Éloge




 学園祭を終えて間もないT大のキャンパス、その中にあるカフェの一角で、いつものメンバーが顔を揃えていた。いつもと違うのは、そこにかつての高校生探偵として名を馳せていた工藤新一や服部平次の姿が珍しく存在し、逆に黒羽快斗の姿がないことくらいであろうか。
「それにしても学園祭での黒羽君のマジック、話には聞いてたけど凄かったなぁ」
 思い出したように遠山和葉が告げた。
「高校の頃もしょっちゅうクラスでマジックとかしてたけど、あんなに大がかりで本格的なのは、私も見たことなかったよ」
 快斗の幼馴染であり高校ではクラスメイトでもあった中森青子が相槌を打った。
「黒羽君、将来はやっぱりマジシャン?」
「うん、亡くなったお父さんみたいな、ううん、それ以上のマジシャンになるのが夢だって、前から口癖のように言ってた」
 鈴木園子の問い掛けに、青子が答えた。
 女性陣の話を聞きながら、工藤新一は苦虫を噛み潰していた。
 確かに彼女等の言うように快斗のマジックは素晴らしいものではあった。それは認める。ただその一方で、快斗のマジック、特に大がかりなものは、新一や平次にかつて日本を拠点に活躍していた、そして春にICPOから死亡確認報告が為された怪盗KIDを思い起こさせていたからだ。
 特に消失マジックは、以前、新一がまだAPTX4869によって江戸川コナンという仮の姿をとっていた時に、工藤新一として自分や毛利蘭の前に姿を見せたKIDの消失マジックと全くと言っていいほど同じものだった。
 怪盗KIDの死亡報告の直前に、欧州を中心として活躍していたさる組織が壊滅している。そしてそれに黒羽快斗が関わっていたことは、新一は既にGWの段階でジョディと、彼女から紹介されたフランス警察の刑事であり、現在ICPOに出向中であるというアネットという女性から聞き知っている。
 だから思うのだ。
 もしかしたら黒羽快斗こそが怪盗KIDだったのではないか。協力と引き換えに司法取引として、KIDは死亡したということになっているのではないかと。
 新一にそう思わせる程に快斗のマジックは、かつてのKIDを彷彿とさせる程のできのものだった。
 女性陣、特にミーハーでKIDファンを自称している園子の快斗を褒め称える言葉になお一層その思いを強くする。
 そして思う。怪盗KID専任を名乗っていた白馬はどう考えているのかと。彼は快斗の高校時代のクラスメイトでもあり、かなり親しい関係のようだ。
 新一の自分を見つめる視線に気が付いたのか、白馬が新一に少し首を傾げながら問い掛けた。
「工藤君、僕がどうかしましたか?」
「いや、おまえ、確か怪盗KIDの専任だったよな、と思って」
「え? ……ええ、確かにそうでしたが、それが何か?」
 突然の怪盗KIDの話題に、白馬は一瞬答えに窮した。
「黒羽のマジックは確かに凄いものだった。かつての怪盗KIDを思い起こさせる程に。それで俺は思うんだが、黒羽がKIDだったんじゃないのか?」
「そんなことないよ!」
 新一の問いの答えは聞いた白馬からではなく、青子の方から即座に飛んで来た。
「快斗がKIDだなんてそんなこと有り得ないよ。確かにKIDがいた頃、快斗はKIDファンを名乗ってたけど、快斗はKIDなんかじゃないよ」
「そうよそうよ。第一KID様の死亡はICPOが確認して発表してるじゃない」
「司法取引ということも考えられるやないか」
 新一の意図を察した平次が新一に助け船を出す。
「何と引き換えに? KIDはビッグジュエルばっかり盗んでいた泥棒だよ。そのKIDが一体どんな取引をICPOとする必要があるの?」
「黒羽はICPOの人間と知り合いだ。普通の人間がICPOの関係者と知り合いになるなんて考えられない。同じ警察関係の人間か、さもなくばKID……」
「それでしたら答えは簡単。黒羽君のアメリカでの知り合いを通してのことの話ですわ」
 小泉紅子が訳知りに新一の言葉を遮った。
