Le changement




 いつの頃からだろうか、快斗が、白馬の自分を見る瞳の変化に気が付いたのは。
 白馬は怪盗KID専任の探偵として、予告現場に現れ、採集した髪の毛から快斗を怪盗KIDだと言って追い掛け回していた。
 普段は同じ江古田高校のクラスメイトとして接しながらも、それでもずっと快斗をKIDだと言って、白状しなさい。とよく迫ってきていた。
 KIDがなぜ盗みを働くのか、それを訪ねてきた白馬に、KIDである快斗は「それを探すのが君の仕事じゃないのかな?」と返した。
 白馬はそれを実行したのだ。ただ快斗をKIDとして追い詰めるのではなく、なぜ快斗が怪盗などという真似をしているのか、何が目的なのか、それを探り出そうと、快斗の周辺を探し回り、快斗の日常にそれを見出そうとした。白馬は真剣に快斗を追った。
 なぜ怪盗KIDは宝石、それもビッグジュエルばかりを盗むのか、盗んだ獲物を返すのか。あるいはビッグジュエルでない場合、たいていそれは盗まれた物であり、本来の持ち主に返すという行動を取っている。怪盗KIDは普通の泥棒ではない。唯一、自分の思考を惑わす存在として、白馬はKIDの正体と信じた快斗をその瞳で追い続けた。
 日本と欧州とを行き来しながら、KIDが一番最初に現れたのがフランスだったということも手伝って、KIDの行動を一から調べ始めた。
 KIDの行動と快斗の周辺調査。それらを行ううちに、白馬の心境に変化があった。
 普段は普通の高校生を演じながら、怪盗KIDという泥棒でもある快斗。何が彼をそうまでして犯罪に駆り立てるのか。それを探し求めて快斗を見続けるうちに、快斗の、KIDの行動に対して、自分では何とも言い知れぬ感情が芽生えていた。
 しかし白馬自身はまだそれには気付いていない。
 それに先に気が付いたのは、白馬からその視線を向けられている快斗の方だった。
 白馬の瞳にあるのは、情熱、とでも言えばいいのだろうか。
 確かに情熱だっただろう、最初から。しかし最初はただ犯罪者を捕まえるため、追い詰めるためだけのものだった。だがいつしかその瞳に変化が現れた。
 KIDではなく快斗を求めるようなになっていた白馬の快斗を見つめる瞳。
 KIDを捕まえるのは自分だと、他の者に譲りはしないと言いながら、時に遠い異国の地から快斗を助けるような言葉を掛けてくる白馬に、快斗はその白馬の自分を見つめる瞳の変化に伴って、快斗自身も白馬に向ける感情が変化しているのに気が付いた。
 白馬自身も気付かぬ快斗の変化。
 それは快斗の白馬への信頼とでもいってしまっていいものではなかろうか。
 この男だったら秘密を打ち明けてもいいのかもしれない。どこぞの探偵と違って、なぜ犯罪を犯すのか、それを確かめねばいられぬ白馬なら、なぜ自分が怪盗などということをやっているのか、その目的を話してもいいのではないか。いずれにしろ、快斗が狙う組織は快斗一人の手には余る物だということが分かりつつある時でもあった。白馬に賭けてみるのも一つの手段かもしれないと、卑怯なこととは思いつつも、そんな感情が快斗の中に芽生えはじめていた。
 しかしそれは快斗にしても、自身の白馬に対する感情の変化を完全にとらえたものではない。
 それに気が付いたのは、白馬と同じように、白馬よりもずっと前から快斗をKIDとして見つめ続けてきた小泉紅子だった。
 赤の魔女の正式な継承者である紅子は、最初は知ろうとしていなかったKIDの秘密を今ではその魔術で知り得ている。そしてだからこそ、KIDに対して、つまりは快斗に対して、白馬という協力者が必要なのではないかと考えていた。
 第三者だからこそ見えるものもあるのだ。そして紅子は行動に移した。紅子はKIDを、快斗という存在を失いたくはなかったから。今のままでは快斗の存在は失われてしまうに違いないから。だから行動に出た。
 紅子は、白馬と快斗と二人それぞれに告げた。
「自分の心に素直になりなさい」
 そう伝えることで、紅子が快斗を手に入れる機会は失くなってしまうことは分かっていた。けれどそれでも快斗という存在自体を失うよりはよほどいい。
 白馬は紅子に言われて、KIDに、否、快斗に対する自分の感情と正面から向き合った。
 快斗もまた紅子の言葉に白馬に対する自分の感情と向き合った。
 けれど出た答えは別だった。
 白馬は、自分が快斗を求めているのだということを素直に認めた。しかし快斗は、自分は白馬の感情を利用しようとしているだけだと、自分の白馬に対する感情をなかなか認めようとはしなかった。白馬が自分に求めるものが以前とは変わっていることだけは認めたけれど。
 白馬は相変わらず快斗を追い求める。ただし以前とは異なる感情の下で。
 白馬は快斗が、KIDが警察や彼が相手にしているらしい組織の手に落ちるのを防ぐために、自分の感情に素直に従うことにした。
 とはいえ、白馬がそれを実際に実行に移したのはかなり後になってのこととなるのだが。
 ナイトメアとの一件で、KIDが盗んでいった事実に気が付いた白馬は、快斗の身の安全を図るためにも、追い詰める探偵ではなく協力者となることを、秘密を共有する者となることを決めた。紅子が自分に言葉を告げたのも、快斗を失うことを恐れてのことだと知れたから。だから自分の気持ちに素直になることにした。それは日本だけではなく、英国人の母を持ち、欧州で暮らすことも多かったことも白馬が行動に移すことに関与していたかもしれない。抵抗感は少なかった。
 ある日の放課後、白馬は快斗を校舎の屋上に呼び出した。
 これから行うことを、快斗に告げる言葉の内容を考えれば、とてもそれに相応しい場所ではないなと、もう少しロマンチックな場所を選べばよかっただろうかと頭の片隅で思いながら。
 屋上にやってきた快斗に白馬は告げた。
「黒羽君、僕は君が好きです。恋愛感情という意味合いで。僕は君を失いたくはない。だから僕にできることがあるのなら、是非協力させて下さい、君のやっていることに、やろうとしていることに」

── Fine




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