Dans un parti du thé




 白馬邸にてそのお茶会が開かれたのは、白馬が快斗に正式に婚約を申し込んだ後のことだった。婚約といっても、日本では同性同士の結婚は認められておらず、あくまで形を整え、表明したというにすぎないかもしれないが。それに婚約したといっても、それをそれ程表出しにはしていない。あくまで全てを知っている者たちに対して形をつけたようなものと言っていいだろう。
 出席者は二人のことを全て知っている人物たちだけ、いわば身内だけのもの。それでもそこには家族だけではなく、快斗の古くからの知り合いである志保や、一面で快斗の命の恩人であるともいえる紅子も参加していた。
 そういった次第で、今日のお茶会は、いわば二人の婚約披露を兼ねているようなものだ。
「いやあ、これまで本当に長かったが漸く念願がかなったな、探」
「ええ、お父さん」
 白馬の父は現在の警視総監であるが、硬いことにはとらわれず、つまりは二人が同性同士であることなど問題ではなく、あくまで二人の心の問題なのだとかねてから思っていたこともあり、今回のことを大層喜んでいる。快斗がかつて怪盗KIDとしてあったことも十分に承知している。そしてその快斗が中心となって、間に自分の息子が介在していたとはいえ、ICPOの協力を得て、長いこと、世界各国の警察を悩ませていた犯罪組織の壊滅を行ったことも知っている。日本におけるその組織の支部の壊滅に、事実上、陣頭に立ったのは息子である探だったし、日本で── 世界で、と言ってもいいかもしれない── その事実を知る数少ない人間の一人でもある。
「本当にようございました。これでばあやも一つ肩の荷が下りたような気がいたします」
 白馬のばあやも、同性同士ということに問題はないようだ。彼女にとっては白馬の幸福が、その気持ちが何よりも一番大切なのだろう。
「でも本当に長かったわよね。もっと早くいくと思ってたのに」
「実際のお付き合いはもうとっくにしてて、それを身内だけとはいえ、正式なものにしたのが今、というだけのことでしょう?」
「あら、でもそこに辿り着くまでも大層長くかかって、かなり気をもまされましたのよ」
 紅子と志保の会話である。
「まあ、そうなの?」
 話にのってきたのは快斗の母である千影だ。
「ええ。赤の魔女である私に惹かれぬ男はいない、唯一の例外である怪盗KIDを抜かしては。そう言われてましたの。その頃は白馬君はまだこちらにはいませんでしたけど。だから私、ムキになって怪盗KIDを私の前に屈服させようとしていましたの。でも一向に彼は私に靡かなかった。そのうち白馬君が転校してきて、当初は白馬君は黒羽君を怪盗KIDだろうと追い回してばかりいましたけど、いつか彼の黒羽君を見る目が変わっていったんですのよ」
「どんなふうに?」
「そうですね、最初は探偵が犯罪者を追うような、そんな感じ。でもそれがいつからか、切ないものに、そして、やがて愛しい者を見るような瞳に」
 白馬は紅子の言葉に飲みかけていた紅茶にむせた。
「こ、小泉さん! 今ここで言うことですか、そんなこと」
「あら、今言わなくていつ言えと?」
「で、それに対して快斗はどうだったのかしら?」
 促すように千影が紅子に問い掛ける。
「最初は煩い奴、面倒な奴、という態度でしたわね。白馬君の視線の意味が変わってからも、当初はそう変化はありませんでしたわ。そのあたりは、彼の、そう、恋愛関係とかへの無頓着というか、無理解というか、自分には関係ない、意味のないもの、だったのでしょうね」
「あら、それは不幸だったわね、白馬君。まあ、確かに快斗君はそういった点では今一つ欠けていたから仕方なかったかもしれないけど」
「志保さん、それどういう意味?」
 多少ふくれっ面で快斗が志保に問う。
「貴方が恋愛関係に本来とても疎かったということよ」
「ああ、それは言えるかもしれないわねぇ。快斗ったら、殆どマジックにしか興味ない子だったし」
「母さんまで何言ってるんだよ。KIDのことを知るまでは俺は親父を超えるマジシャンになるって夢しかなかったんだから当然だろう」
「そう言えば、貴方、多大なるファザコンでもあったわね。マジシャンになるという夢も、KIDのことを知って組織壊滅に動いたのも、全ての根源はお父さまだものね」
