白馬と快斗が一緒に出かける時、つまりはデートだが、基本的に白馬の方から誘いをかけている。が、今日は珍しく快斗の方から白馬に一緒に出かけようと誘いをかけてきた。ただ、快斗が白馬を連れて行きたいらしい場所最寄の駅での待ち合わせとなり、また、快斗はそこがどこか、白馬がどんなに尋ねても答えなかった。ただ、来る前には必ず風呂に入るかシャワーを浴びて、ワトソンの匂いを落としてから来い、とだけ強く念押して。
白馬が待ち合わせの駅について改札を出ると、そこには既に快斗が立っていた。
「よっ、白馬」
右手を軽く上げて、見つけた白馬に声をかける。白馬は早足で快斗の元へ辿りついた。といっても、改札を抜けてからさほどの距離があったわけではないので、ほんの僅かの間ではあったが。
「珍しいですね、君の方が先に来ているとは」
「たまにはな。それに、今日は俺の方から誘ったことだし。じゃ、行こうぜ、確かここから歩いて4、5分くらいだったと思う」
「どこなんですか?」
「ん? カフェ、だよ。ま、ちょっと変わったカフェだけどさ」
「変わった?
「どんな、かは行ってみてのお楽しみってことで」
「……分かりました、今はこれ以上聞くのは止めておきましょう。君がそこまで言うなら、いくら聞いても無駄でしょうから」
「よく分かってらっしゃる」
白馬の応えにクスクスと笑いながら応じた快斗に、白馬はやはり、というように一つ軽く溜息をついた。
「実はさ、ネットで見つけて予約入れただけで、俺も実際に行くのは初めてなんだよな」
歩き始めて少しして、快斗はそう白馬に告げた。
「そうなんですか?」
「そ。まあ、話には聞いてたけど、実際にそこ見つけた時、ちょっとどうかなー、とは思ったんだけどさ、とりあえず、話の種に、それとおまえの意見も聞いてみたいな、って思ったんで、とりあえず予約いれてみたんだ。
で、ホントのとこ、おまえの反応がちょっと怖くもあったりするんだよな」
「? そうなんですか?」
「そ」
快斗の答えに、白馬はますます一体どんなところに連れて行く気なんだろうと疑問を膨らませる。そしてそんな遣り取りをしながら歩いていると、程なく、目的地だろう店の前に着いた。
「……ふくろうの里……?」
「最近、話題になってるからおまえでも聞いたことくらいはあるんじゃないか? フクロウカフェだよ。
ちょうど予約の時間だ、入ろうぜ」
快斗はそう言うと、入り口に立っている店員に予約の旨を告げ、それを確認した店員が二人を店内に導いた。
案内された席に着くと、窓際で、そこから道路側からは見えないようになっている、ふくろうたちが確認できる。
「フクロウカフェって、一言でいっても、中には、ふくろう以外の動物もいるとことかあるんだけど、ここは、ミミズクも含めて、ふくろう専門。調べたら、系列でもう1店舗あるみたいなんだけど、そっちは和風テースト、で、こっちは森林のイメージ、ってことだったんで、こっちにしてみた。
入れ替え制になってて、先にふくろうとのふれあいをしてから、カフェで、って形になってるらしい。
フクロウカフェって、都内だけで20軒前後くらいあるらしい。で、ふくろうって、猛禽類だろう? だから、同じ猛禽類であるワトソンを飼ってるおまえにはどうかな、ってちょっと思ってさ。
とりあえず、ふれあいが先だそうだから、行ってみようぜ。餌とかやることもできるって。別料金だけど、それも頼んで在るから」
白馬は快斗に言われ導かれるままに、店員が立っているふくろうのスペースに向かった。
「確かに同じ猛禽類ですが、鷹のワトソンとふくろうではやはり違いますからね。君がワトソンの匂いを落として来いと言った理由が分かりました」
白馬はそう言いながら、店員に案内されるまま、快斗の後からふくろうのいるスペースへと足を踏み入れた。
思ったよりも多くの種類のふくろうやミミズクがいる。快斗が告げたとおり、確かに森林を模したような雰囲気のスペースではあるが、何か違う、そう白馬は思った。
とりあえずは店員から渡された餌を手に、快斗と共に奥に進んでいくと、餌につられたのか、二人の周囲にふくろうたちが集まってくる。ただ、白馬と快斗の他にも少なくはあるが人はいるのに、なぜかふくろうたちの殆どは二人の元にやってくる。それは、二人共に鳥を飼っているものだということを、感覚的に認識し、親近感を抱かれてもいるのだろうか。そんな様に、二人ともどこかくすぐったい思いがした。
二人はふくろうたちに餌を与え、ふれあいを済ませてから、店員に促されるままに、カフェのスペースに戻り、快斗が予約を入れていたランチを摂った。
そしてグッズなどの販売もあるのを目にはしたが、二人とも何も買うことなく、時間になるとそのフクロウカフェを後にして、駅に向かう。
「……」
快斗は何も口にすることなく、黙ったままだ。そんな快斗に向かって、横に並んだ白馬が声をかけた。
「最初に君が言った言葉、なんとなく理解ったような気がします」
