Je le considère




 互いの熱を交わし合った後、意識を失うように眠りに落ちた快斗の髪を、白馬は優しく撫で続けた。
 そうしているうちに、快斗の意識は浮上してきて、殊更に慈愛に満ちた眼差しで己を見つめる白馬に「どうかしたか?」と尋ねた。
「いえ、いまさらながらに、君が僕を選び手を取ってくれたことを感謝しているんです」
「? お前の他に誰がいるっていうんだよ」
 快斗の答えに、白馬は一瞬目を見開いた。
「いるでしょう? たとえば、東の名探偵と名高い工藤君とか」
「工藤? ああ、あの迷探偵ね」
 白馬は快斗が“名探偵”ではなく“迷探偵”と言ったのは彼の聞き違いではないだろうと思った。
「“名探偵”ではなく、“迷探偵”、ですか? 世間ではあれほど名探偵として名高い工藤君なのに」
「俺に言わせりゃ“迷探偵”だよ。
 あいつ、やり方が強引なんだよな。
 聞いた話じゃ、以前京都で事件に遭遇した時、“『半足を引く』のは弓道をしてる人間だ!”って言ってたそうだけど、実際、半足を引くのは茶道や居合でもやってることなのに、弓道をしてる人間と決めつけてたりしたそうだし。ついでにいえば、“『矢枕』に傷が”って台詞があいつが事件を解く切欠になったそうだけど、実際に弓道してる人間だって、普通は“矢枕”なんてlことは言わないって。
 そんなふうに強引に無理をとおして、まあ、結果オーライだけど、事件を解くような奴を、俺は“名探偵”とは思わないね」
「随分と手厳しいですね」
 白馬は快斗の言葉に苦笑を漏らした。
「それに、泥棒に興味はない、なんて言いながら、暗号という俺の出す謎に惹かれて俺のこと、取っ捕まえるって意気込んでたけど、盗みも殺人も犯罪であることに変わりはない。それを殺人事件だけに興味を持つってのも人としてどうかと思うぜ」
「確かにそれは言えますね。難解かどうかということはあっても、同じ犯罪である以上、刑罰は確かに差がありますが、事件、犯罪行為であることに変わりはない」
「だろ?」
 相変わらず自分の髪を優しく撫で続けている白馬の手を気にしながらも、まあ、悪い気はしないからいいかと放置しながら快斗は答えた。
「それにさ、以前の江古田での俺の時計台の事件の時、あいつ、時計台の周囲に群衆が集まっているのに、平気で俺が貼ったスクリーンのポールを撃ち落してた。ヘタすりゃそこにいた人たちにその落とされたポールが当たって怪我をする人が出るかもしれないなんてこと、考えもせずに。おまけに結局はただの高校生に過ぎないのに、あの現場の指揮官だった中森警部を差し置いて警官を指揮したりして。何様だっていうんだよ。あんな行動を執る奴を、俺は“名探偵”とは認められないね」
「少しばかり耳に痛いですね」
 再度、白馬は苦笑を浮かべた。
 KIDの事件の時、真実を知る前の自分もまた、中森にいらぬ口を挟んでいたのだから。
「けど、おまえは犯罪を犯す人間の心理を理解できない、何てぬかすあいつと違って、どうして、って理由を探してた、理解しようとしてただろう。そこらへんが俺のあいつとおまえへの接し方の差、かな。
 あいつの親父さんの優作さんには何かと世話になったから、優作さんには感謝してるけど、あいつに対しては興味だけで挑んでこられた、迷惑かけられただけの記憶しかないね。でもおまえは違っただろう?」
「ええ、それは認めます。僕はなぜ君がKIDになったのか、なぜKIDが盗みをするのか、それ自体にも答えを求めていましたから。そしてそれが理解できない限り、本当の意味でKIDを捕まえることはできないだろうとも思っていましたし」
「そうやって、おまえは俺がKIDをやってる理由を探してた、興味本位だけじゃなかった。それに、ICPOにコネ持ってたしな」
 後半は、快斗が白馬を利用しようとしたことを何気に認めた発言でもあったが、白馬は気にしなかった。
