Vie de l'étudiant




 GWも過ぎた頃には、新入生も大学生活に慣れてきだした。
 慣れれば、出欠確認があったりするなど、どうしても出なければまずいようなもの以外は、自主休講を決め込む者も出てくる。
 特に快斗の知り合いでいえば、かつて東西の高校生探偵として名を馳せていた二人などがその筆頭であろうか。
 探偵とはいえ、それはあくまで自称他称であり、彼等は本物の探偵などではない。探偵として探偵業法に基づいた届出などしていないのだから当然のことである。
 にもかかわらず、当人たちが事件体質なのもあるのだが、身近で事件があれば、捜査権などない身でありながら事件に首を突っ込んで、授業を休講し、その事件解決に警察に要請もされていないのに関わって行く。快斗に言わせれば、何馬鹿なことやってるんだ、という状況である。
 その二人に比べれば、白馬は自身の立場を十分理解していると言っていいだろう。
 依頼や要請を受けない限り、以前の怪盗KIDを追っていた時のように事件に首を突っ込むということはない。学生としてはそれが当然のことなのであるが。
 大学で学部が異なるといっても、1、2年の教養過程においては、クラス単位の必須講義を除けば、選択によっては同じ講義を受けることもあり、必然的に顔を合わせる機会もあったりする。
 事件体質の二人を除けば、他の彼、彼女たちは、同じ講義があれば仲良く、とまではいかないまでもそれなりに親交を深めつつある。
 そんな中、主に彼女たちが昼食を一緒に摂ったりすることが増えるのは、ごく当然のことと言えたかもしれない。
 そしてその場合の話題の中心の一つが、事件体質、探偵を名乗って事件に首を突っ込み鉄砲玉になる元東西高校生探偵の話だったりする。加えてその話の内容が、彼等に対する批判めいたものになるのも、ある意味当然のことなのかもしれない。
 何せ、事件を理由にしては講義をさぼっているのである。当人たちにしてみれば事件解決に協力していて講義に出席できない、と言うのだろうが、それが当人たちが自主的に首を突っ込んでいることであることが分かっているだけに、どうしても彼女たちからしてみれば非難めいたものとなってくる。
 特に東の名探偵などとマスコミでも持て囃されていた工藤新一に対しては、高校2年の一時期、行方不明になっていた期間が長かった事もあって── 今にして思えば、いくら私立で融通が利いたとはいえ、よく卒業できたものである── その幼馴染である毛利蘭と蘭の親友である鈴木園子の批評は辛辣ともいえる。
 その日はそこに二人の探偵を除く男性二人も加わっていた。
「全く新一ときたら、事件と聞けば他のことは放りっぱなしでのめり込んでいくんだから」
「そんなとこ、高校時代からちーっとも変わってないわよね」
「白馬君はそんなことないよね。同じ探偵なのにどうして違うの?」
 たまたま一緒になった昼食の席で、蘭と園子が工藤に対する文句を言っているのに、快斗の幼馴染である中森青子は不思議そうに白馬に尋ねた。
「僕は日本では正式には探偵ではありませんから。そしてそれは、工藤君や服部君も同じなんですけどね」
「それにあいつらのやってることは、法律の探偵業法で定められた内容を逸脱してるよな」
 相槌を打つように快斗が付け加える。
「そうなのよ」と言いながら、蘭がテーブルをドンと叩く。「なのに新一ったら、そんなこと知らない、関係ないかのように毎度毎度事件に首突っ込んで」
「それは平次も同じや。平次は将来はおじさんと同じように警察に入るつもりで、学生である今だけのつもりのようやけど」
「それならまだいいわよ。新一の場合、シャーロック・ホームズのようになるんだって、まるで自分で事件を惹きつけてるようなところがあるし」
「日本でホームズのような探偵になるのは、法律が改正されない限り無理だろう。それこそアメリカに移住してあっちで資格取るとかしなきゃ、探偵が犯罪捜査なんてできやしないぜ」
