白馬邸にて、白馬と二人、ゆっくりとクリスマスを祝い、時間的にもかなり遅くなったことから帰宅しようとした快斗を、白馬が止めた。
「なんだ? まだ何かあったか?」
「いや、この年末年始、特にお正月はどうされるのかと思いまして」
「年末年始?」
快斗は小首を傾げ、数瞬予定を振り返って思い出しながら、白馬に返事を返した。
「年内は、アネットを通してICPOから依頼を受けてるプログラムがもう少しなんでそれを完成させて、それから大掃除。正月は、寝正月、かな? 落ち着いた頃に初詣位は行くかも、だけど」
「母君は? このクリスマス休暇はフランスのご友人のところに行ってらっしゃるとのことでしたが」
「ああ、母さんなら、昨日連絡があって、年越しも向こうでするって。帰国は、松の内が明けたら、なんていってたから向こうで相当のんびりしてくる感じだな」
「でしたら、正月3ヶ日は我が家にいらっしゃいませんか? 一応それなりに日本らしい正月を迎えますから」
「?」
白馬の招待の言葉の一端に疑問符を浮かべたような快斗の様子に、白馬は苦笑を浮かべながらさらに続けた。
「門松を立てて、おせち料理、それから初詣。もし大晦日に来られるようでしたら、年越し蕎麦もやりますが」
「は? 門松におせち料理? 年越し蕎麦? に、似合わねえ」
普段の白馬家の様子を既に熟知している快斗からすれば、確かにそれらは日本の年末年始の行事としては当然のことだが、組合せが不思議でならない。言いながら軽く笑ってしまった。
「これでも父はれっきとした日本人、しかも元は華族ですよ。確かに母はイギリス人ですし、家はこのような洋館で、食事など殆ど洋食ですが、日本食を全くとらないわけではないですし、日本人として日本の行事をきちんと行うのは不思議なことではないでしょう? ましてやこうして日本に住んでるんですから」
「まあ、そりゃそうだけど。ただ普段のおまえんちを見てるとすっげえミスマッチな感じだったもんだからさ」
「そう思われるだろうなとは思ってましたよ」
快斗の言葉に、白馬はやはり、というように溜息を零しながら返した。
「で、如何ですか?」
「……条件が一つ」
「なんでしょう?」
「おせち料理はいい。定番のものだから、入れるな、とは言わない。が! 俺が嫌いなもんについては決して俺の目と耳に入れるな!」
「分かりました。そのように取り計らいましょう。で、年明けに来られますか? それとも大晦日から?」
白馬は頷いて、快斗の来訪の予定を確認する。
「大晦日の夕方、いつもの夕食より少し早い位の時間、で問題ないか?」
「問題ありません。ではその予定で、年越し蕎麦も、君の分を加えるように指示しておきます」
「んじゃそういうことで。明日からはPCと首っ引きになると思うから」
「邪魔するな、でしょう? 分かってますよ。でも、予定が変わるようだったり、何かあったら連絡下さい。それと、夢中になり過ぎて食事や睡眠を疎かにしたりしないように気をつけて下さい」
「分かってるって。じゃ、大晦日にな」
「ええ」
そう言葉を交わして、快斗は自宅へと帰っていった。
大晦日、快斗は予定通り白馬家の夕食の時間の少し前に、白馬家に到着した。 「予定通りですね。プログラムの方はどうですか? 無事に済みましたか?」
快斗を出迎えた白馬は、快斗と一緒に自分の部屋へと進みながら尋ねた。
「もうちょっとかな。でももう詰めの段階。ホントは終わらせたかったんだけどよ、大掃除もしたかったから、キリのいいとこで切り上げた。あとはその詰めを終わらせて、念のために確認作業したらそれで終わり。正月くらいはのんびりしたいなと思ったりしてるけど、できるんだろうな?」
それは、させてくれるんだろうな、との問い掛けと同意でもあり、それは白馬も承知している。
「無論そのつもりですよ。緊急の用事が入らない限り」
「じゃ、まかせるわ」
夕食の時間まで、白馬の部屋で二人は改めて年内のことを振り返ったりしていた。
結論は一つ。
今年もあの迷探偵たちのおかげでだいぶ振り回されたよな、だった。あとはたわいもないことだったりするので、それが一番の印象だ。
夕食の時間になって、二人は揃ってダイニングルームに向かった。既に白馬の両親がテーブルについている。
「おじゃましてます。白馬の言葉に甘えさせてもらいました」
快斗は白馬の両親に向かってそう告げると軽く頭を下げた。
「何をいっているんだい、君はもう息子も同然なんだから遠慮なんかなしだよ。ゆっくりしていきなさい」
「そうですよ、快斗さん。年が明けたら、朝食の後は探さんと一緒に初詣に行くといいわ。私たちは私たちで行きますから。私たちも一緒だとお邪魔でしょう?」
微笑みながらそう告げる白馬の母の言葉に、快斗は思わず頬を染めた。
二人がテーブルにつくと、メイドが食事を運んできた。それはもちろん蕎麦だ。
「なんか、おまえんちで和食出されるのって初めてで、なんか妙な気分」
「まあ、確かに普段は洋食ばかりですからね」
苦笑を浮かべながら白馬は箸を手にした。
夕食で白馬の両親と軽い世間話や今年あったことなどを話しながら年越し蕎麦を食した後、二人は白馬の部屋に戻った。その後はTVを見たりたわいもない話をしたりし、やがて除夜の鐘を聞きながら、二人はいつものように白馬のベッドで一緒に眠った。
翌日、年が明けて、ベッドの中で、二人は互いに新年の挨拶を交わした。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