「……マジ、に?……」
「ええ。確信は持てませんが、なんとなく想像はつきます。……君は、フクロウカフェのようなものを、あまりよく思ってはいないのではないのですか?」
「……あー、やっぱり分かったか。さすが白馬」快斗は一瞬といっていいものだったが、まいった、というような表情をした。「そうだよ、あまりいい印象持ってない。俺自身、鳩を飼ってるのにな。さらに言えば、おまえは、ふくろうじゃないけど、同じ猛禽類だ。でもだからこそおまえなら分かると思う。ふくろうっていうのは、本来は夜行性だ。昼間に行動することも全くないというわけじゃないけど。そして、「森の物知り博士」とか「森の哲学者」とか言われたりして、人間から親しまれてるけど、生態としては、森林や牧草地、農耕地、草原や里山とか、そういったところに生息している生き物だろう? つまり、大空を自由に飛んでいるっていうか。まあ、大木があると、公園とかにいることもあるらしいけどさ。そういったことを考えると、ああいった風に、どんなに取り繕おうと、親身に世話をしようと、狭い場所に閉じ込めて人間の満足感のためだけに飼育するのって、どうなのかな、って思ってさ。動物園とかだと、あまりそこまで考えないんだけど。動物園だと、もうちょっと広めの場所で、それぞれの動物の生態にあわせてある程度環境整えてる感じがあるから。けど、カフェ、っていう、動物園とかに比べたら、ずっと狭い限られた空間だからかな。
動物をこういう風に扱うのって、つまり、カフェで触れ合って、みたいなのって、わりと日本が始まりっていうか、多いみたいだけど。一番有名、なのかな、猫カフェだと、猫って、もともとが、野良もいるけど、昔からペットとして人間に飼われてるのが多いからかな、そこまでは思わないけど、カフェで扱われてる動物の全てがそうじゃないからな。俺自身、鳩を飼ってる身だから、あまり他人様のやってることに対してどうこう言える立場じゃないとは分かってるけどさ……」
黙って快斗の言葉を聞いていた白馬だったが、最後の言葉に、それは違うと思った。
「君の鳩は、違うでしょう。君にとって鳩は大切な相棒。鳩にとっては君は大切な主。そうではありませんか? マジックに使うためとはいえ、君は本当に鳩たちを大切に思って世話をしている。ただのマジックのための道具などとしてではなく。
僕も実際にワトソンを飼っていますが、僕とワトソンの関係も、君と君の鳩たちの関係と同じだと思っています。互いに互いを大切に思っている。カフェという、いわば商売のために飼っているわけではない。ああ、もちろん、フクロウカフェで働いている人たち全てがそうだと言っているわけではありませんよ。本当にふくろうが好きだから、そこで働いているんでしょうし。フクロウカフェに限らず。けれど結局はカフェという仕事場、ですからね」
「それだったら、俺の鳩だって同じだろう? ましてや以前は……」
快斗が口にしなかった言葉の先は聞かずとも白馬には分かっている。
「それでも、です。君と君の鳩たちの関係性はそんな甘いものではない。いや、別の意味では、思わず僕が妬いてしまうくらいに甘いところがありますが、鳩たちは、ずっと君と共にあって、君を守って、君と一緒に働いて、いや、戦ってきたでしょう? そしてその行動が、今は変わっただけです。命を懸けたものではなく、人々に笑顔を与えるためのものに。だから悲観したり引け目に感じたりするようなことは何もありません」
「白馬……」
「僕はそう思いますよ。まあ、僕もワトソンを飼っていて、以前は探偵として行動していた時には力になってもらっていましたから、その点は君と同じですね。ただ、やはりワトソンは鷹ですから、フクロウカフェのふくろうほどではないとはいえ、恐らくワトソンが真に望んでいるほどに、思い切り空を飛ばせてやれていないだろうとも思えますから、そういったことでいえば、僕の方が君よりもフクロウカフェをはじめとするアニマルカフェの場合に近いかと思えますね」
「……おまえだって、俺と同じだよ。ワトソンとの間にはしっかりした信頼関係があるだろう?」
快斗の言葉に、白馬は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうですね、それだけは自信を持って頷けます」
そんな会話を交わしているうちに、駅に辿りついた。
「では、帰りましょうか。江古田に着いたら、気分転換もかねて、どこかでおいしいお茶でも飲みましょう。正直、ふくろうの件は別にしても、お茶の味は僕には些か物足りなかったので、お付き合いください」
「そうだな、誘ったのは俺だし、詫びがわりに」
そうして二人は電車に乗り、江古田に着くと、よく行く紅茶専門店に入って、白馬お気に入りの紅茶で改めて喉を潤したのだった。
── Fine
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