 志保のその言葉には、さすがの快斗も反論の言葉を持たず、小さく唸るだけだった。
「そうなのよ! 分かってくれる、志保ちゃん。男の子っていえば普通はだいたいマザコンなのに、この子ってばずっとファザコンで、盗一さん第一だったのよ、それはもう本当に小さい頃、物心ついた頃から!」
「母さん、何言ってんだよ。母さんのことだって大切に思ってるし、蔑にしたことなんてないだろう」
「そりゃ分ってるわよ。でもね、貴方の中では私より盗一さんの方が上だったわ、絶対に!」
「それで」
 黒羽親子のやりとりを微笑ましく見つめながら、それまで黙っていた白馬の母親が口を挟んだ。
「そんなファザコンの快斗君はどんなふうにして探さんと、ということになったのかしら?」
 興味深々といった感じで誰にともなく問い掛けた。
「私が背中を押しましたのよ」
「どんなふうに?」
「組織に対することを決意はしたものの、その規模などを知ってどうしたらいいか悩んで相談に来た黒羽君に、彼の、つまり、白馬君のところに行きなさいと。その頃には、深い意味までは分かっていなくても、白馬君の自分を見る目が最初の頃のものとは変わっていることにはどうにか気付いていたみたいでしたし、何よりそれが最善の道と出ていましたから」
「あらあら、それでは貴方に感謝しなくてはね。でも、あなたのその一押しがなかったら一体どうなっていたのかしら?」
「怪盗KIDはいなくなっていたでしょうね、今とは別の形で」
 紅子のその言葉に、その場にいた者は口を閉ざした。別の形、ということは、おそらく“死”を意味していたのではないかと皆そう考えたのだ。それ以外に怪盗KIDが消えるという意味合いはない。
「これはますます紅子さんに頭があがらないわね、快斗君も白馬君も」
「それくらい当然ですわ。私に靡かないばかりか、その二人同士がくっつくなんて、私にしてみれば屈辱ものですもの。でも、私にそんな思いを抱かせたくらいなんですから、その分も逆に幸せになっていただかないと、私の苦労や、KIDを、黒羽君を跪かせることを諦めた私は噴飯ものですわ」
「快斗、女の執念は怖いわよー。せいぜい紅子さんには感謝して尽くしなさいね。もちろん一番は白馬君だけど」
「そうだぞ、探。小泉さんや宮野さんには深く感謝しなければ。そして必ず快斗君と幸せになりなさい。それが一番の恩返しだ」
「お父さまの仰るとおりですよ、探さん。貴方たとが幸せになることが、何よりも皆への感謝の現れですよ」
「お父さん、お母さん」
 両親の言葉に、思わず白馬は少しばかり狼狽えた。確かに今まで表立って二人の中を反対されたことはなかった。だが、ここまで同性同士である自分たちの仲のことを認めてくれていたとは思ってもみなかったのだ。
「そうよ。孫の顔を見ることができないのは残念だけど、今まで誰にも言えずに苦労してきた分、幸せにおなりなさい」
「あら、おばさま。そんなに孫の顔がみたければ、何か方法がないか研究してみてもいいですわ。今、特にこれといった目標はありませんし」
 千影の言葉に志保が返した。それに紅子ものる。
「それだったら、私の魔術の方が早いのではないかしら。探せばきっと何か方法があるはずだわ」
「そうしたら孫の顔を見ることもできるか。それは嬉しいことだな」
「お父さん!」
「志保さんも紅子も、何言ってるんだよ! 母さんたちが本気にしたらどうしてくれるんだ」
「「あら、私、十分本気だけど」」
 志保と紅子はユニゾンのように声を揃えて答え、快斗と白馬はそれに肩を落とした。
 優秀な科学者と、多分、優秀な魔女、やってやれないことはなさそうな気がしてきて、それが実現するとしたら、一体どんな事態になるのやら、と先を思いやって途方に暮れた快斗と白馬だった。
 その後、二人のことや潰した犯罪組織のことなどを中心に話はなかなか終わらず、茶会は数時間に及んだ。
 茶会が終わった時、快斗と白馬が疲れ切っていたことは言うまでもない。そして女性陣は生き生きとしていたし、残された男性の一人である白馬の父はほくほくしているような感じだった。
 これから先、一体どうなるんだろうか。
 それは志保と紅子の言葉を考えての、快斗と白馬の共通した悩みとなった。

── Fine




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