それから起きだして普段着に着替えると、昨夜のようにダイニングルームに向かった。
テーブルの上に置かれているのは、3段重のお重箱以外のなにものでもない。そしてそれぞれの席の前に、取り皿と雑煮が置かれている。他には御屠蘇の入っていると思われる屠蘇器らしきものも乗っている。
昨夜とは違い、快斗たちの後から白馬の両親が入ってきて、その姿に快斗は目を丸くした。
白馬の父は羽織袴、それはまだいいのだが、イギリス人である母親が、なんと着物を着ているのだ。
「あら、似合っていませんかしら?」
快斗の様子に、白馬の母は快斗に問い掛けた。
「い、いえ、そんなことないです。ただ、ちょっと驚いて」
「ふふ。日本の着物は嫌いではないのよ。ちょっと締め付けられる感じがあるのはなんですけど。だからお正月くらいしか着ないのですけどね」
四人がテーブルにつくと、白馬の父が漆器製の屠蘇器の上から盃を取って三人と、そして最後に自分の前に置き、それから銚子を手にした。
「さ、まずはこれからだ」
そう告げて、盃に御屠蘇を注ぐ。終えると自分の盃を手に取り、他の三人も手にしたのを確認して言葉を発した。
「新年明けましておめでとう。今年も皆にとってよい年でありますように」
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「今年も皆元気で無事に過ごせますように。何よりもそれが一番ですからね」
それぞれに新年の挨拶といえる言葉を発し、盃を干した。それからおせち料理の入っている重箱から微妙に視線をそらせている快斗を横目に見ながら、白馬は快斗の取り皿に快斗の好きそうなものを取り分けてやった。海老は大丈夫なのは知っていたが、一瞬考えたのは数の子だ。考えて、形が違うから大丈夫だろうと判断して取り皿に少しだけ載せて快斗に渡した。
渡された取り皿に乗っている物を見て快斗が何も言わずに「ありがとう」とだけ告げて受け取ったのを見て、どうやら判断に間違いはなかったらしいと、白馬は一安心して、それから改めて自分の分を取った。
しかし食事をしている間、どうにも快斗の視線が落ち着かないのに白馬は気付いた。それは、重箱の中にあるおせち料理のことではなさそうで、ならば一体なんなんだろうと不思議に思いながらも、何も言わずにおせち料理を口にしている快斗に、今は尋ねるのをやめておいた。
おせち料理による朝食を終えて、快斗は白馬と共に部屋に戻った。するとソファの上に二人分の羽織袴が置かれているのに気が付いた。
「白馬、これ?」
「ああ、初詣に行くなら、やはりこの方がいいだろうと、君が来てくれることが分かった時点で用意させたんだ。着付けは問題ない、ですよね。元怪盗KIDの君なら」
「問題ねーよ。それより、おまえこそどうなんだよ」
「毎年のことですから、大丈夫ですよ」
そう言葉を交わしながら、二人は用意されていた羽織袴に着替えた。
「それでは行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい。人混みで大変でしょうから、気をつけてね」
「はい」
白馬の母親とばあやに見送られて、快斗と白馬は外に出た。玄関を出て快斗はふと振り向き、のけぞった。
確かに白馬は言っていた。「門松を立てて」と。その言葉のとおり、立派な門松が置かれていた。
洋館の玄関脇に門松。似合わねえ。それが快斗の感想である。
門を出た白馬は、食事の時の快斗の様子を思い出して快斗に尋ねた。
「黒羽君、何か変なものでもありましたか? おせち料理はきちんと君の苦手なものを避けて取り分けたはずですし、僕としては特に何もなかったと思うのですが」
「あ、ああ、それは問題なかったさ。ただ、確かに聞いちゃいたが、おかしかっただけだよ!」
「おかしい?」
「洋館で、いつも洋食のおまえんちで、おやじさんはまだしも着物着たおまえのイギリス人の母親とおせち料理! そしてさっき目にした門松! 普段のおまえんちとあまりにも違いすぎる! 似合わねえ!」
「郷に入っては郷に従え、というじゃないですか。ここは日本ですからね。日本の行事を大切にしているだけですよ。それに何か問題がありますか?」
「問題はねえよ! ただ普段とあまりにギャップの差がありすぎて似合わねえ、ありえねえ、って思ってるだけだよ! 間違ってるとか言ってるわけじゃねえから気にするな。こっちの気分の問題だ」
「そうですか。僕的には毎年のことなので特に気にしたことはなかったんですが。でも確かに普段の僕の家の様子からしたら、少し違和感を覚えられても仕方ないかもしれませんね」
快斗の言葉に、白馬は苦笑しながら答えた。
「とりあえず初詣に行きましょう。母が言っていたように、混雑していて大変かと思いますが。そのあと都合を聞いていなかったのですが、もし自宅にいらっしゃるようでしたら、紅子さんと志保さんのところに挨拶に寄りませんか?」
「ああ、紅子なら志保さんとこにいると思うぜ」
言いながら、快斗は懐から携帯を取り出し、それに出た志保と会話を交わす。
「午後ならいいってさ。紅子もだけど、阿笠博士もいるって」
「そうですか。では初詣を終えたら、時間を見計らって伺いましょう」
白馬がそう答えて、二人は近所の神社に初詣に向かうべく歩き出した。
── Fine
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