「彼、アメリカにいた頃にスキップでMITを出てますのよ。その頃の知り合いを通して、ICPOに紹介されたそうですわ。彼、アメリカの一部の有名人達の間での知名度は確かなものがありましてよ。それは元をただせば彼のお父さまだった黒羽盗一氏のファンということからのものだったようですけど」
「ああ、その話は青子も聞いてる。おじさまが亡くなった後、快斗とおばさまはその知り合いを頼ってアメリカで何年か過ごしてて、その間に知り合いになった人たちだって。皆いろんな方面の有名な人が揃ってて、それで快斗のことを知ってる人が多いみたい。特になんとか博士とかいう人たちに。快斗ってば、無駄にIQ高いから」
「僕も確かに最初の頃は黒羽君がKIDじゃないかと思って追い続けていた時もありましたが、追えば追う程に、逆に黒羽君はKIDではないという思いが強くなって、今は申し訳ないことをしていたと後悔しています」
「そういえば、確かに白馬君は快斗のことを『貴方がKIDでしょう』って追い掛け回してたよね」
「今となっては不徳のいたすところです」
 恥じ入るように青子に答える白馬の様子に、新一は本当にそうなのだろうかという思いを強める。
 現在の快斗と白馬の関係は、単なる元クラスメイトの枠を超えていると思う。それ程に強い信頼関係があると。ではその信頼関係は一体どこから発生したのか。
 新一は、二人が欧州の組織壊滅に協力し、果ては新一が追っていた黒の組織の残党の一掃に協力していたということに疑念を持たざるを得ない。白馬だけならともかく、本当に快斗がただの一般人であるならば、ICPOに残党壊滅の協力などするはずが、できるはずがないと思うからだ。
「確かに黒羽君のマジックはかつての怪盗KIDを彷彿とさせるような凄いものだけど、それだけで彼をKIDだと決めつけて考えるのは彼に対して失礼よ、新一。ましてやKIDは死亡したと正式に公表されてるんだから」
 蘭が新一を窘めるように告げた。
「けど、黒羽がICPOの関係者と知り合いなのも、協力してるのも事実だし、一般の人間がそうそうICPOと協力関係にあるなんて考えられない。だから……」
「そうやって何もかも疑ってかかるのは、探偵としての(サガ)なのかもしれないけど、友人に対してまでのそれはいかんよ、新一君。まあ、仮にKID様が実は黒羽君だったとしたら、それはそれでとっても幸せなことだけど」
 蘭と同様に新一を窘めながらも、園子はKIDファンらしい言葉も吐いた、瞳をキラキラさせながら。
「いずれにしろ、怪盗KIDは死亡した。これはICPOから正式に公表された事実に変わりはありませんわ。それをそのマジックがKIDを思い起こさせるようなものだったということで黒羽君をKIDと思うというなら、大がかりなマジックを行う全てのマジシャンにKIDだという疑いが出てきますわね。貴方が言うのはそういうことでしてよ、工藤君」
「あんなおちゃらけた快斗がKIDなんかであるわけないよ。それに以前、KIDが復活して間もない頃、KIDが予告して登場した頃に私と快斗、一緒にいたことあるもの」
 青子のダメ出しの発言に、新一は唸る。
 新一の疑念は誰の言葉をもってしても晴れることはない。考えれば考える程に黒羽快斗=怪盗KIDという図式が新一の中で出来上がって止まることはない。
 だが、ICPOがKID死亡を公表している以上、そして確たる証拠がない以上、快斗をKIDとして捕えることは叶わない。少なくとも公にはKIDはもう存在しないのだから。
 平次も新一程ではないが、多少は快斗のことを疑ってはいる。しかし同じ探偵仲間である白馬がはっきりと否定している以上、どこまでも新一に同意することも難しいと思う。
 そうして新一と平次は、女性陣から快斗のマジックが如何に素晴らしかったかを延々と聞かされる中、思考を飛ばす。本当に快斗はKIDとは無関係なのかと。

── Fine




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