「その辺を理解しているのかどうか、それが問題なのよね、新一君の場合」
 でしょ、蘭? と問い掛けるように園子は蘭に視線を向ける。
「そうなのよ。あいつのことだから、きっとその辺のことなんか思いもしないで、ただホームズのようになる、としか考えてないとしか思えないのよね」
「大変だねぇ、蘭ちゃん」
 青子が他人事のように呟く。実際、他人事なのだが。
「新一の自ら事件を吸引しているような事件体質はもう諦めるしかないと思うわ。でも警察でもないのに、あの事件へののめり込み具合だけはどうにかして欲しいのよね」
「そうなってしまったのは、マスコミに持て囃されてしまったのも一因があるかもしれませんね」
 白馬が冷静に分析してみせる。
「そういう白馬君も一時期はKIDを追いまわしていましたわね」
 ちらっと快斗の方に視線を向けながら、紅子は白馬に言った。
「耳に痛いことを言わないで下さい、小泉さん。あれは今となっては不徳のいたすところだと思っているんですから」
「なんでや?」
 紅子の言葉に自嘲の意を含ませながら答える白馬に、素直に疑問に思った和葉が尋ね返した。
「本来その資格もないのに、警視総監という立場にある父の名を利用して、KIDの現場に張り付いていたからですよ」
 とはいえ、それは当初の話であって、後にはKIDとICPOの間を取り持ち、国際犯罪組織壊滅に協力していたのだが、それは知っている者だけが知っていればいいことで、関係のない者が知るべき事柄ではない。
「お父さんも、最初の頃はKIDの予告となると顔を出す白馬君にいい顔してなかったもんね」
 白馬の言葉を補うように青子が付け加える。
「ええ、中森警部にはご迷惑をおかけしたと、今では反省することしきりです」
「新一も服部君も白馬君みたいにきちんとその辺を理解してくれればいいんだけど」
 そう言って蘭は溜息を吐いた。
「でも、ある意味、自称とはいえ探偵として自由に動けるのは今のうちだけなのですから、放っておいてもいいのではありません? 卒業して探偵になるとして公安に届け出たら、それこそ法律に縛られて今のような事件への取り組みはできなくなるのですもの」
 紅子は、日本にいる限り、工藤が、彼が望むホームズのようにはなれないのだと案に示した。
 その言葉を受けて、蘭は再び溜息を吐いた。
「うーん、けど、なんかそんなこと気にしないで動き回りそうな気もするのよね。そしたら今とは別の意味で警察のお世話になるのから。
 でも小泉さんの言うように考えれば、今は放って好きなようにさせておくのがいいのかなぁ。ただ、あまり事件にかまけて休講が続くと、留年や卒業の問題が出てくるかもしれないけど」
「結局のところは当人次第なんだから、好きなようにやらせてやれば?」
 相槌を打つように快斗が蘭に告げた。
「それしかないのかなぁ。でも高校の時みたいに何ヵ月も行方不明になったりするとやっぱり心配だし」
「彼もいつまでもそんなに子供ではないのですから、貴方がそこまで心配してやる必要はないと思いますよ」
 同じシャーロキアンで工藤とは話が合うかと思われていた白馬だが、今では過去となった国際犯罪組織摘発の経緯から、工藤に対しては今一つ辛辣である。
 過日、白馬が阿笠志保と会った時に話にも出たことだが、彼の、そして志保の工藤の能力に対する評価は、工藤自身や世間が思っているほど高くはない。
 一見華やかそうに見える美男美女の集団を遠巻きに見ている他の学生たちは、彼等が工藤や服部に対する愚痴を並べているなどとは思わず、残る二人が加わればなお一層華やかで近づき難い、でも目の保養になるのに、などと思っている。
 他の学生たちがそんなふうに自分たちを捕えているなどとは一向に気付かずに、彼等は今はここにいない探偵に対する愚痴や対処法を、半ば真剣に、そして半ば諦め気味に話しているのだった。

── Fine




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