Au sujet d'un détective




 快斗が二人を引き合わせることとなったのは、双方の互いに相手に会いたいとの言葉からだった。
 白馬は、快斗の初恋の相手であり、その壊滅に協力していたとはいえかつてはその国際的犯罪組織、黒の組織のメンバーだったという志保に会いたいと言い、志保もまた、快斗が心を許したという白馬に会ってみたいと言った。
 双方共に単なる好奇心からではなく、快斗の身を案じてのことと分かるからこそ、快斗には二人の言葉を、願いを断ることはできず、双方共が望んでいるのならと、都合を合わせて阿笠邸で三人での会合となった。
 白馬の中には、快斗の初恋の相手、ということに嫉妬に近いものが全くなかったとは言えなかった。ましてや快斗はその彼女のために、自分とは関係のない組織壊滅のための骨折りをしたのである。彼女の身の安全を図るために。嫉妬心を持つなというのが無理な話だったのかもしれない。
 一方、志保にしてみれば、かつて幼い頃に出会い、心のどこかで共鳴しあい、ある意味心の支えともなっていた快斗という存在が、その心を許した相手というのに興味があったし、ましてやその相手が同性であるということで、心配もし、また、彼を託すことができる存在であるのかどうか、興味も尽きなかった。
 そうして快斗の段取りで、博士が留守の時を狙って快斗が白馬を連れて阿笠邸に志保を訪ねてきたのだ。
 最初は差しさわりのない挨拶から始まった。
「初めまして、白馬探です」
「初めまして、阿笠志保よ」
「貴方のことは黒羽君から色々と伺っています。大変優秀な研究者でいらっしゃるとか」
「ええ、元黒の組織のね」
 白馬の言葉に、志保は自嘲気味に答えた。
「ですが、それは貴方も最初はそうと知らずに組織に繋がれたのでしょう、ご両親からの関係で。決して貴方ご自身の判断ではなかったと聞いています。それに組織壊滅にも一役買っていたとも」
「それは私の、いってみればケジメみたいなものよ。私の姉は、私を組織から抜け出させるために犯罪に手を染め、その挙句に殺された。だから私は組織を裏切った。裏切り者に待っているのは死のみ。それを逃れるためにしただけのこと。あくまで自分のためであって、誰のためでもないわ」
「それでも、貴方からの情報が組織壊滅に役立ったのは事実です。関係した僕が言っているのですから、間違いはありませんよ。そしてだからこそ、ICPOは貴方を解放したのですから」
「それには感謝しているわ。組織を壊滅してくれたことを含めてね。あの人だけだったら、たとえFBIの協力があってもあそこまでできはしなかったと今では分かるもの」
 志保の言葉に、白馬は薄く笑みを浮かべた。志保の言う“あの人”が誰か分かったからだ。
「彼の優秀な推理力は認めますが、一つのことに集中すると他のことが見えなくなるのが欠点ですね」
「そうね。その点、貴方は単に推理力があるだけでなく、冷静な紳士のようね」
「お誉めの言葉、いたみいります。どのような場合でも冷静であるように心がけてはいますが、時に人は感情によって冷静ではいられなくなることもありますから」
「でもあの人や、熱血漢の西の彼程ではないでしょう?」
 二人がそんなやり取りをしているところへ、勝手知ったる何とやらで、お茶の用意を終えた快斗がティーセットとお茶請けを持って二人のいるリビングへ入ってきた。
「何の話で盛り上がってるの、二人共」
「お客様の貴方にお茶の用意をさせてごめんなさいね」
「探偵の話をしていたんですよ」
「探偵の話?」
 二人と自分の前に紅茶を淹れたティーカップを置きながら快斗は尋ね返した。
「そう。探偵とは度し難いものだと。興味を持った謎を見つけると、その謎を解かずに放ってはおけない生き物です」
「東の高校生名探偵と呼ばれた彼なんて、謎に集中すると他が見えなくなって、それで何度も痛い目にあっているのに、止められないでしょう? 西の人もそうだけど。それに比べれば、こちらの彼は随分と冷静だ、とね」
「最初はそうでもなかったんですよ」
 志保の言葉に、白馬は苦笑を浮かべながら答えた。
「そのために、黒羽君には随分と酷いことをしてきたと、今では反省することしきりです」
 そう告げる白馬に、快斗は苦笑を浮かべるしかなかった。
「それは多少は仕方ないんじゃないの? 何と言っても快斗君は謎の塊のような存在だし」
「貴方をもってしても彼をそう評価しますか?」
「ええ。他の表現方法を知らないわ。ああ、人外、と言う手もあるかしら」
「志保さん、俺を人間じゃないって言いたいわけ?」
 志保の言葉に快斗は剥れた表情を向けた。
