろう。
 そんな次第で、快斗の他にも高校生探偵などをやっていてマスコミで取り上げられ、巷では有名な学生がいたりするが、こと、学内に限っては、快斗が一番、それもおそらくは知らぬ者のない有名人となっているのである。
 そんな快斗を学園祭の実行委員会が放っておくはずがない。実行委員会は快斗に対して学園祭でのマジック・ショーを依頼し、快斗はそれを快く引き受けた。ただ一つ、大学外の人間を一人だけ助手として連れ込むことの承諾を得て。
 そうしてT大挙げての学園祭において、黒羽快斗のマジック・ショーが開催される運びとなったのである。
 学内にある講堂で行われるそのショーのチケットは、発売からそう間をおかずに売り切れとなった。その殆どがT大の学生で占められており、学外の人間には入手困難なことこの上なかった。事実を確かめた者はいなかったが、インターネットのオークションにそのチケットが出されていたという噂も駆け巡った程だ。
 ショー開催の2時間前には快斗は講堂の楽屋となっている部屋に、助手を務める老人というにはまだ若い壮年の紳士を一人連れて入った。ショーを成功させるためには、何事も、どんな些細なことも入念にチェックを入れる必要がある。それを怠ったら、一つの失敗が全体の失敗を招くことにもなりかねず、快斗と助手の寺井という紳士はチェックに余念がなかった。
 30分程前になると、学部は異なるが比較的行動を共にしていることが多いことや、その美貌、あるいは高校生探偵として快斗程ではないにしても学内ではそれなりに有名な、快斗の高校時代のクラスメイトだった白馬探、小泉紅子、そして幼馴染でもある中森青子が激励に駆け付けた。
 青子は特に快斗のマジックのファン第1号を自認しており、快斗が緊張感から失敗したりしないようにと彼をリラックスさせるべく振る舞った。
 他にも大学に入ってから知り合いになり、何となく親しくなった者たちもいたが、彼等あるいは彼女等は、流石に楽屋を訪れるのは控えていた。
 ショーの観客の中には、白馬の他にも高校生探偵としてマスコミを通して世間に名を馳せていた工藤新一、服部平次、およびその関係者もいて、快斗はこれは決して気が抜けない、失敗は許されない、と己を叱咤した。
 開始10分前には白馬たちも楽屋を辞して観客席に戻った。その時には既に客席の全てが埋まっていて、当日売りの立ち見の席も売り切れとなり、満員御礼状態だった。学園祭実行委員会にしてみれば、快斗を引っ張り出せて御の字といったところだろう。
 やがてショー開幕のアナウンスと共に、快斗が寺井と共にステージに現れた。
「Ladies & Gentlemen, It's a Show Time !」
 快斗の張りのあるその声がショーの本当の開幕を宣言した。それは一部の者たちには月下の奇術師と呼ばれたとある怪盗の姿を思い出させたりもしていたが、それはこの学園祭においては些細な余談である。
 最初は小さなテーブルマジックからはじまった。それは講堂の隅からではとても視認できないようなもので、そのためにスクリーンが用意され、快斗のマジックをする姿がそのスクリーン上にも浮かび上がって、講堂内にいる者に目を見張らせた。
 決して派手なものではないが、それだけに難しく、そして決してタネを見破らせないだけの技量をもってそれは披露された。
 観客から感嘆の溜息が零れる。そんな中、快斗は緊張感の欠片もないように次々とマジックを披露していく。それは、だんだんと大がかりなマジックへと段階を踏んでいくものだった。次第にスクリーンは用を成さなくなり、却って快斗のマジックに見入るには邪魔なものへと変貌していった。
 学園祭、大学内の講堂のステージということで、流石に火を扱うことはできず、結果、快斗は水中脱出というマジックに出た。
 助手である寺井の手で両腕を拘束され、単なる学園祭の学生によるショーとは思えないような大きな水槽が用意され、快斗はその中に入った。
 拘束の具合は、しっかりと任意に選ばれた観客によって確かに確認されたが、快斗はその拘束をものともせずに己の両腕を解放し、水上に上がって水槽の中からステージ上に戻った。
 観客席からは拍手喝采である。誰も、どうやって快斗が頑丈な拘束を解いたのか分からなかった。もちろんそれは探偵と呼ばれる者たちも含めてである。
 ずぶ濡れになった快斗は一旦ステージを去ったがそれはほんの僅かな時間で、水中に入ってずぶ濡れになっていたとは信じられないようにさっぱりとした感じでステージに再登場した。
 メニューとしては水中脱出が最後であったが、アンコールはほぼ予定されていたことで、快斗は何もないところから次々と何かを生み出し、花びらを散らせていった。
 そうして自分の身代わりとばかりに何十羽という鳩を出現させて、快斗はステージ上から姿を消した。ステージを去ったのではなく、文字通り消えたのである。
 それは工藤新一に、わけあって彼が江戸川コナンという子供の姿になっていた頃、工藤に化けた怪盗KIDが自分の目の前から消えた時のことを思い起こさせた。
 観客席からは再度のアンコールを望むかのような拍手が送られ続ける。
 それに応えて三度快斗が登場するが、先程の消失マジックが最後というように、観客に挨拶をするためだけの登場となった。
 右に、左に、そして中央の席に向かって助手の寺井と共に深々と頭を下げる。やがて観客たちの興奮の冷めやらぬ中、快斗はポンッと一つ軽い音を立てて、ステージ上からまた姿を消した。それを確認して、寺井が改めて頭を下げて、ステージから去っていく。
 そのショーの内容は、一学生のものとは思えぬ程のものだった。
 3日間ある学園祭の中のたった1日、それもたった1回だけの公演とするにはとても惜しいものだったが、再演はされなかった。実行委員会側としては、最初から1回だけでいい、と快斗を口説いていたことと、さらなるチケットの用意が無かったこと、講堂が他の演目予定を組み入れていたことなどの事情が重なって、観ることの叶わなかった者たちに非常に悔しい思いをさせながら、再演されることなく終わった。
 ちなみにT大の学園祭のことはマスコミでも取り上げられ、その中でも快斗のマジック・ショーはMs.キャンパス選びと共に大きな話題となり、快斗がかつて東洋一のマジシャンと呼ばれていた今は亡き黒羽盗一の一人息子であったことも併せて、日本国内に黒羽快斗の名前を知らしめることとなった。
 ショーの行われたその日の学園祭が終えた後、快斗は本当に親しい気心を許した白馬たち数名とだけ、大学近くの店で打ち上げを行った。実際にショーを行ったのは快斗と助手の寺井の二人だけだったが、白馬たちは感嘆の意をもって快斗に拍手を送った。
 快斗は、怪盗KIDとしてではなく、黒羽快斗として、初めて真っ当なステージを無事にこなし終えたことに満足の意を示し、打ち上げの後、白馬に誘われるままに彼の屋敷を訪れた。二人だけで最後の打ち上げを行うため、そして何よりも白馬からの祝福を受けるために。

── Fine




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