Tous les jours




 その日、快斗と志保は米花町の駅前にある喫茶店にいた。所謂デートである。
 コーヒースタンドが増えた分、昔ながらの喫茶店は姿を消しつつあり、ゆっくり過ごしたい場所の確保は難しくなってきている。そんな中、割と古くからあるその喫茶店は、落ち着いた雰囲気もあり、デートや待ち合わせの場所としては最適といってもいい。
 カラン、と入口の鈴が鳴り、何の気はなしにそちらを向いて座っていた快斗が見てみると、入ってきたのは、大学で一緒になった工藤新一と服部平次の二人だった。
 服部が快斗に気付いて声を掛けてきた。
「なんや、黒羽やないか。デートか?」
 言いながら、快斗の向かいに座る志保の姿に服部は驚いていた。服部は快斗と志保が知り合いだということを知らなかったのである。
「なんや黒羽、おまえ、この姉ちゃんと知り合いだったんかいな」
「古い知り合いだよ。初めて会ったのは、10歳位だったかな」
「そうなん」
 快斗と志保の取り合わせに不思議そうな顔をしている服部に、新一は、あっちに行くぞ、と服部を急き立てた。流石に志保を相手に邪魔をする気にはなれなかったらしい。
「なんだか、いやな予感がするわね」
 奥の席についた自称探偵二人の姿に志保はそう呟いた。
「いやな予感て?」
「あの二人が揃ったら事件体質が二重になるもの」
「あー、でも大学じゃそんな事件起きてないぜ?」
「流石に大学でまで起きてたら問題もいいところだけど、でも工藤君が事件体質で事件に遭遇する確率が高いのは紛れもない事実よ」
 そう志保が言い切った時、カウンター席にいた一人の中年男性が突然苦しそうに呻き出して椅子から転がり落ちた。
「えっ? まさかマジで?」
 志保の言葉を聞いた直後だっただけに、快斗の脳裏に不意に“毒殺”の言葉が浮かんだのだ。
「はは、幾らなんでもまさかね」
 思いながらもそう否定の言葉を口にする快斗に、志保は溜息を吐いた。
「可能性は大、でしょうね」
 そう言っている間に、新一と服部は倒れた男性の元に駆け寄った。店のマスターもカウンター内から出てきて様子を見ている。
 男性の脇に座り込み、その腕の脈をとっていた新一が冷静に告げた。
「死んでいます。警察に連絡を。それから現場はそのままに」
「げ、現場って、殺人ってことですか?」
 恐る恐るマスターが新一に尋ねる。
「はっきりとは言えませんが、可能性は捨てきれません」
 新一のその言葉に、店内にいた客やアルバイトの店員たちがざわめき出す。
「店内にいる客はそのままでいてくれへんか。外に出るなや。念のため事情聴取することになるやろうからな」
 続く服部の言葉に、関わりになるまいと判断したのだろう、店を出ようとした客の足が止まった。
「一番考えられるのは毒殺かいな」
「ああ、はっきり見ていたわけじゃないが、あの苦しみ方は毒と考えた方が納得いくな。
 マスター、この男性はこの店にはよく?」
「は、はい、週に2、3度は見えてます」
 アルバイトの男性店員が警察に連絡している間に、新一は警察の到着を待つまでもなく、当然のようにマスターに質問を始める。
「いいのかね、あんな越権行為をして」
 その様子を見ながら、快斗は思わず呟いていた。
「あの人にとってはあれが日常なのよ。そしてそれを不思議に思わない、当然のことだと思ってる。彼は探偵だから」
「探偵じゃないって、俺、何度も言ってるんだけどなー」
 志保の呆れ交じりの声に快斗は新一と服部には聞こえないような声で囁いた。
 新一にそれを告げたのは、正確には快斗ではなくKIDだからだ。
 快斗と志保がそんな会話をしているとも気付かず、二人は男性の身元を確認すべく、持ち物を調べ始め、その一方でマスターや店員に男性のことを訪ねはじめた。
「あーあ、あれが自称探偵さんの日常かぁ。つまんない青春だねー」
「本人たちが納得してるんだからいいんじゃない? 放っときなさい。関わるだけ無駄よ」
「でも店内にいた以上、全くの無関係にもなれないでしょう、これが殺人事件だった場合」
「それは確かにね」
 そうこうしているうちに警察が到着した。警視庁捜査一課の面々である。
「おお、工藤君、君もいたのかね」
 店内に足を踏み入れるなりそう口にしたのは目暮警部だ。
 続いて高木や佐藤等が入ってきた。
「ガイシャはこの店の常連だったみたいです。はっきりとは分かりませんが、毒殺ではないかと」
 死んだ男性が座っていたカウンター席には、飲みかけの珈琲が置かれてあった。中身は3分の1程残っている。
 鑑識がその珈琲カップをそのまま中身を零さないように取り上げた。その他に男性が店内で口にしたものなどはないか、またその周囲を調べ始める。
「ガイシャは……」
 新一はすっかり警察の取り調べに当たっているように、彼等が到着する前に聞き出した情報を目暮に告げている。
 そうした中、高木や佐藤たちは店内にいた客に男性が死亡した時の状況を聞いたり、何かあった場合にと氏名や連絡先を聞き出していた。
 快斗や志保も名前と連絡先を聞かれた。
 しかし毒殺となるとその可能性が一番高いのはやはり男性が飲んでいた珈琲であり、従って、重要容疑者はマスターをはじめとする店員たちということになる。
 その日は快斗や志保をはじめとする店内の客たちはそれだけで解放されたが、マスターや店員たちに対してはより詳しい事情聴取が行われた。
 その傍ら、死亡した男性の遺体は運び出され、検死官によって死因を究明されることとなる。



 それから1週間程して阿笠邸に遊びに来た快斗に、志保が思い出したように告げた。
「あの日の犯人、警察が捕まえたそうよ」
「へー、探偵君たちじゃなく?」
「ええ。周辺を聞きまわって分かったらしいけど、結局あの店のアルバイト店員をしていた一人がトリカブトを使って殺したそうよ。原因は昔、あの男性のために死亡した父親の仇討ちだったみたい」
「トリカブトねー。まあ、よく知っていれば素人でも手にいれやすいし。苦みの点は珈琲の苦みでなんとかごまかせると踏んだわけか」
「そのようね」
「で、探偵君たちは今回の逮捕劇、何か役に立ったの?」
「せいぜい現場維持に努めたことくらいじゃないの? 彼等が聞き取りしたことは警察でも改めて聞き直しているでしょうし」
 阿笠邸のリビングで他愛無い日常会話のように続けられるそれは、本来なら日常には有り得ない殺人事件の話である。
 しかし、二人ともそういった事件にはあいにくと悪い意味で慣れてしまっている。といっても二人共、進んで関わろうとする快斗言うところの自称探偵たちのように事件に関わりたいなどとは思っていないのだが。それでもあの二人がいれば事件に遭遇する確率が高いのは確かな事実である。快斗に言わせればあの二人が事件を呼んでいるんだ、とのことで、その台詞に志保は、否定はできないわね、と言って微笑(わら)った。

── Fine




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