「それだけ貴方は色々な意味で規格外の存在だということよ」
「俺、他の人よりちょっとばかりできがいいだけじゃん」
「君の場合、ちょっとどころではありませんよ。ICPOの職員も君の手腕には舌を巻いています」
「そんな貴方の相手をするには、あの人は冷静なようでいてその実、熱血的で目的のためなら手段を選ばない人だし、西の人は最初から熱血漢で突っ走り気味だし。貴方、彼等を相手にする時は、実は結構遊んでたでしょう?」
 確信したように微笑みを浮かべながらそう告げる志保の言葉を、快斗は否定しきれなかった。
「うーん、彼にはねー、とんでもない手段取られたこともあったから、そういう意味では油断できなかったけど、でも、楽しかったよ」
 結局は笑みを浮かべて志保の言葉を肯定するように快斗は答えた。
「で、白馬君の時はどうだったの?」
「楽させてもらえなかった、かな?」
 小首を傾げながら快斗はそう答える。
「それはそれは」白馬は嬉しそうな笑みを浮かべた。「僕は少しは君に認められていたということですね」
「認めてなかったら、真実を告げなかったし、ICPOへの繋ぎも頼まなかったさ」
 三人とも全ての真実を知っているからこそできる話だ。
「貴方が他の人を頼りにするというのはとても珍しいことですもの。それだけ白馬君の存在は貴方にとって特別だったということね」
「……否定は、しない」
 快斗は少し頬を染めながらそう答えた。
「白馬が、ただ俺をKIDだって追ってきてた時は何でもなかったけど、俺の事を気にして心配したりしてくれるようになってから、俺の中で白馬の存在が少しずつ変わったのは事実だから」
「結局、あの人も西の彼も、貴方の真実には辿り着けなかった。いいえ、ただ謎として追うだけで、真実を知ろうとはしなかった。その差、ね」
「その結果だったら嬉しいことですね。謎を解くだけでなく、そこに在る真実を掴むのが、探偵の務めだと思っていますから」
「そうね。彼等も真実を掴んでいるのでしょうけど、その意味を掴まない、掴めない。だから謎を解く探偵としては優秀なのかもしれないけれど、それだけで終わってしまうのよ。後で何を言おうともね。ただの愉快犯でもない限り、犯罪者には犯罪者の、犯罪を犯す心理というものがあるのよ。彼等はその心理を事実として捕えてはいても、理解はしていないのだと、同行していて事件に遭遇した時の彼等の態度からそう思うわ」
 志保は“彼等”を認めているようでいて、結局はそこまでの存在でしかないと貶めている。そして白馬に対しては、貴方はそうではないのでしょう、と無言の問い掛けをする。
「犯罪者の心理は人それぞれです。それを察するのは難しい。けれどできる限りその心理を、どうして犯罪を犯したのかを知ろうと、僕は努力しているつもりです。
 だからKIDの行動の意味を多少なりとも理解した時、探偵と言う身にありながら、協力したいと思いましたし、黒羽君から真実を打ち明けられた時、正直、とても嬉しかった。そしてそれに対してどこまで応えることができるか、とても不安でなりませんでした」
「でも貴方はそれに充分に応えたでしょう?」
「そうでしょうか……?」
「おい白馬、今頃になって何言ってるんだよ。おまえの協力がなけりゃ、あそこに辿り着くまでもっとかかってたって。半ば無理矢理協力させちまったようなもんだけど、俺は感謝してる」
「感謝してるだなんて、今日は随分と嬉しいことを言ってくれますね」
 白馬は快斗に笑みを向けながら告げた。その様に、快斗は一層頬を染めていく。
「安心したわ。快斗君にこんな表情をさせられる貴方なら、大丈夫のようね」
 志保の言葉に、白馬は安堵の溜息を零した。
 白馬は、快斗にとって、志保はもはや妬心を抱くような恋愛の対象ではなく、身内のようなものだと聞いてはいたが、その志保が自分をどう評価するのか、その評価によって快斗の己に対する態度が変わってしまうのではないかと、正直不安を抱いての今日の会合だった。
 しかし少なくともこれまでの話の中、東西の名探偵と世間で評される者たちよりは志保の中で自分の評価は少しかもしれないが高かったらしいと、心の底から安堵した。
 そんな白馬の様子に快斗はどうしたんだと不思議がり、そんな快斗に志保は何でもないわ、貴方が気にするようなことではないからと、全てを承知しているかのように告げた。
 そうして、博士が帰宅するまでの間、改めてICPOであったことなど、既に過去のものとなった事件を詳しく話したりなどして時を過ごした三人だった。

── Fine




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