Par le côté




 快斗の元に白馬のばあやから連絡が入ったのは昨日のことだった。
 白馬に元気がないようだから、快斗から元気づけてやってほしいとのことだった。
 そして今日、快斗は白馬に何の連絡も入れずに彼の家を訪れた。それは決して珍しいことではない。
 そしてそんな快斗を出迎えた白馬には、別段変わった様子は見受けられなかった。少なくとも表面的には。
 しかし、奇術師として人の意識を読むことに長けている快斗にはそれは通じない。
 白馬が無理をしているのは明らかだった。
 とはいえ、それが何に由来するのか、快斗は無理矢理聞き出そうとはしなかった。白馬が話したいと思うならそれを聞く用意は十分にある。しかし話したくないというものを無理に聞き出すのは躊躇われた。
 なぜなら、白馬が話せないとしたらそれは事件に関わることであろうから。
 快斗は告げていた、白馬に限ったことではないが、工藤にしても服部にしても、探偵ではないと。
 日本には探偵業法があり、探偵となるための資格が定められているし、工藤たちがしているような捜査というのは、たとえ探偵として認められた者であっても法律的に許されたものではない。
 それを受けてか、白馬は工藤や服部とは異なり、進んで事件に首を突っ込むようなことは避けている、自分は探偵ではないのだからと。
 しかし相手から何かしかの相談を受けてとなれば話は変わってくる。それは探偵であるか否かにかかわらずである。
 ここ数日、白馬は大学には来ていなかった。おそらく誰かに頼まれ事をされてそちらに掛かりきりになっているのだろうと快斗は察しをつけていた。そして現在の元気の無さもそれに由来しているのだろうとあたりを付けた。



 白馬は快斗の訪問を喜んでいたが、その一方で彼が何も言わないのを不思議に思っていた。
 だが今の自分にとってはそれが何よりだった。
 快斗のことだ、表面上は取り繕ってはいるが、自分が常の状態ではないことにはとうに気付いているだろう。
 そんな中、快斗から何も聞かれないということは幸いだ。と同時に、少し寂しくも感じているのは否めない事実だが。
 けれどそこで考えてみる。
 快斗は何をしにここに、自分の元にやって来たのか。
 そしてなぜ何も言わずにただ自分の傍にいるのか。
 二人の間にはこれといった会話もないまま、快斗は白馬の家の料理長が作ったガトーショコラを嬉しそうにパクついている。



 白馬が落ち込んでいるのは、知人を通して持ち込まれた相談内容だった。
 簡単に行ってしまえば遺産を巡ってのトラブルである。
 そして遡って捜査してみると、問題の人物は死亡診断書に書かれたような病死ではなかったのである。つまり病死に見せかけた殺人だったのだ。
 そして遺産を巡る関係者同士の諍い。
 誰が件の人物を殺したのか、遺言書は残されていたが、殺人事件である以上、その犯人は遺産の受取対象者からは外される。その場合、遺産はどう配分されるのか。人間の欲に塗れた醜い争いは、白馬の神経を痛めつけた。
 殺人事件だけだったならそこまでのことはなかっただろう。これまでにも経験していることだ。しかし欲に絡んだ人間同士の醜い争い事は、何度目にしても慣れるものではない。これが人間の本質なのかと、時に人間という生き物の(さが)に絶望することもある。
 そんな事件の後、今自分の目の前にいる快斗を見て白馬は救われる気持ちになる。
 快斗はかつては怪盗KIDとして空を駆けていた身だ。つまりは犯罪者。けれどKIDとしての快斗は決して人を傷つけたりはしなかった。犯罪者であると同時に常にエンターティナーであった。それが彼の父の後を受け継いでのものであり、求めるものがただ一つの宝石であったこと、そして何よりも父の仇を討つためのものであり、ひいては世界規模の国際犯罪組織撲滅に繋がった時は、それに自分が関われたことを喜びもした。
 KIDは確かに犯罪者ではあったが、決して世に言われるような醜い犯罪者、己の欲に溺れた犯罪者ではなかった。どこまでも澄んだ冷涼な気配、白馬の思考を乱した唯一の存在。それはそうだろう。彼は普通の犯罪者ではなかったのだから。己のしていることが犯罪であることを承知しながら、それでも父の仇を討つために、犯罪組織を潰すために、そのためだけに動いていた彼。
 そんな快斗が、今、自分の傍にいる。目的を果たし、ICPOの手配からも逃れ、むしろその協力者としての立場を築き上げている。
 快斗を見ていると、彼がKIDという元犯罪者だったと知っても、他の誰よりも清い存在に思えてくる。それ程に快斗は潔かった。自分の命を懸けてさえいた。



 夕方になって、快斗は結局白馬から何を聞き出すこともなく、会話らしい会話もないままに「じゃあ、今日はそろそろ帰るな」と言って立ち上がった。
 そんな快斗に白馬は慌てた。
「黒羽君、君は今日は何をしに来たんですか?」
「……言っていいのかな。……ばあやさんにさ、おまえが元気なさそうだから元気づけてやってくれって、そう言われたんだよな。けど、おまえが落ち込んでるとしたら、その原因て、多分ここ数日大学に来なかったことから考えても何か事件絡みだろう? そうなったら守秘義務もあるから聞き出せない。そう考えると、俺にできるのはただおまえの傍にいてやることくらいかな、と思ってさ。まあ、おまえんちの料理長の作るケーキに釣られてってこともあるけど」
 最後は茶化してそう告げた快斗に、白馬は思わず快斗の身体を抱き締めていた。
「お、おい、白馬っ」
 慌てたように快斗が白馬の名を呼ぶ。
「ありがとう。君の存在が僕を救ってくれる」
「白馬? 俺、何もしてないぜ」
「君が僕の傍にいてくれる、それだけでいいんです」
 何があろうと、何を聞かずとも理解して自分の傍にいてくれる愛しい者の存在。そんな相手に巡り合えるのは、おそらくほんの一握りだけだろう。そして自分はその一握りの中に入っている。それが白馬には嬉しかった。
「明日からはまた普通に戻って大学へ行きます」
 言いながら、白馬は快斗の身体を解放した。
「そっか。じゃあ、また明日な」
「ええ」
 何気ない日常の遣り取り。それこそが何よりも大切なものであると、幸福なのだと白馬は再認識して、帰るという快斗を送り出した。

── Fine




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