「それでも僕の事を少しでも認めてくれていなかったら、君は僕ではなく、工藤氏のコネを利用してICPOと接触していたでしょう。だから例え最初は君が僕を利用しようとしていただけだったのだとしても、それでも僕を選んでくれたのは僕という存在を君が認めてくれた証だと思ってます。違いますか?」
「違わない」
 快斗は首を横に振った。
「それに、おまえはあいつと違って周囲の何の関係もない人間を事件に巻き込んだりしなかった。あいつは例の黒の組織の件を自分の事件だって言い張って、結局周囲の人間を危険に陥れていたけど、おまえだったらそんなことしなかっただろう? もっと自分の分は弁えてたと思う」
「……実際、直接黒の組織の事件に関わったわけではありませんから何とも言えませんが、少なくとも、あそこまでの国際犯罪組織を個人でどうこうしようとは思いませんね。というより、できないと思って何がしかの別の方法を考えたと、そう思いますよ」
 そうだろう、というように、快斗は満足そうに頷いた。
「その挙句に、組織のNo.2に逃げられたんじゃお話にならないだろう。
 それだってあいつが自分の事件だって変な拘りを捨ててさっさと始末しようと考えれば、あんな二度手間を踏む必要はなかったんだ」
 実際、快斗の言うとおり、黒の組織を本当の意味で壊滅に追い込んだのは、新一ではなくNo.2が逃げたことを察した快斗と、彼から話を聞かされた白馬やICPOだ。
 快斗が気が付かなければ、志保のことで黒の組織の動向に注意を払っていなければ、見過ごされ、今頃は新たな黒の組織が結成されていただろう。
 それを考えれば、如何に新一に思慮が足りなかったかが分かるというものだ。
「あいつはさ、マスコミに煽てられていい気になり過ぎてたんだと思うよ。そしてそうやって煽られて、自分の推理に自信過剰になってたって。確かに普通の奴に比べたら、あいつの推理力はグンを抜いてたとは思うけどさ、事件にのめり込み過ぎて周囲が見えてないんだ。だから周囲の人間に迷惑を掛けたり、関係ないのに事件に巻き込んだりしてた。ああ、あとあいつの事件体質もそれに輪を掛けてたかな。何か知らないけど、あいつ、やたらと事件に巻き込まれてたらしいから」
「それはそれで周囲の人間にはたまったものではありませんね」
「だろ?」
 快斗は瞳を細めて微笑(わら)った。
「だからさ、確かに俺の中にあったおまえの持ってるコネを利用しようという意図を否定はしないけど、力のない奴の力を借りようなんて思わなかった。無理が出ると思った。そういう意味で、おまえはおまえの力を認めていいよ。確保不能と謳われたKIDだった俺が言うんだから」
 快斗はニッと笑って白馬に告げた。
 快斗のその言葉に、白馬は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうですね。そして結果としてもう現れることはないKIDだった君は僕の腕の中にいる。僕は君という存在に認められたことを、そしてその君をこの手にしていられることを誇りに思います」
「ICPOに頼まれて陰で動くことはあっても、もう二度とKIDは表には出ないさ。怪盗KIDは死んだんだから」
 ICPOはKIDの死亡を確認したと公表した。快斗がKIDとして表に出ることは二度とない。否、それ以上に、快斗をKIDとして表に出すような事態を招いたりはしないと白馬は己に誓った。
「すっかり目が覚めてしまったようですね。先程、身体は拭いましたが、シャワーでも浴びますか?」
「いや、いい。このままおまえの温もりに包まれてれば眠れる。朝、目が覚めたらシャワーを浴びる」
 そう言って、快斗は白馬の胸に顔を埋めて再び眠りに身を任せようとした。
 そんな快斗を、白馬は温もりを分け与えるように愛しそうに抱き締めるのだった。

── Fine




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