Langue hautaine




 なぜかまたいつものメンバーで出かけていたら、またいつもの如く巻き込まれた。何にって、もちろん事件、それも殺人事件に。本当に工藤は事件体質だ。いい加減巻き込まれる周囲の者たちの迷惑も考えて欲しいと思うのだが、こればかりは工藤がどうにかしているわけではないので、どうにもならないのだろう。一番簡単なのは工藤と一緒に行動しないこと、結局はこれに尽きるのだろう。とはいえ、女性陣も含めて共にあるのが普通のようになってしまっている── 周囲にもそう認識されてしまっている── 現在、いまさら離れて行動するというのもなかなかに難しい。
 その日の事件はなんだか後味が悪かった。
 なぜなら工藤が余計なことを言ったばかりに、犯人の罪がまた一つ加わってしまったのだから。
 工藤が犯人に告げた一言、「理解できない」、そのたった一言が犯人を刺激した。その結果、刑事に大人しく抑えられていた犯人が逆行して刑事の手を振り切り工藤に襲い掛かったのだ。「貴様に何が分かるっ!!」とそう叫びながら。



「工藤ってさ、前からなんとなく思ってたけど、やっぱり傲慢だよな」
 その晩、宿泊先の宿の部屋で夕食を終えた後、快斗は正面に座っている工藤にそう告げた。
 その部屋にいた全員の視線が快斗に集まる。
「なんだとっ!?」
 心外だ、と言いたげに工藤が叫ぶ。
「だってそうじゃん。昼間の時だって、犯人に向かって『理解できない』って一言で片づけてたけど、それって、俺に言わせりゃ『理解できない』んじゃなくて、『理解する気がない』としか思えない」
「そんなことはない! 俺は本当に犯罪に走る理由が理解できないから! どんな理由があったって、だからって人を殺すなんてことしていいわけない! それを実行してしまうという心理が理解できないのであって」
 工藤は思わずドンとテーブルを右の拳で叩きながら快斗に向かって大声を張り上げた。
「確かにどんな理由があれ人を殺すのはよくないってのは分かってるさ。けどそう思う、相手を殺してしまいたい、ってそう考える奴はいる。ただそれを実行に移すか移さないかの違いだけだ。
 実際のところ、俺だって父さんが実は殺されたんだって分かった時、犯人を殺してやりたいって思った。結果としては何より相手がでかすぎたってのもあってだけど、白馬と、そのコネからICPOの協力とで犯人を捕まえることで殺さずに済んだ訳だけど、それがなかったらどんな手を使ってでも犯人たちを殺してたんじゃないかって、その可能性は否定しきれない。
 けどさ、おまえの言うこと聞いてると、そんな気持ちすらが理解できない、って聞こえるんだよな。それって犯罪者の心理を理解しようとしてない、ってことなんじゃないのか?」
「極論だ! それに第一、言わせてもらうなら、俺は探偵で探偵の仕事は真実を突き止めることであって……」
「違うね」
 快斗は湯呑の茶を一口すすった。
「何が違うと!?」
「工藤の口癖、かな。『真実は一つ』ってやつ。それってさ、『真実』じゃなくて『事実』だよ。
 ある出来事が起こったとする。それに対して起こったことは一つでも、皆が皆同じ考えをするわけじゃない。それぞれの価値観とか、考え方、捉え方とかあるわけだからな。けどそれはその人にとっては真実。つまり、考えが違えば違った数だけ、真実が存在する。
 おまえが明らかにしてるのは、犯人が犯罪、殺人に至る過程、トリックと言ってもいいかな、それと結果。つまり『事実』だ。そこに犯人がその犯罪を起こすに至った心理的経過は考慮されてない。まあ、犯人を特定する過程で多少考えはしてるだろうけど、理解しようとしてしているわけじゃない。犯人を特定する為に必要な事柄の一つとして明らかにしているに過ぎない。だからおまえは『理解できない』といって理解することを放棄している。
 結局のところ、工藤にとって大切なことっていうか、やりたいことは、トリックを解いて犯人を特定すること、犯罪を明らかにすることだけだったことと、幸運なことに身近な人を殺されたりとかしたことないから、犯人がその犯罪を犯すに至った理由を理解するような場面に自分が立ったことがないってことで、だから『理解できない』、つまり理解する必要はない、ってことさ」
「それは……」
 違う、と工藤は言いたかった。だが快斗の言葉を否定するだけの言葉が出てこない。
「つまるところ、工藤にとって犯罪っていうのは、それを解いて自分の好奇心を満足させるための玩具でしかない、ってことで、だからおまえは傲慢だと、俺はそう思うわけさ。
 何か反論があるんだったどうぞ?」
 いくらでも聞いてやるぜ、と言った態度の快斗に対して、工藤は違う、そうではない、と言いたかったが、確とした言葉が出てこない。何を言っても快斗に否定されそうで。そしてまた快斗の言葉を100%否定することができない自分がいることもどこかしら否めない。
 俯いたまま何も告げようとしない工藤の様子に、快斗は立ち上がった。
「白馬、風呂行こうぜ、露天風呂」
「そうですね」
 快斗に続いて白馬も立ち上がり、二人して露天風呂に行く用意をして部屋を出て行き、後に遺された者たちはその二人の背を見送り、あるいは何も言い返すことができずに俯いたままの工藤を見た。そして皆が思う。
 いつにも増して後味の悪い旅行になったものだと。

── Fine




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